舞子
ドアを開けると、眩しい光に目がくらんだ。雲ひとつない空。高い位置にぱっと輝く太陽。心地いい風。わたしは深呼吸をひとつして、中庭へ出た。
中庭にはわたし以外に十人くらいの人がいて、ベンチに座って雑談したり、散歩したりして暖かいお昼を過ごしていた。
わたしもベンチに腰掛けようかと思ったけど、それよりも先に、起きたばかりの体をほぐそうかと考えて、中庭の一角で右足を庇いつつ、ラジオ体操をはじめた。
「ああ、いい天気。気持ちいい」
思わず独り言が漏れた。誰に対して発したわけじゃない独り言。のはずだったんだけど、思いがけず、綺麗な声がそれに対し返って来た。
「本当にいい天気ね」
振り向くと、若い看護師の女性が微笑みながらこちらにやって来る。柔らかい微笑みで、優しそうな人。わたしは彼女に好感を持った。元気よく挨拶する。
「あ、おはようございます。あっと、こんにちは、かな」
「はい、こんにちは。もうお昼だものね、よく眠れた?」
「はい、入院はじめてなんで、緊張してたんですけど、全然平気でした。ま、ただの怪我だし」
わたしはパジャマの裾をあげて、包帯を巻いた右足を看護師に見せながら言った。
「雛子があんなことになって、少し呆然としていたんだと思います。わたし自分が貧血起こして、まさか階段から落ちちゃうなんて、思いもしなかった」
「そうね……舞子ちゃん」
看護師は目を伏せた。
「でも足の捻挫と打撲だけで済んでよかったわよ。舞子ちゃんのご両親も一時はとても心配されて……」
看護師はなにやら言葉を濁して、自身も心配そうな顔をした。
わたしを労わってくれているんだ、きっと。本当に、なんて優しい人なんだろう。
先日雛子がワゴン車に轢かれて死んだ。わたしと同じ、十五歳だった。
雛子はわたしの双子の姉で、大人しい性格だった。双子なのに、わたしと容姿も性格もあまり似ていなかった。その雛子が死んだ。
告別式もお葬式もほとんど記憶にない。ぼんやりすごしていたような気がする。そして、階段で意識が遠のいて、気付いたら病院のベッドの上だった。ベッドの両脇に、これ以上ないっていうぐらいに心配そうな顔をした両親が見守るように立っていた。そしてわたしは心に誓った。
自分の半身とも言える存在を失ったけれど、わたしは生きて行かなければいけない。雛子を失って悲観にくれているパパとママのためにも。わたし、舞子は雛子の分まで生きていかなければいけないのだ。
「あ、舞子ちゃん、そろそろお昼ご飯の時間よ」
看護師がぱっと明るい声をあげた。まわりにいる何名かの患者にもそれぞれ看護師がついていて、ぞろぞろと病院内へ帰ってゆく。
「わたしお腹ぺっこぺこ」
きっと朝食を食いっぱぐれてしまったからだ。お昼のメニューはなんだろう? デザートはついてるかな。ついてたら、うれしいな。
そんなことを考えながら、わたしもこの優しげな看護師とともに病院へ入る。
最初こそ目新しく感じる入院生活だけれど、そのうち退屈になるんだろうな。でも今日はパパとママが午後からきっと面会に来てくれる。元気なところを見せよう。
クラスのみんなは今何やってるんだろう? 今年受験だし、がんばって勉強してんのかな。わたしも退院したら、がんばらなくっちゃ。ああ、はやくクラスのみんなに会いたいな。




