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『』  作者: 岡村 としあき
『リアル』PK
29/46

とある狩り場にて

 気合いと共に男の放った斬撃が、巨大な昆虫を真っ二つにした。


 昆虫はそれが致命傷となり、命の器は大地へ還る。


 そこは四方八方何も無い、見渡す限りの砂と、砕けた岩の残骸ばかりの砂漠。


 男は巨大な剣を担ぎ、次の獲物を探す。無骨な鎧と顔を横断するかのような傷は、歴戦の猛者を思わせる。やがて岩陰に一つの気配を察知し、再び戦闘態勢に入った。


 巨大なアリの様なバケモノが、眼前の岩を乗り越え、こちらに向かってくる。


 ――気付かれた。


 だが男は構うことなく、攻撃に移る。


 この程度の相手ならば、多少の無茶はできる。


 しかし次の瞬間、男は巨大な炎に包まれ地面に倒れた。それは、アリのバケモノの仕業ではない。男の遥か後方――岩場の上に一つの小さな影があった。


 ファンタジー世界において、長い耳と美しい容姿を持つ種族『エルフ』だ。きらびやかなローブを身に(まと)ったエルフの少女は、砂漠に咲いた可憐な花の様だった。巨大な火の塊、『フレイムバースト』を放ったのは彼女である。


 男を襲った『フレイムバースト』は、全身を燃やし尽くしたはずなのだが、火傷の様な外傷はどこにもない。


 代わりにHPバーは0になっており、画面には4ケタを超えるおびただしい数字のダメージが、ログとして残っていた。   


 『シャイニングエッジオンライン』。通称『エッジ』。純国産MMORPGでサービス開始から3年を過ぎた今でも、その人気は衰えていない。その醍醐味(だいごみ)はなんといっても、プレイヤーVSプレイヤーの対人戦だった。


 だが、正々堂々とした対戦ばかりではなく、こうしたPK、いわゆるプレイヤーキラー行為も、仕様の一つとして認められている。そのPKも最近では悪質化してきており、高レベルプレイヤーが、10にも満たないレベルの初心者を、一方的に虐殺する光景も日常茶飯事となりつつあった。


 目の前の光景もまさしくそれである。


「PK出ました! 付近の皆さん注意してください!!」


 倒れた戦士の男から吹き出しが飛び出て、その中に文章が表示された。チャットをシャウトモードで使用したのだろう。シャウトモードなら、エリア一帯のプレイヤーに自分のメッセージが届くのだ。


(PKって誰? 名前言えよ。やれそうだったらPKKするから)


 今度は一対一で会話するウィスパーモードで、誰かが語りかけてきた。


 戦士もそれに合わせ、ウィスパーモードでメッセージを送り返す。


(ろなっていうエルフです。かなり高レベルっぽいキャラです)


 返信はすぐに来た。たった一言だけ。


(無理www)


 『ろな』は古参プレイヤーなら誰もが知っているPKだ。サービス開始当初からPK行為を繰り返しており、中堅プレイヤーなら、皆必ず一度はPKされた経験を持っている。


 古参プレイヤーの中にはPKK(PKをキルする行為)を試みた者もおり、見事倒した人間もいるようだが、ろなからソロ、PT狩りを問わず執拗(しつよう)に狙われ続け、引退したという噂があった。


 このまま助けを待っても誰も来ない事を戦士の男は(さと)り、近くの町に帰還する事にした。


 だが、意外な事に蘇生魔法『リザレクション』がかけられた。


 こんな時に一体誰が――。 


 彼が画面の向きを変えるとすぐにその答えは出た。 


 ――ろなだ。


 実はろなは、本当は皆が言うほど悪いプレイヤーではないのではないか? 今のも、誤射で狙われただけでは? 悪い噂だけが一人歩きしてしまっているだけではないのか?


 戦士の男は蘇生される。


「ありがとう^^」


 そうタイピングするつもりだったが、氷の槍に体を貫かれ、再び戦闘不能状態になった。


 ろなが放った『アイスニードル』……それは初期の段階で覚えることのできるスキルで、威力は先ほどの『フレイムバースト』の10分の1にも満たない。


 にもかかわらず、最大HPの倍のダメージを食らい即死であった。


「弱すぎワロタ。乙www」


 ろなはそれだけ言い残すと次の獲物を求め、砂漠の奥へと消えていった。


 後に残されたのは戦士の男と、吹き出しに表示された『ありが』の三文字だった。

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