第93章 ~ヴァロアスタ王国~
ヴァロアスタ王国は、中央に位置する王都「ロヴュソール」を中心に円形の領土を持つ国。
この国がアスヴァンの国家の中でも最強と称される所以は、幾つかある。
領土の大きさは勿論の事、発展した金属加工技術、さらに保有する軍事力も他の国家の追随を許さない。
大砲や投石器、魔弾、ひいては銃といった様々な兵器を開発し、所有している。
兵器から離れれば、ガス灯や蒸気機関車も作り出し、実用化するに至っているのだ。
まさしく、「近代的」と呼ぶに相応しい国家である。
「何か、不思議な感じ……」
駅構内の壁にはめ込まれた窓からは、ヴァロアスタの街並みが一望に出来た。
人ごみの中、アルニカが呟く。
「アルカドールとは、また違う雰囲気だよね」
「まあ、違う国だからな」
アルニカに続き、ロアとルーノ。
初めて訪れるヴァロアスタ王国は、三人に新鮮な物を感じさせた。
レンガ造りの建物が並んでいる所は同じだったものの、遠くには巨大な風車や金属の歯車の付いた建物。
屋根から太い煙突を突きだした製鉄所、広場のベンチや噴水。
駅の脇には何やら、金属の支柱で組まれた建造物もあった。
「あれは人の操作で動く昇降機だよ。地下深くの坑道と繋がっている」
三人を先導するように歩くニーナは、金属の建物を指差しつつ言った。
ロア達は、金属の建物――昇降機の脇に、一人の男性が座っている事に気付く。
彼が腰掛けているのは操作席のようで、彼の眼前の操作盤にはツマミのような物、それに数本のレバーが付いていた。
「あの人が、昇降機を操作しているんですか?」
「ご名答アルニカ、君は察しが良いな」
ニーナがアルニカを褒めた。
今度はロアが、ニーナに問う。
「さっき『地下の坑道』って言ってたけど、ヴァロアスタは採掘が盛んなの?」
「主な産業と言う程では無いが、汽車を動かすのも製鉄にも、石炭や鉄鉱石は沢山必要だからね。それなりに掘っているよ」
オッドアイの猫型獣人族は、続ける。
「石炭や鉄鉱石が主だが、僅かながら宝石の原石や、あとはトラソルツ鉱石も採れる」
「トラソルツ鉱石? マジか……」
ニーナの口にした鉱石の名前に、ルーノが反応を示した。
聞き慣れない鉱石の名前、ロアが彼に問う。
「知ってるの? ルーノ」
「ああ。トラソルツってのは強い金属を精製出来る鉱石だけど、加工すんのがかなり難しいんだよ。それに採掘量も多くないから結構貴重でな」
人差し指を立て、青い毛並の兎型獣人族の少年は得意げに答える。
家が鍛冶屋のルーノは、鉱石に関する知識が豊富だった。
「オレも一度加工してみたけど、失敗して黒焦げにしちまった」
「貴重なあの鉱石を無駄にしたのかね、勿体ない事を……」
ルーノに背を向けたまま、ニーナは嘆息交じりに答える。
「ん?」
駅の外へと歩を進める中、ロアはふと、駅の出入り口付近に立っている二人の人間に目を留めた。
一人は少年で、もう一人は少女。顔だちや背の高さから見て、歳はロア達とそう変わらないようだった。
が、ロアには引っ掛かる事がある。
出入り口付近に立つ一人の少年と、もう一人の少女。彼ら二人は、その身を鎧に包んでいた。
胴や肩、両腕に両足、全身が銀色の輝きを持つ鎧で、覆われている。
少女の方は、肩の部分が簡略化されているように見えるものの、他は少年が着けている鎧と大差は無い。
加えて、少年は背中に大剣を掛け、少女は腰に剣を下げていた。
ここは街の中だと言うのに、まるでこれから戦争に行くと誇示するかのような武装である。
「彼らは、この国のエンダルティオだよ」
ロアの心中を察したニーナが、説明する。
「このヴァロアスタでは、あれくらいの装備は普通なのだが……アルカドールでは違ったかね?」
猫型獣人族の少女からの問いかけに、ロア達三人は顔を見合わせた。
騎士団ならいざ知らず、アルカドール王国エンダルティオの少年少女達が鎧を纏っている所など、見た事が無い。
「イワンさんとかカリスとか、リオが鎧着てるとこなんて、見た事ある?」
と、ロア。彼が挙げた名前は、いずれもエンダルティオ所属の者である。
アルニカとルーノは、首を横に振った。
「ううん。イシュアーナ戦の時も、皆いつもの服だったし」
「ま、リオのヤツには鎧の方が似合ってると思うけどな」
「リオちゃんに言い付けるよ? ルーノ」
「……やめろ」
ルーノにとって、リオを怒らせることはやはり好ましい事ではないらしい。
二人のやり取りに、ロアは微笑んだ。
「ヴァロアスタでは、近頃『銃』が出回り始めていてね」
と、ニーナ。
「銃を持つには国の許可状が要るし、強力と言えども易々と使いこなせる武器ではないのだが」
彼女は続ける。
ニーナの説明で、エンダルティオの少年少女達が不釣り合いな重装備でいる理由は、想像がついた。
