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静寂の中ペンを走らせる音と先生の靴音のみが響くこの教室で、私は一人窓の外を眺めもの思いにふけっていた。


「冬華院、もう終わったのか?」

「ええ、先ほど。」


生徒の答案用紙を覗き込みながらまわっていた先生が、裏返しにされた私の答案を見てそう言った。

今は数学の抜き打ちテストの真っ最中なのだ。私は10分もかからず終えてしまったが。


「さすが冬華院だな。」


そう言って先生は再び巡回を始めた。


少しの間その背中を眺めた後、私はさっきまで考えていた昨日の出来事の続きをもう一度頭の中に思い浮かべた。






 ◆ ◆ ◆





「雪臣、」

「はい。」

「好きよ。」

「ありがとうございます。私もお嬢様のことは好きですよ。」

「…そういう意味ではないわ。……い、異性として好きなのよ。」

「…」

「だから、私とつきあって…?」

「お断りさせていただきます。」


………

え……?


「え…雪臣、もう一度言ってくれない?聞き間違えた気がするから。」

「お断りさせていただきます。」


…聞き間違いじゃないらしい。

雪臣はその整った顔に満面の笑みをたたえてはっきりと断った。一瞬の躊躇もなく。


「ちょっ…!?少しは考えなさいよ!!」

「お嬢様とおつきあいをするつもりは一切ありませんので。」

「…なぜ?」

「お嬢様とは年が離れていますし、第一、お嬢様のことを好きではありません。」

「………は?」

「お嬢様のことを異性として好きになることはないと思います。」

「なっ…!?この私に、冬華院椿に、全く興味を持たないと言うの!?」

「ええ、全く。」


この一言で、私のガラスのハートとプライドが容赦なくズタズタにされた。


私は告白されることには慣れているけれど、告白したことは一度もない。

だからこの告白はかなり緊張して(そのせいで命令口調になってしまったけれど)、それでも一生懸命自分の気持ちを伝えた……

それなのに…それなのに…!!

彼は私をあっさりフるどころか、容赦なく暴言まで浴びせてきた。


私のガラスのハートはもう粉々だ。


「……雪臣…あなた、もう少し別の言い方ができないの?」

「はっきり申し上げた方が諦めもつくかと思いまして。無駄に期待させてしまうのは罪なことでしょう?」

「無駄などではないわ!」

「いいえ、無駄でございます。私がお嬢様を恋愛対象として見る可能性は皆無に等しいのですから。」


この瞬間、私の中で何かがプチっと切れるような音がした。


「……いに」

「はい?」

「絶対、絶対に!意地でもあなたに私のことを好きになってもらうわ!!」

「お嬢様、無駄な労力は─」

「絶対よ!!私は絶対に諦めないわ!!いつかあなたが私から離れられないほど好きにならせてみせるわ!!」


顔を真っ赤にして怒る私に対して、雪臣はくすりと笑うと余裕の笑みを浮かべてこう言い放った。


「それは楽しみですね。」






 ◆ ◆ ◆






「はい、筆記用具を置いて、答案用紙を後ろからまわして。」


授業終了のチャイムとともに、先生が答案を回収し始めた。

後ろからまわってきた用紙に自分の答案を重ねて前の人に渡すと、

「冬華院さん、顔赤いけど大丈夫?」

と、その男の子が振り向きざまに尋ねてきた。


「えっ、私の顔そんなに赤いかしら?」

「うん。熱でもあるの?」


自分の頬に手を当てると、いつもより少し熱かった。

さっき昨日の告白の場面を思い出していたから、それでいろいろな意味で赤面してしまったのだろう。


彼は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「大丈夫?保健室行く?」

「いえ、大丈夫よ。具合が悪いわけではないから。窓辺でずっと日の光に当たっていたから火照ってしまったのだと思うわ。」

「そう?それならいいんだけど…」

「何も問題ないわ。心配してくれてありがとう。」


私が優しく微笑むと、彼は顔を真っ赤にし焦って前に向き直った。


なんともわかりやすい反応だ。

けれど、こういう反応が今はすごく嬉しい。

雪臣には何をしたって常に通常運転。

執事としては優秀なのだろうけれど、私にとってはやりにくいことこの上ない。


雪臣もこの男の子みたいにもう少し可愛げがあったらなぁ…


なんて不毛なことを考えているうちにHRが始まっていた。

とくに連絡事項も無くお決まりの挨拶を終えると、途端にクラスが騒がしくなった。


「おっしゃ部活だー!」

「一緒に帰ろー」

「今日帰りにあそこ寄ろうよ」


なんて声を聞きながら、私は一人身支度を済ませ、周りに「また明日」と手を振りながら、雪臣の待つ校門へと向かった。











「そういえば」


リムジンに乗り込み車を走らせて5分ほど経った頃、ふいに雪臣が話しかけてきた。


「学校からまっすぐ帰宅なさっていますが、よろしかったのですか?」

「え?どういうことかしら?」

「いえ、学校に向かっていた際、ショッピングに行きたいと申し上げていましたので。」


あっ…!!


雪臣に言われて思い出した。

今日の朝、雪臣をデートに誘いたくて、とくに買いたいものも無いのにショッピングに行きたいと言ったんだった。

まあ、あっさり断られたけれど。


でも、今わざわざ雪臣から言ってきたということは…やっぱり行く気になったってこと!?


「そ、そうだったわね!ちょっと忘れていたわ。雪臣、覚えていてくれたのね。なら、これから行きましょう?」

「却下です。」

「…え?」

「もう少しでご自宅に着いてしまいますし、それに…」

「それに…?」

「忘れてしまう程度のお買い物でしたら、今から行く必要はありませんよね?」

「なっ…!?」


ミラー越しに満面の笑みで私を見つめてくる雪臣。私にはその頭に2本のツノが生えているかのように見えた。


「あなた意地悪いわ…!!」

「なぜですか?」


とぼけた顔をしながら微笑む雪臣を見て、私は心の底からため息をついた。


「この悪魔の可愛い一面なんて拝める日がくるのかしら…?」


私は小さく呟くと、もう一つ深いため息をついた。






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