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第87章 ~アルニカの髪留め~

「そうか。捕まえる事は、叶わなかったか……」


「……」


 夕暮れの頃。アルカドールの城の廊下には、ロディアスとイルトの姿が。 

 アルカドールの城に戻ったイルトは、先程の出来事を、ロディアスに伝えた。

 ユリスを狙った「魔族」の男を追い詰めるところまでは行った物の、捕まえる前に、自爆を。

 誰によって差し向けられたのかは、聞き出すことが出来なかった。


「それにしても、催眠暗示か……強い物だったのか?」


 ユリスに仕える騎士、ロディアス。彼がイルトに問いかける。

 

「……催眠暗示が発現した時、あの男の意識は完全に飛んでいた。相当強力な、洗脳系統の魔法に違いない」


 白い毛並の兎型獣人族の少年は、つい数時間前の出来事を振り返る。あの時、「魔族」の男は、確実に通常の精神状態では無かった。

 爆薬の粉を振り撒き、石で火花を散らせ、自爆。最初から自殺を望む者でも無ければ、そんなことをする筈が無い。


「洗脳系統の魔法か、まさかな……」


「心当たりでもあるのか?」


 呟くように発せられたロディアスの言葉を、イルトは聞き逃さなかった。否、高い聴力を持つ兎型獣人族であるが故、聞き逃しようが無いのだ。


「……いや、別に」


 アルカドール王国騎士団団長の返事を受けたイルトは、歩を進める。部屋に戻って休むつもりだった。


「イルト」


 後ろから呼び止められ、イルトは振り返った。すると、ロディアスが彼を見つめていた。

 その眼差しは、真剣である。


「腕輪を外したのか?」


 ロディアスが問う。イルトは何も答えずに、視線を下に下げる。

 彼は、自らの両腕に嵌められた腕輪に目を向けた。いつも両腕に肌身離さず付けている、無数の文字が刻みこまれた、金の腕輪である。


「……」


 無言でいるイルト。返事は返って来なかったが、イルトの様子から、ロディアスには答えが分かった。


「もう二度と、例え一瞬たりとも外すな。それを無暗に外せばどうなるか……お前自身も、分かっているだろう?」


 イルトの後ろ姿を見つめながら、彼に語りかける。

 叱咤するような口調でなく、まるで、兄が弟に語りかけるような、穏やかな口調。

 兎型獣人族のイルト。歳の差はあるが、ロディアスにとって彼は、共にユリスに使える仲間だ。

 白い兎型獣人族は、視線を腕輪に向けたまま、ロディアスの言葉に耳を貸す。


「イルト。下手をすれば、命を落とす事になるんだぞ」


 ロディアスの口から、重い言葉が発せられる。

 仲間として、友として、イルトの身を案じるが故に出た言葉だ。

 イルトは何も答えなかった。答えずに、彼は再び、ロディアスに背を向けた。


「もしもそうなったら……ユリス様が悲しむ。勿論、私もな」

 

「……分かっている」


 後ろ姿を向けつつ、イルトはロディアスへ告げた。そして彼は、自室へと歩を進める。

 今度は、彼を引き留める声は無かった。


「……」


 まるで新雪のような、白毛の生えた手で、イルトは水晶のペンダントを握った。






「ふう、こんな感じかな?」


 自宅に戻ったアルニカ。

 彼女は手作りクッキーを作り終えた所である。

 オーブンから取り出したばかりの、ヒヨコや兎や猫、様々な動物を象ったクッキーを見つめ、彼女は満足げに笑みを浮かべていた。


 と、その時。扉をノックする音が聴こえ、アルニカは玄関を振り返る。


「(ん、誰かな?)」


 アルニカは玄関扉へと歩み寄り、小窓の向こうを見つめる。

 すると、彼女が良く知る少女の顔があった。


「……!!」


 驚きつつも、アルニカは鍵を外して、扉を開ける。

 