使いこなしているか否か、それは銃という武器の殺傷能力には関係しない。
使用者が未熟な者だったとしても、狙いを付けて引き金を引く、それだけで相手に致命傷を与えることが可能なのだ。
「そっか、銃で撃たれた時に備えて、この国のエンダルティオの人達は鎧を……」
重量のある鎧を着て動きづらくなる、といった欠点はあるかも知れない。
けれども、命には代えられないだろう。
「事実、私の知ってる者の中でも銃を武器として用いている、それも完全に使いこなしているのは二人だけだ」
「その二人って……?」
アルニカがニーナに問う。
ニーナが言う銃を使いこなせる人物、敵なのか味方なのか、知っておきたかった。
「近々、君達も会うことになる筈だよ」
アルニカに返すと、ニーナは再び歩を進め始めた。
ロア達は、彼女の小さな後ろ姿に続く。
「わ!?」
と、その時だった。
ぼすっ、という毛布が翻るような音を立て、ロアは何かにぶつかった。
「? ロア、どうし……」
ロア以外の三人は、茶髪の少年の方を振り返る。
すると――ロアの眼前に、大きな壁があった。二メートルは余裕で越える、黄土色の大きな壁である。
「……?」
壁の前に立つロアは、ゆっくりと視線を上部に向ける。
そして――彼が気付くのは、間もなくの事だった。
黄土色の壁には、腕が、顔が、目が付いていて、厳つい目線で、ロアを見下ろしていた。
「わ、わああ!?」
それは、「壁」では無かったのだ。
一目では見渡せない程の巨体を持つ、熊型の獣人族である。
「小僧、ぶつかっておいて詫びも無しか?」
鋭く厳つい目線と共に、熊型獣人族の男はロアに向けて言葉を放った。
声はとても低く、静かな口調にも関わらず迫力に満ちている。
「す、すみません……」
男の巨体と、それに見合った余りの迫力に、ロアは言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。
と、男はその巨木のような腕をロアへと伸ばし、彼の胴を掴んだ。
男の手の大きさは、ロアの胴を包み込むには十分だった。
「!?」
握り潰される――ロアの頭に一瞬、過った。
と思ったが、男はロアの胴を握る手に必要以上の力を込めなかった。
「え……わあ!?」
途端、熊型獣人族の男はロアの体を片手で持ち上げ、自らの目線の先にロアの顔を映す。
「……見かけぬ顔だ、ヌシは余所者か?」
唐突な状況に加えて、唐突な質問、男の厳つい目線を間近に受けているロアには、答える余裕など残されてはいなかった。
「その辺にしたまえモロク、彼は私の……いや、私達の客人だよ」
熊型獣人族を制する言葉が、ニーナの口から発せられた。
ロアを掴んだまま、男はニーナへと視線を移す。
「……シャルトーン?」
熊型獣人族の男は、ニーナをそう呼んだ。
「し、知り合いなんですか? あの熊型獣人族の人……」
アルニカとルーノは、危うく剣を抜きそうになっていた。
彼ら二人から見れば、状況はどう取ろうともロアの危機としか思えない。
が、ニーナだけは違った。彼女は熊型獣人族と面識があるらしい。
「『モロク=ガザン』、ヴァロアスタ王国騎士団所属の熊型獣人族、私の友人だよ」
アルニカとルーノは、視線を熊型獣人族の男――モロクへと向けた。
モロクは、厳つい目線で二人を見返す。
「体は無駄に大きくて表情は固いが、悪人では無い」
ニーナは続ける。
「モロク、彼を降ろしたまえよ」
彼女が告げると、モロクは今一度ロアを間近で見つめた後、地面に降ろした。
すると、ニーナは続けて言葉を紡ぐ。
「私は所要を足さねばならない、後で会おう」
「承知した、じゃあの」
モロクは言い残すと、その場から去って行った。
巨大な体格の持ち主故だろうか、彼が人混みの中に入ると、周囲の人々がとても小さく見える。
「……あのモロクって熊型獣人族、歳幾つだ? 喋り方がオッサンみたいだったぞ」
次第に小さくなる黄土色の毛並の後ろ姿を見つめつつ、ルーノが呟いた。
「私も分からないが……確か60は越えていた筈だよ」
「ろ、ろくじゅう!? その歳であんな怪力が……!!」
モロクの歳の頃を聞いて驚いたのは、ロア。
信じ難いが、片手で軽々と自身を持ち上げられたという事実がある以上、否定のしようがない。
「熊型獣人族は腕力が強いからね。では、行こうか」
ニーナはそう残しつつ、駅の出入り口へと歩を進め始めた。
アルニカがその背中を引き留める。
「どこに行くんですか?」
「君、私に決闘を申し込んだろう?」
ニーナは振り返り、ロア達の中で最も背の低い少年に言葉を紡ぐ。
彼女の瞳にはルーノの姿が映っていた。
「丁度いい時間潰しになる、どうだね? これから私と一対一で」
ルーノは答えた。
「……望む所だ」