第85章 ~同盟への疑念~
「これ……魔法の力が宿された弾かな? 窓ガラスをすり抜けてたし」
アルカドール城玉座の間、拉げた弾丸を見つめつつ、ロアは呟く。
彼の周りには、アルニカやルーノを初めとする、ロアの知人達が集まっていた。
「まさか、女王さんの命を狙ってくるなんてな」
弾丸を撃ち込まれた窓を見つめ、イワンが呟いた。
「ユリス様、お怪我はありませんか?」
ユリスの身を案じたロディアスが、問いかける。
女王は、
「大丈夫です。ロア、助けてくれてありがとう」
茶髪のロアを見つめ。礼の言葉を贈った。
彼の行動が無ければ、ユリスは今頃、凶弾に倒れていただろう。
「お手柄じゃん、さすがロアだね」
と、リオ。
ロアは少し顔を赤らめ、照れたような表情を見せる。
「しかし、これはもしかしたら、好ましくない事態かもしれません」
言ったのは、ユリス。
皆は彼女の方へと視線を移す。
「どういうことですか? 女王様」
「……あの『魔族』が私に向けて放った、その弾丸です」
アルニカが問うと、ユリスはロアの持つ拉げた弾丸を指差した。
ユリスを殺す為に「魔族」の男が放った、魔法の力が込められた弾丸である。
けれども、ロア達には一体何が「好ましくない事態」なのかは分からない。
ただ一人だけ、銀淵の眼鏡をかけた知的な少年、カリスを除いて。
「なるほど、『魔弾』……ヴァロアスタ王国ですか」
眼鏡に触れつつ、カリスは呟いた。
が、ロア達にはその言葉の意味を理解出来ない。
「どういう意味だ? カリス」
問いかけたのはイワン。
イワンとカリスは、共にエンダルティオ所属である故に、学年は違えども、顔見知りの間柄だった。
「皆さんも見たでしょう? この弾丸が、窓ガラスをすり抜けるのを。その秘密はロア君のお見立て通り、これが魔法の力を宿された弾丸、『魔弾』だからです」
通常の弾丸では、窓ガラスをすり抜ける事など不可能。
しかし、ユリスに向けて放たれた弾丸は、まるで水面に石を落とすように、窓ガラスをすり抜けた。
魔石を混合させて作られた、魔法を宿した弾丸、「魔弾」だからこそ、成し得た業である。
「けど、それと『好ましくない事態』ってのは、どう関係あるんだ?」
ルーノが問う。
「分かりませんか? ルーノ君。魔弾を作るには、魔石を加工しなければなりません。それには、高度な技術を必要とします」
再び、カリスは銀淵の眼鏡に触れ、
「そこまでの高い技術を有する国家は、僕の知る限り、アスヴァンには一つしかありません」
カリスがそこまで説明した時、アルニカの頭に、ある予感が浮かんだ。
「もしかして、ヴァロアスタ王国が、『魔族』と……?」
アルニカの言葉に、皆の表情は驚きに染まる。
あくまで仮定の論だが、もしも事実だとするならば、ユリスの言う通り、「好ましくない事態」だろう。
――ヴァロアスタ王国、それはアルカドールと同じく、アスヴァン三大国の一つ。
そして、三大国の中で最も大きく、最も強い力を持つ国家。すなわち、アスヴァンで最大にして、最強の国家である。
蒸気機関や、高い金属加工技術を有し、その技術力は他の国家の比では無い。
カリスの言う通り、アスヴァンで魔石を加工出来る程の技術を有するのは、ヴァロアスタ王国だけだ。
「でも、ヴァロアスタって確か、アルカドールの同盟国じゃ……?」
ロアが言う。
彼の言う通り、ヴァロアスタはイシュアーナと同じく、アルカドールの同盟国だった筈。
「まさか、ヴァロアスタが同盟を破り、『魔族』に味方したと? そんな事が……」
ロディアスが漏らす。
信じ難いが、ヴァロアスタしか有していない筈の魔弾を、「魔族」の男が使っていた事実。
ヴァロアスタがユリスを殺害する為、「魔族」に魔弾を流した、在り得ない話では無い。
「それって、もし本当だったら、大変じゃない?」
「いや、『大変』どころじゃねーだろ。三大国最強のヴァロアスタが『魔族』についたとなりゃ、敵う見込みは薄いぞ」
言ったのは、リオとイワン。
「……まだ、ヴァロアスタが同盟を破ったと決まった訳ではありません」
胸に手を当てつつ、ユリスが言った。
「しかし、以前より感じていました。ヴァロアスタ王国と『魔族』の間には今、繋がりが」
皆は何も言わずに、女王の言葉に耳を貸す。
