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第82章 ~突然の襲撃~

「相変わらず人参ジュースが好きなんだね、ルーノ」


「そりゃ、オレは兎の獣人族だからな」


 多くの人々の中、ロアとルーノは二人でジュースを飲み交わしていた。

 ロアの言うように、ルーノは人参ジュースを飲んでいる。

 人間であるロアは詳しく知らないが、「獣人族」の好みとする食べ物や飲み物は、その種別によって偏りがあるらしい。

 ルーノを例として、兎型獣人族は人参を好む。

 他の例を挙げてみると、猫型獣人族は、主に魚系統を好むとのこと。

 といっても、「獣人族」の味覚は「人間」とさほど変わらないと言われ、やはり個人で差があるようだ。


「ようロア、ルーノ」


 と、一人の男性が二人に声を掛ける。

 ヴルームだった。ロアとルーノの担任の教師であり、同時にアルカドールの騎士団副団長。

 空色の毛並の、犬型獣人族の男性だ。


「あ、ヴルーム先生」


 ロアはそう返事した。

 ヴルームは、ロアとルーノに側に歩み寄る。


「あの戦いからよく生き残ったな。二人とも」


 そして、彼は二人の少年に労いの言葉を告げた。


「あんなもんで死んだりしねえよ。な? ロア」


「もちろん」


 ルーノとロア、二人の少年は得意げに答える。

 教え子たちを一しきり見つめた後、ヴルームは視線を落として、小さく息を吐いた。

 それは、何かを考えているような仕草にも見えた。


「心配してくれてるんですか? ヴルーム先生」


「……当然だろう。これでも教師だからな」


 ロアが問うと、吐き出すようにヴルームは返事を返す。


「『魔族』なんて連中と戦うのは、本来俺達のような年寄りの仕事だ。お前達のような子供がすることじゃない」


 犬型獣人族の教師は、そう続けた。

 ヴルームは、自分の教え子が世界の為に命を賭して戦っているという事実が、余りに不憫だった。

 それも、彼らが小さい頃から教えてきたロア達が。


 ヴルームが教鞭を取っているセルドレア学院は、初等部から中等部までクラス替えが無い。

 当然の事、クラスの担任も変わらない(退任等の事情を除いて)。

 故に、ヴルームはロア達が入学した頃、すなわち彼らが六歳の頃から、彼らの担任を務めている。

 八年間、ロア達の担任として勉強を教え、悩み事の相談を受け、そして彼らの成長を見守って来た。


 ヴルームにとって、ロアやルーノ、アルニカ、リオ、その他の生徒達は、皆かけがえのない教え子達だ。

 彼らを「魔族」やバラヌーンなどに傷つけられるのは、ヴルームには我慢が出来ない。


「だが、俺は騎士団の副団長だ。この国に、そしてユリス様に忠誠を誓った身。忠誠は守らなければならない」


 ユリスがロア達を「世界の担い手」に選んだ時、ヴルームは反対した。

 それがどれ程の重荷で、どれだけの危険を伴うかを、ヴルームはよく分かっていたから。


「……ロア、ルーノ」


 と、二人の教え子を呼ぶ。


「ん?」


「何だ?」


 ヴルームは、


「俺はこれからも、お前達の担任であり続ける。『魔族』と戦う術はもちろん、他の勉強もじっくりと教えてやる」


 そう言うと、自分の顔を見上げるロアとルーノの頭の上に、ぽん、と手を乗せた。

 数秒の間を置いて、


「だから、絶対に死ぬな」


 その一言に、ヴルームは自らの気持ちをありったけ詰め込んだ。

 ロアとルーノを見つめるヴルームの瞳は、真剣だった。


「……もちろん」


 真剣な瞳でヴルームを見つめ返し、ロアはそう返す。


「オレだって。……勉強は別に教えてくれなくても構わねえけど」


 本音を交えつつ、ルーノも返した。

 その本音を、ヴルームは聞き逃さなかった。

 ヴルームから真剣な表情が消え、微かに笑みを浮かべた表情になる。


「悪いけど、そうはいかないんだよな」


 と、ヴルームはルーノの両耳を掴んだ。

 まるで救護所の時のリオのように、引っ張り始める。


「勉強を教えるのは、教師の務めだからな」


 徐々に、ヴルームは両腕に力を込めていく。

 隣で、ロアは笑みを浮かべつつ見ていた。


「いててててて!! だから耳を引っ張んなって……!!」


 ルーノは手を伸ばし、ヴルームの両腕を掴もうとした。

 その時、


「……ん?」


 突然、ルーノの表情が怪訝に染まった。


「どうした?」


 何かを感じたのか、ヴルームはルーノの両耳から手を離す。

 するとルーノは、


「何だ今の音……?」


 小さな声で、そう呟いた。


「ルーノ? どうした?」


