表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/158

第88章 ~汽車~


「…………!!」


 モルディーア王国の廊下で、「魔族」の女は閉じていた目を開けた。

 まるで何かを感じ取ったかのような様子である。


「使えないヤツめ、しくじりやがったカ……」


 壁の燭台に灯された炎が不規則に揺らめき、暗い廊下を照らす中、まるで狂気を押し出すかのような口調で、彼女は言葉を紡ぐ。

 顔の半分を隠す程に伸ばされた白髪、紫色の瞳。そして、「魔族」の特徴である、生気を感じさせない程に白い肌。

 

 彼女の名は、「ザフェーラ」。「魔族」最強の配下、「魔卿五人衆」の一人。

 

「キミの小細工は失敗に終わったみたいだネ、ザフェーラ」


 後方からの声に、ザフェーラは振り向く。

 

「もしかしテ、あのアルカドール君主、ユリス女王がそう簡単に排除出来るとでも思ったのかイ?」


 ザフェーラの後方に立っていた者は、そう続けた。

 仮面で顔の上半分を隠した、特徴ある口調で話す「魔族」の少年。彼の名は、「クラウン」。

 ザフェーラと同じ、「魔卿五人衆」の一人である。

 

「……ワタシに何の用だ、このクソチビ」


 ザフェーラが憎々しげに問いかけると、仮面の少年は彼女へと歩み寄る。


「一つだけ、キミに言っておきたい事があってネ」


 人差し指を立てつつ、彼は続ける。


「ヴィアーシェと一緒にベイルークの塔へ『魔石』を回収に行った時、興味深い物を見つけたのサ」


 クラウンは、脳裏に思い浮かべていた。ベイルークの塔で、ロア達三人と遭遇した時の事を。

 茶髪の少年が一人と、オレンジの髪の少女が一人。

 そしてもう一人、まるで新雪のような純白の毛並を持つ、兎型獣人族の少年。

 確か、彼は茶髪の少年から「イルト」と呼ばれていた。


「他の下等種族共はキミの好きにして構わないからサ、『イルト』っていう兎型獣人族だけはボクにくれないかイ?」


 ザフェーラの察する所、クラウンの言う「興味深い物」とは、その「イルト」という者の事らしい。


「……勝手にしろ」


 一言で返事を返すと、ザフェーラはその長い白髪を揺らしつつ、歩き去って行った。

 廊下に残されたクラウン、彼はもう一度、塔で遭遇した「イルト」の姿を思い出す。

 純白の毛並に、長い耳。綿毛のような尻尾。そして、彼の両腕に嵌められていた、金色の腕輪。


「(あの腕輪、やはり間違い無イ。クク……面白い事になりそうだネ)」


 不敵な笑みを浮かべつつ、クラウンは心中で呟いた。






「わー……」


「思ってたよか、デカいな……」


「これが、汽車……」


 順番に、アルニカ、ルーノ、ロア。三人とも肩掛け鞄を下げ、ユリスから贈られた魔石付の武具を持っていた。

 時はユリスへの暗殺未遂が起こった日の翌日、場所は蒸気音が響く駅の乗り場。

 石炭や金属の匂いが漂う中。彼ら三人は眼前に佇む鉄の塊を見上げ、感嘆の声を漏らす。


 これまでの生涯の中、汽車を利用する機会どころか見た事すら無かった三人にとって、初めて見る汽車という物は、衝撃的な何かを感じさせた。

 一目で見渡せない程大きな体格は山のような荘厳さを感じさせ、辺りに響かせる蒸気音は、勇ましさに満ちている。


「こんなでっかい鉄の塊が、ホントに走んのか?」


 と、ルーノ。乗り場に吹く風が、彼の長い両耳を揺らしていた。


「走るに決まってるでしょ? 汽車は蒸気技術発展の象徴だって、ヴルーム先生も言ってたし」


 アルニカのオレンジの髪も、風に靡いていた。

 辺りを見回してみると、人々は何の戸惑いも無く、汽車に乗り込んでいく。


「アルニカ、ルーノ」


 ロアは二人を呼びつつ、ポケットから何かを取り出す。小さな封筒だ。

 封を解き、中身の三枚の切符を取り出す。三枚の内の二枚を片手に取り、ロアは切符を二人に手渡した。

 ちなみに、この切符はユリスがロア達の為に手配した物である。


「行こう。もうそろそろ時間だよ」


 ロアは二人を促し、汽車の乗車口へと歩を進め始める。アルニカとルーノは彼の後ろ姿に続く。

 汽車が発する蒸気音が、近付くにつれてより鮮明に耳へと届き、ロア達の鼓膜を振動させた。


「!!」

 