「具体的に、どのような繋がりなのかは分かりません。けれども、見過ごすには……余りに危険な予感がします」
「『魔族』が絡んでいるから?」
ロアが問いかけると、ユリスは小さく頷いた。
一時の沈黙の後、
「モタモタしてていいのか? もしホントにヴァロアスタが『魔族』と手を組んでたら、ヤバいんだろ?」
言ったのは、青い毛並の兎型獣人族の少年、ルーノ。
確かに、彼の言う通りだった。
ユリスへ向けて放たれた弾丸が魔弾であった以上、ヴァロアスタが「魔族」と通じている可能性は、否定出来ない。
「……もしかしたら、ヴァロアスタに近づいてみれば、『魔族』の根源について、何か掴めるのかも……」
人差し指を口にあて、アルニカは呟く。
「確かに、調べてみる価値はあると思います。でも、もしも本当に、ヴァロアスタが『魔族』に下っていたとしたら……」
ユリスは言葉を濁らせる。
けれども、彼女が言いたい事は、ロアには理解出来た。
「『危険』だって事だよね?」
女王の言葉を代弁するように、ロアは言う。
三大国最強を誇る、ヴァロアスタの力は極めて強大だ。
味方であれば心強い国家だが、もしも敵に回そうものなら、到底抗いの通じる国家ではない。
敵に回っているかも知れないヴァロアスタを探るのは、下手を打てば、敵地に飛び込むようなものだ。
僅かばかりの間の後――。
「……けどよ、今までももう、『危険』だなんて段階はとっくに超えてたよな」
ルーノが言った。
「確かに。ルーノにしては、なかなか的を射た台詞だね」
続けたのはアルニカ。
「……『魔族』を倒す鍵があるのかもしれないなら、例え僅かな可能性でも、当たっておくべきだと思う」
アルニカの後に、ロアが続けた。
ユリスに「世界の担い手」の役割を与えられた時から、決意は付いていた。
自分達が居るのはもう、これまでの日常では無い。
「このまま黙ってても何も進展しない。ユリス、ヴァロアスタを探ろう」
アスヴァンを「魔族」から守りたいという確固たる意志が、ロアにそう告げさせた。
言葉にはしなかったものの、ロアの仲間、アルニカとルーノも彼に賛同している。
二人の意志に満ちた瞳を見れば、直ぐに分かった。
ロア達三人の決意を受け、女王ユリスは、
「……分かりました。その決意に、大いなる感謝を」
両手を合わせる仕草と共に、三人に感謝の言葉を贈った。
「それでは、ヴァロアスタ現地の案内役、そして護衛役として、一人の騎士をあなた方に着けます」
続いて、ユリスはロア達にそう告げる。
案内役の騎士とは、ロディアスだろうか? それともヴルーム? 若しくはラータ村の時と同じく、イルトだろうか。
ロア達の頭には、とりあえずこの三人の名前が浮かんだ。
が、ユリスが告げた名前は、全く見知らぬ名前だった。
「ヴァロアスタ王国騎士団団長、『ニーナ=シャルトーン』。彼女をあなた方に同行させます」
彼女を、という事は、その騎士は女性だろう。
「『ニーナ=シャルトーン』、なんだか凄い名前……」
アルニカが漏らす。
確かに、どこか気品を感じさせるような、威厳に溢れるような名前のように感じられた。
アルニカの頭の中に、勇ましく剣を振るう、美しい女性の姿が思い浮かんでいく。
彼女なりの、「ニーナ=シャルトーン」の想像図だ。
「でもユリス、その人って信用しても大丈夫なの?」
「ヴァロアスタのヤツなんだろ? もしもソイツが、『魔族』と通じてるようなヤツだったら……」
ロアとルーノが、懸念を口にする。
その心配は最もだった。ヴァロアスタが「魔族」に回っている可能性がある現状では、ヴァロアスタの者を安易に信用するのは危険な筈。
「その心配は、無用です」
二人の少年に、ユリスはそう断言した。
「彼女は……ニーナは私の友人です。『魔族』に委ねるような、弱い心の持ち主では決してありません」
そんな確証は何処にも無い筈だった。が、ユリスの言葉には真意が籠っていて、ロア達は反論出来なかった。
「けどよ、もしも……!!」ルーノが言いかけた時、
「……信じてみよう? ロア、ルーノ」
と、アルニカが二人を諭す。
オレンジの髪の少女は、続けて二人の旧知の友人に、
「女王様がここまで信頼してる人だもの、悪い人だなんてこと、ないと思う」