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「好きです!俺とつきあってください!」
HRが終わり放課した直後、私は学園の中庭に呼び出され、告白をされていた。
私は毎月の恒例行事となりつつあるほど頻繁に告白されているため、告白というものには慣れていた。そして、それを上手く断る術も身につけていた……のだけれど、雪臣にフられて失恋の辛さを身をもって体験したため、フられる側の気持ちを考えると、どうにも断りづらい。
「あの…ごめんなさい。気持ちは嬉しいのだけれど…」
何も考えないようにし、断った、が。
「理由は?」
「…え?」
「俺のことを好きじゃないっていう理由なら、これから好きになってもらえるよう努力します。だから…!」
真剣な眼差しで見つめてくる彼。
胸が痛むけれど、ここで曖昧な返事をする方が失礼だ。きちんと断ろう。
「ごめんなさい。今はあなたとお付き合いできないわ。」
「なぜですか?」
彼が一歩近づいてきた。
「本当に椿さんのことが好きなんです。」
また一歩近づいた。
「僕が椿さんにつりあわないというのならどんなことをしてでも椿さんにふさわしい男になります!」
そして、私の目の前まで来ると、
「お願いします!僕にチャンスをください!」
そう言って私の肩をがっしりと掴んだ。
「あ、あの…」
彼の手に力が増す。
彼のその姿からその本気さが伝わってくる。
なんだか理由もなく適当に断るのは悪い気がしてならなくなった。
…本当は言いたくなかったけど、ここは言うしかない。彼ならむやみに言いふらしたりしないだろう。
「ごめんなさい。…私、好きな人がいるの。」
そう言った瞬間、彼の手が離れた。
「え…?好きな…人?」
「ええ。だから…ごめんなさい。」
「そうですか…。それなら…あきらめます。」
「ありがとう。…あと、このことは誰にも言わないでほしいの。いいかしら?」
「わかりました。」
そう言って、彼は俯いてゆっくりとその場を立ち去っていった。
それから約2時間後─
私は校内にある図書館にいた。
今日の1時間目の授業で課されたレポートを書くためだ。必要な資料が揃っているし、静かで集中しやすい。
そのため、雪臣に1時間目終了直後、
図書館に用があるため、いつもより迎えの時間を2時間遅らせてほしい
という旨のメールを送っておいたのだが…
あの後すぐに図書館に来たものの、告白のことで色々と悩んでしまいほとんど集中できず、やっと終えて時計を見たら雪臣が迎えに来る時間になっていた。
そして現在、私は急いで帰り支度を済まし、図書館を出て、小走りで階段へと続く廊下を進んでいた。
広い校舎の中で図書館は一番奥に位置する。そのために、あまり行く人がいないのだろうけれど。落ち着いて勉強したいときに利用する私にとっては、その方が都合が良い。
階段の近くまで来ると、下の階から十数人程度の生徒が上がってきた。その中の何人かが私を見て叫んだかと思うと、その集団が一斉に私の前に寄ってきた。
「椿様!」
黒縁眼鏡で真面目そうな印象の男子生徒を先頭に、彼らは簡易的に整列した。
よく見ると、親衛隊の人たちだ。親衛隊というよりファンクラブの方が正しい気がするが…。
去年結成され、隊長の上条くんを筆頭に日々活動しているらしい。
「上条くん、それに皆さん。どうなさったの?」
「実は、椿様にお聞きしたいことがあるんです。」
「何かしら?」
上条くんは眼鏡を軽く押し上げると、ゆっくりと口を開いた。
「好きな人がいるというのは本当ですか?」
…
……
軽い目眩を感じつつも、必死に思考を巡らせる。
…なぜそれを?
私、さっきの告白のときにしか言ってないわよね?
もしかして彼が他の人に言ってしまったとか?
いやでも、誰にも言わないでって言ったし…
「椿様?」
上条くんの声で我に返ると、私に彼らの視線が集中していることに気がついた。
思わず後ずさると、集団も一歩近づいてくる。
「好きな人がいるんですか?」
「な、なぜそう思うのかしら?」
「隊員からの情報です。」
「情報?もしかして噂でも流れているの?」
「いえ、違います。本人に説明させましょう。」
上条くんがそう言うと、その後ろの隊員たちの中から一人の生徒が前に出てきた。
「1年の小沢です。」
「あなたがこのことを?」
「はい。…実は僕、見てしまったんです。」
「何をかしら?」
小沢くんは言いづらそうに顔を伏せていたが、覚悟を決めたのか、前を向きはっきりと告げた。
「さっき椿様が告白されていたところをです!」
一瞬の沈黙。
私は再び目眩を感じた。
「…中庭の前を通ろうとしたときに、偶然椿様を見つけて…椿様が男子生徒に肩を捕まれて困っているように見えたので助けに行こうと思って近づいたら、それが告白の最中だって気づいて、慌てちゃってとっさに近くに隠れたんです。そうしたら椿様が『好きな人がいる』と言ったのを聞いてしまって…」
申し訳なさそうに下を向く小沢くんをフォローするように、上条くんが続けた。
「この『椿様親衛隊』には、椿様に関する情報は隊員全員で共有する、という決まりがあります。そのため、小沢は俺たちにこのことを伝えてくれたんです。」
「そういうことね…」
「椿様、勘違いとはいえ、覗くようなことをしてすいませんでした!」
小沢くんは深く頭を下げて言った。
「小沢くん、前を向いて?あなたは私のことを助けようとしてくれたのよね。ありがとう。結果としては勘違いだったけれど、その気持ちはとても嬉しいわ。」
「椿様…。」
顔を上げた小沢くんににっこりと微笑むと、彼は安心したようなテレたような顔をした。
彼の後ろにいるその他多くの親衛隊メンバーが
「さすが椿様!」
「心が広いな。」
「天使のような微笑みだ。」
なんて言って盛り上がり始めた。
これはチャンス…?
