第95章 ~決闘後~
ルーノは立ち上がり、ニーナへと向き直った。
(実力の差を見せつけたつもりだったのだが……こいつ、全く引いてないな)
兎型獣人族の少年の顔を見つめたニーナ、彼女はレイピアを握り直した。
実力の差が大きいことは、ルーノ自身が良く理解していた。
しかし、ニーナが心中で呟いた通り、彼は引いていない。
ルーノの瞳からは、「戦う」と言う意志が存分に伝わって来たのだ。
「勝負は既に決したと思うが。その様子から察するに、何か隠し玉でもあるのかね?」
レイピアを構え、ニーナは問う。
「ああ、『とっておき』ってモンがな……!!」
圧されている戦況にも関わらず、嫌に自信のあるルーノの物言い。
修練場の傍らに立つロアとアルニカ、二人は同じ予感を抱いていた。
「ねえロア、もしかしてルーノ……」
「僕もそうだと思う。きっとルーノ、魔法を使うつもりだよ」
ルーノが呪文を唱えたのは、ロアが言った直後だった。
「レーデアル・エルダ!!」
唱えた途端、ルーノが持つ剣にはめ込まれた黄色の魔石が輝きを帯びる。
美しい黄色の光が、銀色の刃を包み込む。
ルーノの詠唱呪文と、魔石の力によって作り出された光の刃だ。
(魔法……!? 使いこなしているのか?)
僅かばかり、ニーナは驚きを覚えた。
どうやら彼は、魔法によって光を宿した剣を使い、斬りかかるつもりのようだ。
(以外だったな……!!)
ニーナはルーノと同じように、自らのレイピアの刃を紫の光で包みこませた。
ルーノの黄色い光と同じく、魔石から作り出した光の刃。
しかし、青い毛並の兎型獣人族の少年と違い、ニーナは呪文を唱えていなかった。
「らああ!!」
ルーノは剣を振りかざしつつ、ニーナへと斬りかかる。
「訓練の時みたいに、剣が飛んでいかない……!?」
「もしかしてルーノ、魔法を使いこなしてる!?」
ロアとアルニカが呟く、僅かばかり興奮した様子だった。
ユリスから魔石のはめ込まれた剣を渡されたロア達は、魔法の力を使いこなす練習をした。
が、結果的に使いこなすことは叶わなかった。
ロア達が何度試そうとも、魔石が作り出す力場を制御出来ずに、剣が手から離れてしまったのだ。
しかし今、ルーノは魔法を使って剣に黄色の光を宿らせているにも関わらず、剣が手から離れない。
すなわち、魔力をコントロール出来ている、魔石が作り出す力場を制御出来ている、と言うことになる。
初めての成功だ。
が、しかし。
「へ?」
数秒前までの険阻な様子はどこへ行ったのか、ルーノは素っ頓狂に一文字漏らす。
ニーナへ剣を振ろうとした途端、突然ルーノの手から、剣を握っている感触が消えた。
「あ……」
ロアとアルニカは天を見上げる。
ルーノの手から離れた彼の剣が、空を舞っていた。銀色の刃が太陽の光を受け、眩く輝いている。
一しきり空を泳いだ後、剣は地面に虚しく突き刺さった。
既に、刃から黄色い光は消えている。
「……やっぱり、使いこなせなかったみたいだね」
静けさを取り戻した修練場で、ロアが呟いた。
続けてルーノが、
「チッ、行けると思ったんだがな……!!」
「少しばかり驚いたが、とんだ茶番だったな」
ニーナはレイピアを降ろすが、鞘に納めようとはしなかった。
紫の光も、解いていない。
「決闘は終わりで構わんね? 君が私に挑むのは、10年早い」
ルーノは、反論のしようが無かった。
剣術の勝負でも歯が立たなかった上、魔法を使いこなせすらしない自分では、ニーナに勝てる筈は無い。
(……悔しいけど、コイツの言う通りだ……!! 今のオレじゃ、全然歯が立たねえ……!!)
ニーナと目線を合わせた後、ルーノは自らの剣を回収し、鞘に納めた。
そして再び、紫の毛並の少女を振り返りつつ、
「……ああ、オレの負けだ。アンタは強えよ」
そう告げた。負けを惜しむような気持ちは、持っていないようだった。
「ほう、噛み付いてくると思っていたが……意外と素直なようだね、君」
「……」
ルーノは答えず、視線を横へと向けた。
彼の横顔を見て、ニーナは僅かに笑みを浮かべる。
潔く負けを認めたルーノに、ニーナは幾らか好印象を持った様子だった。
「そういえば、君にはまだ名前を訊いていなかったね?」
ルーノはニーナに向き直った。
「……ルーノだ」
「下の名は?」
間髪入れずに、ニーナは問を重ねた。
「はあ?」
「君の下の名だよルーノ。私は認めた相手には、本名を尋ねる事にしていてね」
ニーナは早速、ルーノを名で呼んだ。
(……なんだそりゃ)
変わった方針の持ち主だな、とルーノは思う。
次いで、だとするとニーナは自分の事を認めてくれたのだろうか、と思った。
ニーナと目線を合わせつつ、ルーノは口を開く。
「『ロビット』、オレの本名は『ルーノ=ロビット』だ。満足か? 『ニーナ=シャルトーン』」
自らの本名を名乗ると同時に、ルーノはニーナを本名で呼んだ。
ニーナは頷き、
「『ルーノ=ロビット』……覚えておこう」
兎型獣人族の少年に、そう返した。
ルーノは踵を返し、ロアとアルニカの方へと歩いて行こうとする。
「ああ、そうだ」
が、その背中が不意に翻り、またニーナへと視線が向けられる。
「オマエ、ロアとアルニカには絶対に本名の話はすんなよ」
ルーノの口調は強かった。
ニーナは無言で、彼と視線を合わせる。
「あの二人にそういう話は、タブーだからな」
「訳有りのようだね、分かった。肝に命じておくよ」
ニーナは紫の光を解き、レイピアを鞘へと納めた。
そして彼女はルーノの背中に続いて、ロアとアルニカへと歩み寄る。
「お疲れルーノ」
「ニーナさんと何話してたの?」
ロアがルーノを労い、アルニカが問いかけた。
「別に、大したことでもねえよ」
素っ気なく、ルーノはアルニカへ返事を返した。
「君達、少しばかり聞いてもらえるかね?」
と、ロア達三人に向け、ニーナが言葉を紡ぐ。
ロア達は、彼女へ視線を移した。
「今日はここで解散とする、後の時間は君達の好きに使ってくれて構わない。ヴァロアスタの街を散策するも良し、汽車の旅で疲れた体を休めるも良しだ」
修練場に吹いた風が、ニーナの紫色の毛並を緩やかに靡かせた。
「が、明日の朝10時になったら、また三人でこの修練場に来てほしい。君達にしてもらわなくてはならない事がある」
「してもらわなくてはならない事って?」
ロアが訊き返した。
「君達三人にとって、とても重要な事だ。明日になれば分かるよ」
ニーナが返したのは、もったいつけるような返事である。
彼女は踵を返し、続けた。
「遅刻は厳禁だ。では明日の朝10時、この修練場で待っている」
「ニーナさんは、これからどうするんですか?」
アルニカが問いかけた。
「私はこれから行かなくてはならない場所があってね。では、ここで失礼するよ」
言い残すと、ニーナは修練場の脇の金属塀に向かって走り、塀を飛び越える。
紫色の毛並を有する後ろ姿が、ヴァロアスタの街の中へ消えて行くのを、ロア達は見届けた。
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