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第84章 ~追い詰めるイルト~

「さて、どうしたもんか」


 追手、すなわちイルトを始末した「魔族」の男は、誰にともなく呟く。

 自分を追って来た者は始末した。けれども、まだ仕事を終えていない。

 アルカドール王国現君主、ユリス女王を殺害するという仕事が。


「(銃は落としちまったし、右腕が……チッ、あの白兎の獣人族のガキめ、やってくれたな……!!)」


イルトに腕輪を投げつけられた際、銃は落としてしまった。それに、右腕を負傷した。

加えて、先の暗殺失敗で感づかれ、ユリスの護衛は固められている筈だ。

この状況では、手の出しようが無い。


「(仕方ねえ、日を改めて、殺す機会を伺うか……)」


それが、男が出した答えだった。


「長居は無用だ、一旦退くぞ」


男の言葉を受けたヒッポグリフは、空中で方向転換。

ヒッポグリフの背中の上で、男は力を抜くように息を吐く。

銃を落としてしまった、代わりを用意しなくては……等と考えていた、その時――


「魔族」の男の視界に突如、白い毛並の兎型獣人族の少年が現れた。


「!?」


マンドレイク玉によって始末したと思っていた、イルトだった。

彼は正面から突っ込み、男に向けて飛び蹴りを繰り出す。

油断し切っていた男には最早、回避の術など無かった。

男に出来た行動、それは両手を交差させ、せめて直撃を避ける事のみ。


「がっ!!」


兎型獣人族の脚力を載せた蹴りを受け、男は後方に吹き飛ばされた。

ヒッポグリフの背中から落下し、数秒間宙を舞い――男の体は、地面、アルカドール王国の何処かの、草原へと転げ落ちた。


「ぐっ!! どういう事だ……!?」


茂った草がクッションとなり、落下した際のダメージは無いに等しかった。

「魔族」の男の思考は、疑問に支配されていた。

何故、あの白い兎型獣人族の少年が、生きているのか。

あの数のマンドレイク玉の高周波数音を、あの至近距離で喰らわせた筈なのに。

高い聴力を持つ兎型獣人族にとっての、最大の弱点を突いた筈なのに。

一体なぜ、あんなにピンピンしている?


が、男の思考は一時、中断する。

自分を追って、眼前にイルトが降りて来たから。

考えている余裕など、無かった。男はすぐさま立ち上がる。


「死にぞこないがあぁぁ!!」


怒号の如き声を放ちながら、一気に距離を詰め、イルトに向けて拳を振る。

が、その拳が届く前に、男の腹部に衝撃が走った。


「んぐッ!?」


腹を突き上げられる感覚と同時に、痛みと衝撃。

イルトのハイキックが、男の腹部に直撃したのだ。

だがそれでも、手加減されていた。もしも彼が本気で蹴りを繰り出せば、骨の数本は折られていただろう。


「……殺す!!」


男は胸元から、銀色の鈍い輝きを持つナイフを取り出した。

銃といいマンドレイク玉といい、そしてあのナイフといい、あの「魔族」の男はどれだけの武器を隠し持っているのだろうか。

ナイフを片手に持ち、男は兎型獣人族の少年へと走り寄る。


「…………」


ナイフを持った男が迫って来ている、危険な状況にも関わらず、イルトの面持ちは冷静だった。


「観念したか!?」


刹那、男はイルトの小柄な体に向けてナイフを振り下ろした。

風を裂く程の勢いで振り下ろされたナイフは、イルトの体に――


命中しなかった。代わりに、金属同士がぶつかりあう、大きな音を立てた。

腕にはめた金色の腕輪を盾のように使い、イルトがナイフを受け止めたのだ。


「何っ!?」


まさか、あの腕輪にはこんな使い方が――

と、次の瞬間。受け止めたナイフを即座に弾き、イルトはナイフを持った男の手に回し蹴りを繰り出す。

反応する間も与えない程の勢いで繰り出された蹴りは、男の手を打ち上げ、ナイフを上空へと弾いた。

だが、それでは終わらなかった。


「ごッ!!」


空気が漏れだすような声が、男の口から漏れる。

回し蹴りに続けて繰り出された蹴りが、男の鳩尾を捉えたのだ。

今度は少々、力が込められていた。


男はもう、立っていられなかった。

腹部を押さえつつ、男は仰向けの体制で、地面へと崩れ落ちる。

すると、無言のまま自分の側に歩み寄るイルトの姿を、視界に捉えた。

彼の両腕の金の腕輪と、胸元の水晶のペンダントが、陽の光を受けて煌めいた。


「な、何故だ……」


命乞いをするわけでは無く、


「あれだけの数のマンドレイク玉を使ったのに、何故生きている……!?」


地面に伏す体制で、男は言う。

男の疑問に、イルトは茶色いコルクのような物体を取出し、男に見せつけた。

それを見るや否や、男の疑問は即座に解決する。


「『耳栓』……だと……!?」


イルトが取り出したのは、耳栓だった。

外見的にはただの茶色いコルク。

しかし、遮音性は抜群で、耳にはめれば、マンドレイク玉が放つ高周波数音ですら、完全に遮断する。

「音」が最大の弱点である兎型獣人族には、非常に心強い道具だ。


マンドレイク玉を放られた際、イルトはすぐさま、この耳栓を両耳にはめた。

結果、マンドレイク玉の音は防ぎ切れていたのだ。

そして彼は一旦身を隠して、男の不意を突いたという訳である。


「弱点に対して対策を練るのは、当然だ」


イルトは耳栓を仕舞うと、男に向かって歩み寄る。

そして、男の顔を覆っていたゴーグルと口布を、少々荒々しい仕草で取り払った。

男の素顔が露わになる。男の肌は、白かった。

生気を感じさせない程の、まるで蝋のような白い肌。「魔族」特有の肌色だ。


「殺そうとした相手を知っているのか?」


冷淡な口調で、イルトは男に問いかける。

男から返事は返って来なかった。

何が可笑しいと言うのか、返事をせずに、男はその口元に笑みを浮かべていた。

その男の様子が、イルトの癇に障った。


イルトは男の胸ぐらを両手で掴み、自分の下へ引き寄せる。

男を見つめる彼の表情は極めて険阻で、威圧的な雰囲気があった。


「僕の質問に答えろ、殺そうとした相手を知っているのか?」


「……ああ、知っている」


蹴りを受けた鳩尾を押さえつつ、男は数度、咳をする。

そして、イルトに向けて言葉を続けた。


「アルカドール王国現君主、ユリス女王だ」






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