第96章 ~ヴァロアスタの広場で~
ニーナと別れた後、ロア達はヴァロアスタの街を散策する事に決めた。
街中を歩き、改めて三人は思う。
三大国最強と謳われるヴァロアスタ王国の趣は、アルカドールとはまた違うという事を。
巨大な金属の歯車が付いた建物や、天に向けて煙を吹く煙突。
けれども草木が全くない訳でもなく、道脇の花壇には色鮮やかな花が植えられていた。
そして、アルカドールと決定的に違う所があった。
道行く人々の中に、時たま重たげな鎧で全身を覆った、人間や獣人族の少年少女達が居ることである。
気が付くと、彼らは割り当てられた位置に立っているようにも見えた。
道具屋や武具屋等、金が多く集まりそうな店の出入り口付近に立っている。
「エンダルティオの人達だね。ニーナさんも言ってたし」
「みたいだね。……店を警護してるのかな?」
ロアには、鎧を纏った少年少女達は店を守っているように見えた。
ルーノも同様だったらしく、
「だろうな。そうでもねえと、あんな場所に立ってたりしねえだろ?」
アルカドールと違い、ヴァロアスタではエンダルティオや騎士団による見回りが日常的な習慣となっている。
理由は言わずもがな、防犯の為だ。
「ん、ここって喫茶店か?」
ルーノがふと、レンガ造りの建物の前で足を止めた。
彼が見つめる建物は、いつかロア達が足を運んだアルカドール王国の喫茶店、「モノリス」と似た雰囲気である。
入り口の木製の扉の側には、大きな樽が幾つも積まれていた。
「何か飲みたいの? ルーノ」
ロアが問いかけると、ルーノは首を縦に振りつつ応じた。
「さっきのニーナとの決闘で、ちょっと喉渇いちまってな」
獣人族でも、激しい運動を行った後は喉が渇くのだ。
「あれ? ちょっと待ってルーノ、この店って……」
「んん? お前さん方、この店は未成年者出入り禁止だぜ?」
アルニカの言葉を断ち切る男の声が、三人の後方から発せられる。
ロア達が後ろを振り返ると、二人の人物が彼らを見つめていた。
蝙蝠型獣人族の男と、人間の女性である。
二人ともロア達より背が高いことから、年上であることは容易に想像がついた。
先程の声を発したのは、蝙蝠型獣人族の男だろう。
蝙蝠型獣人族の男は琥珀色の毛並を持ち、背中には大きな翼を有していた。
彼はポケットを探ると、隣の女性に向かって、
「んん。ミレンダ、煙草余ってるか? 手持ちのやつ全部吸っちまったみてえでよ」
彼の隣に立つ女性は、一言で表現すれば「美人」だった。
ウェーブのかかった銀髪は背中まで伸ばされ、その抜群のスタイルを極めて露出の多い服装に包んでいる。
「アタシも切らしてる。てかバド、アンタさっきから吸い過ぎ。少しは節約したらどう?」
「しょうがねえだろ? 一日30本吸わねえと禁断症状出るんだよ。んん?」
傍らで聞いていたロア達は、蝙蝠型獣人族の言葉に半ば唖然とする。
「一日に煙草30本……」と、ロア。
「自殺願望か……」ルーノが続ける。
すると、蝙蝠型獣人族の男はロア達を振り返った。
「お前さん方、あの看板が見えねえか? んん?」
男が指した方向を、ロア達は目線で追う。
すると、看板には「喫茶店」では無く、「バー」と書かれていた。
「あ、やっぱり……ここ、バーだったんですね」
アルニカが呟く。
「アンタ達みたいな坊やはここに来るのはまだ早いわよ? 大きくなってから来なさいな」
ロア達に促したのは、銀髪抜群スタイルの女性である。
彼女の外見からは高飛車な性格が想像できるものの、その口調は意外なほどに穏やかなものを感じさせた。
「そんときゃ一杯やろうぜ、んん?」
蝙蝠型獣人族の男はロア達に言い残し、バーへと歩を進めて行った。
銀髪の女性もロア達に手を振り、バーへと入って行く。
「!! ロア……」
その時。何かに気付いたのか、アルニカが二人の後ろ姿に指を指した。
ロアはオレンジの髪の少女が指す先を目線で追い――
「あ……」