みんな今は違う話題で盛り上がってるみたいだし、この隙に帰ってしまえば…!
「椿様が好きになるほどの男ってどんなやつだろう?」
「やっぱり顔が良くて頭も良くて運動神経も良い完璧な人だろ。」
「そうだな。椿様に好かれるなんて羨ましいかぎりだ。」
ああっ…!
その話題に戻っちゃった…!
追求される前に早く逃げないと…
「ごめんなさい、みなさん。迎えが来ているのでもう帰らせてもらうわね。また明日。」
そう言って集団をかき分け階段へ進もうとした…が。
「待ってください、椿様!」
上条くんに止められてしまった。
「好きな人いるんですか?」
上条くんのその一言で、親衛隊が私の周りに再び集まった。今度は私を囲む形で。
「いるのなら、誰ですか?」
みんなの目線が一点に集まる。
どうやってごまかそう?
好きな人はいない、なんて言ったら、告白してくれた彼に嘘をついたことになってしまうし…。でもだからといって、正直に答えるわけにも…。
「お嬢様。」
私が必死に考えていると、集団の奥の階段の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。その声の主は親衛隊員の間を通って私の元へと来ると、優しく微笑んだ。
「お嬢様、お迎えの時間を過ぎてもいらっしゃらないので心配しましたよ?」
「ゆ、雪臣…。」
雪臣の突然の登場に呆然としていると、上条くんが口を開いた。
「あなたは、たしか…」
「冬華院家の執事で椿お嬢様の世話役の雪臣と申します。いつもお嬢様がお世話になっております。」
「あ、えっと、椿様親衛隊の隊長を勤めてます、上条です。」
雪臣が深く頭を下げると、つられて上条くんも頭を下げた。
「お話の途中で邪魔をしてしまい申し訳ありません。お嬢様をお迎えに参りました。」
「え、あ、はい…。」
上条くんはいきなりの執事登場に驚いているのか、雪臣の言葉に相づちを打つだけだ。
「では行きましょうか、お嬢様。」
「ええ…。」
雪臣が振り返り一歩進むと、階段をふさいでいた親衛隊員がきれいに二つに分かれ、道ができた。その間を私は雪臣に促されて進んでいった。
「さっきはありがとう、雪臣。おかげで助かったわ。」
「いえ、大したことはしておりません。」
あの後、私たちはリムジンに乗って帰路に就いていた。
「ところで、なぜあのような状況になったのですか?」
雪臣がミラー越しに尋ねる。
私は今日あったことを簡単に話して聞かせた。
すると雪臣は納得したように、そうだったのですか、と呟いた。
少しして家に到着すると、雪臣は運転席を降り後部座席のドアを開けた。そして私を見ると、けれど、と言葉をつないだ。
「なぜ、好きな人がいる、もしくはいない、と言ってしまわなかったのですか?」
私は車から降り、答えた。
「いない、だなんて言えないわよ。告白されたときに、いるって言っちゃったもの。親衛隊の人たちに、いないって言えば彼に嘘をついたことになってしまうわ。でも、いる、とも言えないし…。」
「…なぜ言えないのですか?」
「相手が雪臣だからよ。」
私がそう言うと、一瞬の沈黙の後、雪臣が呟いた。
「そうですよね。相手が執事だなんて言えませんよね。」
いつもとは違った様子の雪臣に疑問を抱く。
言葉の意味が理解できない。
「何を言っているの、雪臣?」
「…はい?お嬢様が先ほどおっしゃられたのではありませんか。相手が私だから言えない、と。」
「ええ。でもべつに、雪臣が執事だからなどではないわ。雪臣が私に対して意地悪だからよ。もし言ったら、雪臣が学校まで迎えに来るたびに、きっとものすごく注目されるでしょ?」
この私が翻弄されているところなんて、死んでも見せたくないわ
と小さく付け足す。
「あと、私があなたにフられたからっていうのもあるわね。そんなことが知られるなんて、私のプライドが許さないわ。」
私が一通り説明を終えて雪臣を見ると、雪臣はなぜだかものすごく驚いた顔をしていて、そうかと思えば今度は突然俯いた。
「え、雪臣?どうしたの?」
「…ふふっ。」
雪臣の顔を覗き込もうとすると、ふいに笑い声が聞こえてきた。
雪臣は口を押さえて小さく笑っていた。
「私何かおかしなこと言ったかしら?」
「…ええ、すごく。」
「えっ、何よ!?」
まだ俯いて笑っている雪臣。
色々と正直に話しすぎたかしら…
と、なんだか恥ずかしさを感じてきていると、やっと雪臣が顔をあげた。
まだくすくすと笑い続けている。
「何がそんなにおかしいの?教えなさいよっ!」
「…いえ、お嬢様はそんなこと知らなくていいのです。」
「?」
雪臣の言っていることが理解できず首を傾げていると、雪臣が口を開き、
「私はそのままのお嬢様が好きです。」
そう呟いて私を見つめた。今までに見たことがないほどの満面の笑みを浮かべて。
「え…?」
自分の顔がみるみるうちに赤く染まっていくのがわかった。
「そ、それって…」
「ああ、お嬢様の期待しているような感情ではありませんよ?」
「…」
一瞬の期待も虚しく、見事に否定された。
私まだ何も言っていないのだけれど…。
なんだか雪臣には全部見透かされているような気がする。
私はちっとも雪臣の考えてることがわからないのに。
いつか彼と心を通じ合わせられるときがくればいいなと思いつつ、そんなことできるのだろうかと不安になりながら、私は雪臣の顔を見てまた少し顔の温度が上がったのを感じた。