 ヴァロアスタ行きの汽車に乗り込んだロア達に、車内の入り口付近に立っていた一人の男性が手を差し出した。

 黒い服に身を包んだ、大柄な男性である。


「え……?」


 突然視界に現れた、大柄な黒服男性。

 どうすればいいのか分からず、ロア達は困惑する。


「……切符を拝借」


 痺れを切らしたのか、男性はロア達三人に一言。


「あ、ロア、きっとこの人が『車掌』さんなんじゃない?」


 アルニカがロアに言った。

 彼女の言葉で、茶髪の少年はリオの言葉を思い出す。

 切符を持って汽車に乗り、「車掌」という人に切符を見せれば、汽車に乗ることが出来る。

 ショートヘアの快活少女は、確かにそう言っていた。


「そっか……!!」


 ロアは、黒服の男性に切符を差し出した。男性は、無言で受け取る。

 この子達は、汽車に乗るのは初めてなのだろうか? おそらく、この「車掌」という人はそう思ったに違いない。

 切符を数秒見つめた後、男性はクルミ割り機に似た器具を取出し、パチン、と切符に切り込みを入れた。


 その後、男性はアルニカとルーノの切符も順番に受け取り、同じように切り込みを入れた。

 三人の少年少女を車内に招き入れるような仕草を取りつつ、


「どうぞ、目的地までの良い旅路を」


 これで、汽車に乗ることが出来るようだった。ロア達は車内へと入り、ドアを開け、座席室へと足を踏み入れる。


 荘厳さを漂わせていた外観に比べると、車内は明るく、清掃が行き届いていた。

 座席は、全て進行方向に向いて設置されている訳では無く、数人が向かい合う形で腰掛けるようになっているらしい。

 二対となる座席の間には、木製のテーブルが設置されていた。


「……空いてる席、見当たらないね」


 ロアは、アルニカとルーノに小声で呟く。

 ざっと見渡した所、座席は全て埋まっていて、空席は見当たらない。

 さらに、他の客は皆、大人ばかり。ロア達のような子供は、見受けられなかった。


「もし空いた席が無かったら、どうすんだ?」


 空席を探しつつ、ルーノはロアに問う。


「その時は……まあ、立って乗るしかないと思う」


 と、ロア。


「終点のヴァロアスタまで? それはちょっと、キツいかも……」


 と、アルニカ。

 けれど、ロアの言うように、立ち乗りをせざるを得ないかも知れない。一両づつ空席を探して周るものの、空席が見当たらないからである。

 どの車両の、どの席も、既に座られていた。


「(これは本当に、立つしかないかな?)」


 ロアは心中で呟きつつ、空席を探す。

 が、探し始めてから数分程。彼の予想に反し、空席が見つかった。


「!!」


 しかし、完全な「空席」とは呼べないかも知れないが。

 通路から向かって右側の席の奥、すなわち窓際に、一人の少女が腰掛けていた。

 彼女は窓に視線を向けている為、顔は視認できない。けれども、後ろ姿だけで「獣人族」だと分かる。

 薄紫色の毛並を持つ、猫の「獣人族」だ。


 まるで佇むように腰掛けている彼女の周りは、空席。しかも、運よく三人分の席が空いていた。

 やがて、アルニカとルーノも、その空席に気付いた。

 けれども、既に座っている少女がいる所為だろうか、少しばかり、気が引ける。


「あの……」


 アルニカが、猫型獣人族の少女の背中に話しかける。

 彼女は窓から視線を動かし、ロア達を振り返った。小柄で可愛らしい容姿に反し、凛とした瞳を持っている。

 さらに、彼女は左右で目の色が違った。猫型獣人族の一部に現れる体質、「オッドアイ」である。左目は黄色く、右目は水色。


「ここ、座ってもいいですか? 他に席、空いてなくて……」


 蒸気音が低く響く車内で、アルニカは問う。


「……」


 薄紫色の毛並を持つ少女は、無言で彼女を見つめる。

 そして、アルニカを見つめた後、次はルーノと視線を合わせ、次にロアと視線を合わせ――こう答えた。


「構わんよ。私も丁度、話し相手が欲しかった所でね」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