気付いた。
蝙蝠型獣人族の男と、銀髪の女性が腰に下げている物に。
銀色の輝きを持つそれは、革製のホルスターに納められていた。
「銃だよな、あれ……」
ルーノが呟く。
蝙蝠型獣人族の男は右腰に一丁、銀髪の女性の方は両腰に一丁づつ、計二丁。
人の命を一瞬にして奪う事の出来る武器を、その身に帯びていた。
リボルバー式の銃である。
「……行こう二人とも、とりあえず何か飲み物買おうよ」
ロア達はその場、すなわちバーの前を後にした。
その後、彼らは近くに見つけた露店で飲み物、ジュースを購入し、座れる場所を探す。
程なくして、彼らは休息に着くことの出来そうな場所を発見した。
店が立ち並ぶ商業区を抜けた場所に位置する、開けた場所――広場。
周りには木々が生い茂っており、中心には大きな噴水が設置されていた。
近代的な技術が結集したヴァロアスタの中では初めて見出した、自然の優しさを感じさせてくれそうな場所である。
ロア達は、噴水の側に設置されたベンチに腰かけた。
紙コップを片手に、ルーノが呟く。
「石炭とか金属の匂いしかしねえような国だと思ったけど、こんな場所もあるんだな」
「こういう国だからこそ、緑が必要なんじゃない?」
答えたのは、アルニカ。彼女の隣で、ロアは頷いていた。
広場に吹く風が、ロア達の髪を靡かせる。
「……かもな」
ルーノは紙コップ一杯分のジュースを口に流し込み、ぐいぐいと飲み下していく。
相当に喉が渇いていたようだった。
兎型獣人族の少年は、ロア達三人の中で最も早くジュースを飲み終えた。
彼はベンチから飛ぶように降り、空になった紙コップを手の中でくしゃりと潰す。
そして、ベンチに腰掛けるロアとアルニカを振り返り、
「くず籠、探してくる」
言い残しつつ、歩いて行った。
ルーノが抜けた事で、ベンチにはロアとアルニカが二人で座る状態になる。
「ルーノ、相当喉渇いてたんだね」
「まあ、ニーナさんと戦った時かなり動いてたし。無理も無いんじゃない?」
ロアは、その背中をベンチの背もたれに寄り掛からせる。
すると、彼が首から下げているペンダントが、アルニカには視認出来た。
透き通るような、透明な水晶のペンダント。ロア達が旅立つ前に、ユリスが彼に贈った物である。
肌身離さず、ロアは常に身に着けていたのだ。
(……)
心なしか、アルニカの表情に曇りが指す。
「……ねえ、ロア」
「ん?」
しかし、ロアは少女の様子には気付いていなかった。
茶髪の少年と視線を合わせ、アルニカは言葉を紡ぐ。
「ロアは、どう思ってるの? 女王様のこと……」
「え? ユリスのこと?」
突然の問いかけに、ロアは目を丸くした。
彼はアルニカから視線を外すと、悩ましげに考え込む仕草をとる。
「どう思ってるって言われたら……」
アルニカは無言で、少年の横顔を見つめていた。
「大事な友達、かな? 小さい頃から知ってるし、それに……」
「……それに?」
アルニカが訊きかえすと、ロアは空を見上げた。
陽は次第に落ち始め、空は暮れなずんでいる。
「僕が今こうして生きてるのは、ユリスのお蔭でもあるから。とても大切な人だよ」
「……」
オレンジの髪の少女は、無言だった。
噴水が立てる水音と、木々が風にざわめく音が辺りを支配している。
「アルニカもそうでしょ?」
「……うん」
沈黙の後、アルニカは笑みを浮かべた。
「ごめんねロア、何だか変な事聞いて」
「別に」
茶髪の少年は、屈託のない微笑みをアルニカに見せた。
ロアは、胸元のペンダントを手のひらに乗せた。暮れなずむ陽の光を受け、水晶は美しい煌きを見せる。
まるで、この水晶をロアに贈ったアルカドール王国現君主の少女、ユリス女王の美しさを思い出させるかのように。
(やっぱりロア、女王様のこと……)
ロアは気付かなかった。
自らの隣で、アルニカが自分に物悲しげな視線を向けている事に――。
(ユリス……)
ロアは、水晶のペンダントを軽く握った。