「やっほー、帰り道に近く通ったから、寄っちゃった」


 扉の前に立っていたのは、ショートヘアの快活少女、リオだった。

 アルニカはリオを招き入れ、作り立てのクッキーを振る舞う。

 イシュアーナの戦いの後、彼女がアルニカのクッキーを食べたいと言っていた事を、覚えていた。

 作り終えた時に、丁度リオが訪ねて来た、グッドタイミングである。


「めっちゃおいしいよアニー!! これ、砂糖の種類変えた?」


「あ、リオちゃん気付いた? ちょっと新しいの試してみたの」


 リオはまた、クッキーを一口。

 ちなみに、もう片方の手は、自らの頬に当てている。

 さくさくと、丁寧にクッキーをかみ砕きつつ、リオは、


「アニーって将来はさ、自分のレストラン持つのが夢なんでしょ?」


 と、アルニカに問う。

 台所でクッキー作りの後始末をしていたアルニカは、


「うん。本当に出来るかどうかは……分かんないけどね」


 自信に欠ける返事を、リオへと返した。


「(……ん~)」


 少し考えるような仕草の後。リオは立ち上がり、そっと台所に向かう。

 台所には、ボールや型抜き等、クッキーを作るのに使った道具を水洗いしているアルニカ。

 リオは後ろから彼女に忍び寄っていく。道具を洗うのに気が傾いているアルニカは、背後からリオが迫っている事に気付かない。


 アルニカの不意を突いて、リオはオレンジの髪の少女の首筋目がけ、ふっと息を吹きかけた。


「ひっ!?」


 効果は、リオの想像以上。

 いきなり首に息を吹かれたアルニカは、驚きの余り、強張るかのように全身を震わせた。

 その拍子に、アルニカの背中がリオにぶつかる。


「わ!! と……!!」


 リオはバランスを崩し、後方に尻餅をついた。

 後ろを振り向いたアルニカは、そこにリオの姿があることに半ば驚く。居間でクッキーを食べていると思っていたが、一体いつから後ろにいたのだろう。


「リ、リオちゃん!? 何して……」


 アルニカはリオに駆け寄る。

 と、その時だった。リオが尻餅を付いた際に発生した振動が、後方の棚に伝わり、その棚の上部に置いてあった物が、今にも落ちようとしていた。

 オーブンを使う時に炎の焚き付けにする、数十本の木の枝。


「あ……」とアルニカ。


「え……」とリオ。


 二人の少女は、ほぼ同時に一文字を漏らす。

 そして、数十本の木の枝が、二人の元に降り注いだのもほぼ同時の出来事。

 アルニカとリオ。彼女達の悲鳴が、家の外まで響き渡った。


 降り注いだ木の枝は、殆ど重量の無い種類だった為、二人に怪我は無かった。

 しかしながら、落ちた木の枝を拾い集めるという、無駄な手間が増えてしまったが。


「もお、リオちゃんがいきなり私の首に息吹いたりするから……」


「ごめんごめん。まさかアニー、あんなに驚くとは思わなくて」


 床に散乱するように散らばった枝を拾い集めては、棚へと戻す。

 そんな作業を続ける中、アルニカはふと気付いた。


「(そう言えば……なんでリオちゃん、あんなことしたんだろ?)」


 そう。リオにあんな悪ふざけ(本人がどう思っているかは、定かではないが)、された記憶は無い。

 アルニカは思う。彼女は何故、いきなり首筋に息を吹いたりなどしたのだろう。

 振り返ると、リオは黙々と枝を拾い続けていた。


「……ねえ、リオちゃん」


「ん~?」


 リオは枝を拾う手を一時止め、アルニカを見る。


「あのさ、何でさっき、私の首筋に息吹いたりなんか……」


「あ~、ちょっとね、アニーに自信付けさせてあげようと思って」


 ショートヘアの少女から、予想もしない答えが返ってきた。単なる悪ふざけ、ではなかったのだろうか。

 リオは枝拾いを再開しつつ、続ける。


「あたしさ、知ってるよ? 夢を叶える為に、アニーがすごく頑張ってるの」


「え?」


 アルニカが一文字で返事すると、リオは、


「ほら、朝早起きして野菜の世話したり、レストランのバイトも凄く真面目って聞くし、学院の成績もカリスに次いで優秀だし」


 片脇に枝の束を抱え、もう片方の手の人差し指を立てつつ、言った。


「そんだけ頑張ってるんだし、自信持たないと何かもったいないかな~って思って」


「リオちゃん……」


 アルニカは思う。このリオという少女は、本当に不思議だ。

 表面上は軽い言動が目立つのだが、内面ではしっかりと、他者の事を見つめている。

 

「……でもさ、それと首に息を吹きかけるのは、何か関係ある?」


「え」


 両者間の空気が一瞬、凍りついた。

 確かに、首に息を吹きかけるのと、自信を付けさせると言うのは、僅かな関連性も見出せない。


「そ、それは……そう!! えーとえーと……あ、リラックス? リラックスさせてあげようと思って」


 あからさまな笑みを浮かべて、弁解するリオ。彼女は後に続ける言葉を探そうと、視線を上へ下へ泳がせている。


「……ぷっ、ふふ」


 そんな彼女を見ていると、アルニカは自然に笑みを浮かべていた。

 リオの先ほどの行動は、決して正しいとは言えない。というのも、その行動が発端で、余分な作業が増えてしまったから。

 けれども、リオは僅かたりとも、悪意は無かったのだ。


 彼女なりの、「不器用な優しさ」が起こさせた行動だったのだろう。

 それを理解すれば、アルニカはリオを怒る気にもならなかった。


「……ん? アニー、髪留めは?」


 リオは気付いた。

 アルニカが左前髪にいつも付けている髪留めが、今は無い。さっきまでは、確かに付いていた筈。


「えっ……?」


 リオに指摘されたアルニカは、左前髪に手を当てる。髪留めは、付いていない。


「もしかして、さっきの拍子で落ちた……!?」


 言ったのはリオ。途端、アルニカの表情が、不安な色で満ちる。

 焦るように床に視線を向けて、髪留めを探す。もしも先ほど落ちたのならば、そう遠くには落ちていない筈だった。


「あ、あった……」


 言ったのはアルニカ。予想通り、髪留めは台所の床に落ちていて、直ぐに見付けることが出来た。

 アルニカは髪留めを拾う。が、すぐに付け直そうとはしなかった。

 彼女の視線は、髪留めの裏側に向けられている。


「……」


 無言で髪留めの裏側を見つめ、どこか寂しげで、悲しげな表情を浮かべるアルニカ。

 髪留めの裏側には、文字が彫り込まれていた。そこらに落ちている石で彫り込んだような、粗末で荒々しい字である。

 

 アスヴァンの言葉で四文字、「アルニカ」と。すなわち、アルニカの名である。


「(お父さん、お母さん……)」


 髪留めの裏に彫り込まれた自らの名前を見つめつつ、オレンジの髪の少女は心中で呟いた。






本日、2012年3月16日で、『Fragment of braves』は連載開始から1周年を迎えました。

50000PV、10000ユニークありがとう御座います。

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