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第83章 ~後を追うイルト~

 

 大窓を蹴り破り、城の外に飛び出したイルト。

 陽の光に照らされ、彼の胸元の水晶のペンダントや、両腕の金の腕輪が煌めく。

 彼は民家の屋根の上に着地し、すぐさま前方に飛び去ってゆくヒッポグリフの姿を捉えた。

 その背中には、先ほど銃でユリスを狙った「魔族」の後ろ姿。


「……」


 無言だったが、イルトは険阻な面持ちだった。

 相手が「魔族」だからということもあるが、それ以上に、ユリスを撃とうとした事。

 家族同然の彼女を殺そうとしたあの「魔族」、許すわけにはいかなかった。


 純白の毛並をなびかせ、その長い耳を揺らしつつ、イルトは前方に跳び上がる。

 まるで空を飛ぶかのように、次々と民家の屋根を蹴り、ヒッポグリフを追う。

 ガラスの窓を蹴り破った事といい、兎型獣人族の脚力は伊達では無かった。


「チッ、追手か」


 鼓膜を開いていた為、イルトの耳にもその声は聴こえた。

 口布とゴーグルで顔を覆っているが、あの「魔族」は男性のようだ。

 次にイルトの耳に入ったのは、耳障りな金属音。

 ヒッポグリフの背の上で、「魔族」の男性は銃を取り、弾を込めたのだ。


 そして、彼はその銃口をイルトへと向けた。


「!!」


 遠目で、イルトは自分に銃が向けられている事に気付く。

 一度、身を隠すか――と、思った。

 しかし、その必要は無かったようだ。


「じっとしてやがれ……!!」


 銃を構えながら、「魔族」の男は呟いた。この声もまた、イルトの耳に入る。

 十数秒経ったものの、「魔族」の男は、引き金を引こうとはしない。

 否、「引かない」のではなく、「引けない」のだ。


 標的のイルトは、小柄な兎型獣人族。

 加えて、彼は素早くジャンプしながら、こちらに迫っている。

 故に、狙いが定まらないのだ。


「やろォ!!」


 苛立った男は、半ば闇雲に狙いを付け、引き金を引いた。

 放たれた弾丸は、一直線にイルトへ飛んだが、僅かに遅かったらしい。

 弾はイルトには当たらず、数秒前にイルトが蹴った、民家の屋根を抉った。


 その後も、男は数発イルトに向けて撃ったが、一発もイルトには被弾しなかった。

 イルトは、男に近づきすぎずに一定の距離を置いて追跡している為、男は狙いが付けられない。


(だが、あの銃をどうにかしないことには……)


 再び民家の屋根を蹴って跳びつつ、イルトは心中で呟く。

 そう。距離を置いて追跡していれば、あの男はこちらに狙いを定めることは出来ない。

 しかし、イルトも男に近づくことは出来ない。

 何故なら、迂闊に近づこうものなら、銃弾をまともに喰らうことになるからだ。


 近づくには、まずはあの銃を男の手から叩き落さなければ――しかし今、イルトの手に武器は無い。彼は素手だ。


(だとすれば、残るは……)


 兎型獣人族の少年は、視線を左腕の手首に向けた。

 そこには、金色の腕輪が付けられている。


(……一瞬、外すだけだ)


 腕輪を見つめ、思い考えこむように、イルトは心中で呟く。

 相手は、ユリスを殺そうとした者だ。逃がすわけにはいかない。

 彼は、その右手を左手首の腕輪に添える。


「イディクト」“解放せよ”


 呪文と同時に、腕輪が金色の光を放つ。

 キィィィン……!! という音と共に、金色の腕輪が、イルトの左手首から外れた。

 外れた腕輪を片手に、イルトは前方に視線を向け、男の様子を伺う。

 ヒッポグリフの背中の上で、男は銃に弾を込め直していた。


(……よし)


 今、男は銃に視線を向けている為、こちらの様子には気が向いていない。

 好機だと感じたイルトは、腕輪を握った右手を一度後方に引き、腕輪を力の限り、男に向けて投げつけた。

 投げられた腕輪は、まるで砲弾のように一直線に、男に向けて飛んでいく。


 男が銃に弾を装填し、視線を上げた時、イルトが投げた金色の腕輪が、眼前まで迫っていた。


「っ!?」


 気付いた時には、もう遅かった。

 男に向けて投げられた腕輪は、男の腕を打ち、銃を落とさせた。

 叩き落された銃は、アルカドールの街へと落ちて行く。

 そして、イルトの腕輪は上空に弾け飛んだ。


 イルトはすぐさま大きくジャンプし、腕輪を掴み取る。

 そして、腕輪を左腕にはめ、外した時と同じように、右手を腕輪に添えた。


「ルシール」“束縛せよ”


 イルトの呪文に呼応するように、腕輪は金色の光を放った。

 腕輪を左手首にはめ直すと、イルトはすぐさま、ヒッポグリフとの距離を詰める。

 銃を叩き落とした以上、もう距離を取る必要は無かった。

 あとはあの「魔族」の男を捕まえるだけだ。


 イルトが速度を上げていくと、距離は一気に縮まっていく。

 兎型獣人族の少年と、ヒッポグリフの背中に立つ、「魔族」の男。

 互いの顔が見える程の距離まで、接近していた。


「クソが……!!」


 眼前に迫るイルトの姿を確認し、男は忌々しげに呟いた。

 先ほど投げつけられた腕輪は、金属か何かで出来ていたのだろうか、男の腕に入ったダメージは大きかった。


 一層両足に力を込めて、イルトは男に向かって跳んだ。

 蹴りの一撃でも喰らわせれば、捕まえる事は容易いだろう。


 しかし、


「こいつを喰らえ、クソガキ!!」


「!!」


 男が取り出した物を見て、イルトの表情に動揺が浮かんだ。

 それは、トマト程の大きさの、葉に包まれた玉。


(マンドレイク玉!!)


 それは、高い聴力を有する兎型獣人族にとって凶器に等しい物。

 マンドレイク玉、破裂と同時に、周波数の大きな音を辺りに撒き散らす玉だ。


 しかも、男が取り出したのは一つではない。四~五個程もある。

 あれだけの数を放られれば、兎型獣人族のイルトの耳は一溜まりもないだろう。

 耳だけではなく、脳にまで衝撃を与えられ、最悪命を落とすことだって在り得る。


「くっ……!!」


 すぐさま、イルトは空中で身を引くが、もう遅かった。


「死ね!!」


 その声と同時に、男は手に持ったマンドレイク玉を、全てイルトへと放った。

 数秒の後、放られた玉は、全て空中で破裂し、空間を歪める程の音を、周囲に撒き散らす。

 空間の歪みで、イルトの姿は見えなくなったが、回避できる余裕は無かった筈だ。


 歪みが晴れた時、そこにはもう、自分を追っていた兎型獣人族の少年の姿は無かった。

 恐らくは、マンドレイク玉の音によって大きなダメージを負い、アルカドールの街に落下して行ったのだろう。

 マンドレイク玉によるダメージだけでも致命的なのだ。さらにこの高さから落ちれば、命は無い筈だ。


「邪魔者は、消えたな」


 ヒッポグリフの背中の上で、「魔族」の男は呟いた。






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