 ロアの問いかけに、ルーノは答えなかった。

 先ほど、ルーノの耳は、ある「音」を拾った。

 ロアの様子を見る限り、「人間」には聴こえない程の音のようだが、ルーノの耳にははっきりと聴こえた。


 その音は、周りの人々が話す声でもなく、グラスが触れあうような音でもなかった。

 ――金属音。しかし、ルーノのこれまでの生涯の中、一度も聴いたことのないような金属音だ。

 何とも言い表し難いが、不快で、とても耳障りな金属音。


 ルーノは、音の聴こえた方を振り返り、見上げる。

 すると、視界には窓が映った。玉座の間の天井付近の壁にはめ込まれた、大窓だ。


「……!!」


 途端、怪訝だったルーノの表情が、今度は驚愕に染まった。

 大窓の向こうに、一人の人物の姿があったからだ。

 しかも、その人物の両手には、鈍い銀色に輝く円筒状の物――銃が握られていたから。


「なあ、あれって……!!」


 焦燥感が垣間見えるルーノの言葉、只ならぬ物を感じたロアとヴルームは、ルーノの視線を追った。

 そして二人も、窓の外で銃を構える人物を視界に捉えた。


「っ!!」


「あっ!?」


 ロアとヴルームは、引きつるような声を漏らした。

 遠目で、窓ガラス越しに見ても、あの人物が構えている銃が本物であることは分かる。


 そして、銃の先は――アルカドール王国現君主の少女、ユリスに向けられていた。

 あの銃が、いつ火を吹いてもおかしくない状況だった。

 ロアは、手に持っていたグラスを放り出した。

 そして弾けるように駆け出し、ユリスへと走る。


「ユリス、危ない!!」


「!? ロア……!?」


 突然、自分へと迫ってくるロアに、ユリスは驚きを浮かべる。

 それから数秒にも満たない時間の後、ロアはユリスの両肩を掴み、姿勢を低めさせた。


 同時に、窓の外にいた人物の銃が火を吹き、銀色の弾丸を放った。

 何かの魔法が込められた弾丸だったのだろう、まるですり抜けるかのように、窓ガラスを貫通した。


 狙いは正確だった。しかし、標的のユリスに命中することは無かった。

 ロアが、間一髪でユリスの姿勢を低めさせたからだ。

 撃ち出された弾丸は目標を失い、数秒前までユリスが立っていた場所の真後ろに飾られていた、甲冑に当たった。

 弾丸は潰れるように拉げ、玉座の間の床に落ちる。


 周りの者達も、窓の向こうにいる人物に気付いたらしい。

 玉座の間が、一斉に騒がしくなる。


「ユリス様、ロア、怪我は!?」


「大丈夫か、オマエら!?」


 大半の者達が事態を把握出来ていない中、ルーノとヴルームだけが、状況を理解していた。

 二人は、ロアとユリスに駆け寄ると、すぐさま言った。


「どうしたの、ロア!?」


「何が起こった?」


 玉座の間のどこかにいたであろう、アルニカとイルトがロア達に駆け寄った。

 ロアは答えずに、視線を窓の方へ向ける。

 ヴルームとルーノはそれを追い、アルニカとイルトも、彼らの視線を追う。


 窓越しに弾丸を放った人物は、銃を肩に掛け直していた。

 ロア達に気付かれたことを悟り、逃げ出す準備をしているようだ。


「誰あの人……!?」


 アルニカが言う。

 ロアは、無意識にユリスから贈られたペンダントをポケットから取り出す。


(まさか……!!)


 ロアの予感は、的中していた。

 ペンダントの水晶が、紫色の光を放っていたのだ。これが意味することは、ただ一つ。

 そう、あの銃を持った人物は――。


「『魔族』!!」


 ロアのその言葉に、ルーノ達は一時騒然となる。

 まさか、「魔族」がアルカドールに? 恐らく、皆がそう思っただろう。


 と、その時、窓の向こうにいた人物が、窓枠の外へと逃げて行った。


「!! イルト!!」


 ヴルームは、側にいた白い毛並の兎型獣人族、イルトを呼んだ。

 イルトは、無言でヴルームを振り返る。


「追うんだ!! 奴を逃がすな!!」


「……」


 イルトは無言のまま小さく頷き、視線を大窓に向ける。

 そして彼は助走をつけ、両足にぐっと力を込め、大きく跳びあがる。


 まるで吸い込まれるように大窓に向かい、イルトは兎型獣人族の脚力を発揮し、大窓を蹴り破った。

 ガラスが砕け散る音が、派手に響き渡る。

 音が止んだ頃、もうイルトの姿は無かった。

 彼は窓を蹴り破り、そのまま外へと飛び出して行ったのだ。


 ロアは、視線を床に向ける。

 先ほど、あの人物が放った弾丸が、拉げた状態で落ちていた。






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