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『』  作者: 岡村 としあき
『自』殺
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プロローグ

「ねえ、もしよかったら……一緒に死なない?」


 思わず私はそう提案していた。


 ここは、夜中の学校の屋上。眼下には整備されたグラウンドの土が広がっている。高さは数メートル……飛び下りればまず間違いなく、死ぬ。


 たった一歩踏み出すだけで、望んだ結末を得ることができる。頭から落ちれば一瞬で頭蓋骨は砕け、脳が噴出し、痛いと感じるヒマさえない。


 手首を切るより、首を吊るより、もっとも確実で楽に死ねるのではないか。


 彼女もそれを望んでいたのであろう。靴を脱いで今まさに、ロープなしのバンジージャンプにチャレンジするところだった。


「もしかして……あなたも?」


 彼女は振り向いて一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐ冷静になって私を見た。


 私もまた靴を脱ぎ、ロープなしのバンジージャンプにチャレンジするところだったのだ。


「うん。好きだった人にフラれちゃって……。ずっと好きだったのに。友達以上恋人未満だったけど、お互いの気持ちは充分伝わってるって、思ってた。勝手に思い込んじゃってて……へへ、バカみたい。だから……死ねば、あいつの心の中で永遠に生き続けられるかなって。あいつが死ぬまで覚えててくれるかなって……思って」


「そう、なんだ」


 いつの間にか私の口はベラベラと動いていた。自殺仲間というか、自殺友達というか……なんというか、同族意識が芽生えていたのかもしれない。


「私はね……」


 彼女もまた、同じ様に考えたのか微笑みながら話してくれた。


「ずっと敷かれたレールを走るのが、嫌になったの。決められた進学先。決められた就職先。決められた結婚相手。私の人生、全部スケジューリングされてるの。恋愛も自由にできない。婚約相手は、チビでデブだし息の臭いオタクよ。あんなのと結婚するくらいなら、死んだほうがマシだと思った」


「そう、なんだ」


 前を向き、決意を新たに地面を見下ろす彼女。改めてみると、美人だ。まるでお人形さんのよう。


 白い肌と細い足。異国の血が混じっているのか、髪は少し金色がかかっている。


 それに比べて私ときたら……。


 父親譲りの太い眉毛に、母親譲りの大きなお尻。歯並びは悪いし、声も可愛くない。


 今日コクった男の子は、鼻で笑いながら『ウケるわーお前が彼女とかありえねーし。てか、俺フツウに美人が好みなんだけど』と言って、目も見ずに去って行った。


 もし彼女が同じこと言ったなら……結果は違うだろう。


「私たち、似た者同士だね。ここで出会ったのも、運命かも」


 私はそう切り出した。


「え?」


「きっと、二人なら怖くないよ。一緒に踏み出せば、解放される。あなたは、一人じゃないんだもん。私が、側にいるよ」


「……ありがとう。不思議。なんだか、勇気が出てきちゃった。そっか、私……一人じゃないんだ」


「……一緒に行こう」


「うん、ありがとう」


 私たちは歩み寄り、手をつなぐとグラウンドを改めて見た。たった一歩。それだけで、全てが終わり、解放される。


「行くよ。さん、にー、いち、で。飛び出そう」


「うん」


 ――ふざけんじゃねえ。


「さん」


 それだけ恵まれているのに。私にないものをたくさんもっているくせに。


「にー」


 自殺する? 自由がない?


 自由なんかなくても、お前には明るい未来が約束されているだろうに。


「いち」


 お前だけ、死ね!


 私は彼女の手を振りほどこうとした。


 ――しかし。


「きゃ!?」


 大きな風が吹いて、バランスを大きく崩してしまい……先に前へ乗り出したのは、勇気ある一歩を踏み出したのは……私だった。


 嫌。


 いやだしにたくないだれかたすけてわたしはなにもわるくないしぬのはこいつだけでいいふざけるないやだいやだいやだいやだいやだ。


 そこに来て、私は自分の本当の気持ちに気付いた。


 本当は死にたかったワケじゃない。誰かに、心配して欲しかった。誰かに、必要とされたかった。誰かに、慰めてもらいたかった。


 生きたい。こんなボロ雑巾みたいな人生でも、いつかシルクのようになめらかに。こんな漬物石みたいな人生でも、いつか真珠のように輝きたい。


 死にたくない。


 落ちる。落ちてしまう。 


「つかまって!」


 突然手首をつかまれた。


「今、引き上げるから! 少しガマンして!」


 ワケがわからない。今私は、彼女に手首をつかまれ落下を免れているのだ。


「離して! あんたも落ちちゃうよ!」


「私ね、嬉しかったの。ずっと友達がいなくて……一人ぼっちだった。けど! あなたみたいな人がいて、私の話をちゃんと聞いてくれた。本当の私を知ってくれたのは、あなたただ一人なの! だから……二人で一緒にがんばろう? 一緒なら……きっと、なんとかなるよ!」


 白く細い手首が、私の浅黒くて汚い手首を握っていた。


 支えられるはずもない。こんなお人形さんみたい女に、私を助けられるワケがない。


 その証拠に、じりじりと手首を握る力が弱まり、私の最後は近付いていた。


 バカな女だ。だけど……いい女だ。そう、思った。


 私、殺そうとしたのに。嫉妬したのに。


「しっかり! がんばって!」


 もうダメだ。それはわかっている。だから、私はせめて彼女だけでも助けようと、手首をひねり解き放った。途端、私の体に重力と言う死神の手がからみつき、地面に……地獄に落とされる。


「どうして!? そんなの、ダメーー!」


 こいつは、やっぱりバカな女だ。改めてそう思った。


 何を考えたのか、飛び下りたのだ。


 バカだバカだバカだバカだバカだバカだ……けど、何故か涙が出た。


 そして私たちは……地獄に落ちた。


 ……どれくらいの時間が経っただろう。


 全身を信じられないような痛みが襲う中、私は目を覚ました。立ち上がり前を見ると、私がうつぶせになって倒れている。


 私はここにいるのに。何故、私がもう一人いるのか。


 ああ、そうか。幽体離脱というやつなのか。ということは、やっぱり死んだんだな、私。


 近寄ろうとしたとき、目の前の私の体がピクリと動いた。指先が微かに震え、次に泥まみれの頭がむくりと起き上がる。


 セーラー服とプリーツスカート姿の汚らしい女子高生が、立ち上がると一瞬私を見て、きょとんとした。


 私が私を見ている。どういうことだ、これは。


 そして、目の前の私が私に語りかけた。


「どうして、私が二人いるの?」

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