第81章 ~追悼式~
次の日。アルカドール城の玉座の間には、多くの「人間」や「獣人族」達が集まっていた。
性別や年齢層は様々で、十代の少年や少女もいれば、老年の兵士の姿も見受けられる。
彼らの腕や足には包帯が巻かれていたり、顔に絆創膏を貼っている者も。
今、ここに集っている者達は、イシュアーナの戦いに参戦し、生き残った者達。
すなわち、アルカドールのエンダルティオの少年少女達と、兵士達だ。
ごく一部、例えばロアやアルニカ、そしてルーノを除いて。
静けさが支配する玉座の間。
少年少女達や兵士達は皆、駒のように整列し、前方の玉座を見つめていた。
玉座が置かれている一段高い場所にはユリスがいて、その脇にはイルト、そしてロディアスが立っている。
何人もの視線を受けつつ、ユリスは数歩前に出て、どこか重々しげに口を開く。
「……イシュアーナの戦いで、私達は多くの友人を失いました」
女王の声が、玉座の間の隅々まで届き渡る。
ロア達も、リオも、イワンも、ヴルームも、参列している者達は皆、ユリスの言葉に静かに耳を傾けていた。
「だけど彼らは……亡くなった者は皆、完全に居なくなったわけではありません」
アルニカは、自分の隣に立っている少年がすすり泣いている事に気付いた。
外見や背の高さから考えて、その少年はアルニカよりも年上。
ここに参列しているということは、エンダルティオ所属だろう。
「ベルーカ……!!」
すすり泣きながら、少年は漏らすようにその名前を口にした。
――ベルーカ、さほど珍しくは無い、アルカドール王国では比較的ありふれた女性の名前だ。
ベルーカという女性が誰なのか、アルニカには分からない。
この少年の友人か、もしかしたら恋人だったのかも知れない。
きっと、大切な人だったのだろう。
戦いの果てに、沢山の者が命を落とした。
少し前までは、自分達と何も変わらず、学校に通い、友達と話し、毎日を楽しんでいた者達が。
歳もさほど離れておらず、同じ学院に通っていた少年少女達が、何人も――。
「…………!!」
亡くなっていった者達。そして、大切な人を亡くした者の気持ちを考えた時――アルニカは、自分が泣いていることに気付いた。
別に、アルニカにとって親しい者が命を落とした訳ではない。
だが、そんな事は関係なかった。
例え関わりの無い者であったとしても、「命の重み」に、差など無いのだから。
「うっ……!!」
涙声を漏らしつつ、彼女は両手で顔を覆う。
不意に、ぽん、と背中を優しく叩かれる感触がした。
顔を覆っていた両手を少しだけ降ろし、アルニカは涙の溜まった瞳を横に向ける。
すると、潤んだ視界に、リオの顔が映った。
いつもの明るいリオとは打って変わり、アルニカを心配するように見つめる、リオの顔が。
「アニー……」
小さく、リオはアルニカを呼ぶ。
「……ごめん、リオちゃん」
涙の混じった声で返事を返し、アルニカは再び、両手で顔を覆った。
リオは何も言わず、そっとアルニカの背中を叩く。
ロアとルーノも、その様子を見つめていた。
「彼らは、彼らの『遺志』は……いつまでも、私達の心の中に」
胸に手を当てつつ、ユリスは皆に語りかけた。
「共に戦い、そして命を捧げた友人達に、祈りを……」
ユリスは右手を握り、それを自らの額へと当てる。
すると、彼女と向かい合う位置に立っている皆も同じように、右手を握り、額に当てた。
この行為は、アルカドールでは「哀悼」、すなわち「死者を悼む意」を示すのだ。
天井近くの壁にはめ込まれた大窓から差す日の光が、広い玉座の間を照らしていた。
誰かのすすり泣く声が聴こえる中、皆は亡き仲間達に祈りを捧げる。
命あるものは、いずれ死を迎えるのが自然の摂理。
けれど、ユリスの言った通り、死を迎えようとも、その者が残して行く物がある。
それは、生前の仲間達が、今の自分達と同じように心に宿していた「遺志」。
魔族と戦い抜くと誓った、固い意志。
皆が遺して行った遺志を、ロア達は確かに、その胸に受け継いだ。
数分の後、追悼式は閉式し、皆はグラスを手に、飲み物を飲み交わしていた。
少年少女達にはジュースで、兵士には軽い酒。
これらの飲み物は、ユリスから皆に振る舞われた物。
アルカドールでは、戦いで亡くなった者の追悼式を行った後に、こうして皆で飲み交わすのが慣わしなのだ。
この慣わしに関しては、賛否両論。
追悼式の後にこんなことをしていては、亡くなった者達への冒涜だ、という声もある。
対し、いつまでも沈んだ面持ちでいることを、亡くなった者達は望まないという声もある。
今日日までは、この慣わしは存続していた。
「リオちゃんごめん。さっき私、いきなり隣で泣き出したりして……」
「ううん、全然謝ることなんかないって」
先ほどの厳かな雰囲気から一変、皆の話し声が聴こえ渡り、親しげな雰囲気に包まれた玉座の間。
アルニカとリオは、グラスを片手に話していた。
「やっぱ優しいよね、アニー」
ショートヘアの少女は、アルニカにそう言った。
「え、私が?」
「うん。だって……」
頷きつつ、リオは返事を返した。
リオはその大きな瞳でアルニカを真っ直ぐに見つめ、
「誰かの為に涙を流せるっていうのは、他の人への思いやりが深い証拠じゃん?」
いつも軽い言動が目立つリオ。しかし、内面では友人の事をしっかりと見ている。
言葉の端々に、彼女なりの優しさが籠っているのを、アルニカは感じた。
「アニーのそういうとこ、あたしは大好きだよ」
「リオちゃん……」
「さ、飲も!!」
リオがグラスを差し出す。二人の少女は、互いのグラスを打ち付け合った。
同時刻、アルカドール王国の上空に、巨大な一羽の鳥が舞っていた。
いや、注意深く見れば、その生き物は鳥ではない。
首から先は鳥そのものだが、まるで馬のような四本足を持っている。
――ヒッポグリフ、この生き物の名前だ。
このヒッポグリフの背中の上に、一人の人物が立っていた。
顔を口布とゴーグルで覆い隠している為、種族の判別は分からない。
種族どころか、性別の判断もつかない。
人物の背中には、銀色の鈍い輝きを持つ、円筒状の物が掛けられていた。
――銃。
十数年前に、アスヴァンの某国で開発された、火薬によって弾丸を撃ち出し、相手を殺傷する武器。
引き金を引くという行為一つで、相手に致命傷を与えることが可能な凶器だ。
この人物は、これからその背中に掛けた銃を使い、誰かを殺しに行くつもりなのだ。
ヒッポグリフの背中から、アルカドールの街並みを見下ろし、人物はその建物を視界に捉えた。
今、ロア達が集っている場所――アルカドール城。
「……あそこだ」
くぐもった声で、人物はそう呟いた。
するとヒッポグリフは翼を羽ばたかせ、アルカドールの城に向かって飛んで行く。
人語を話すことは出来ないが、ヒッポグリフは人語を解する程の知能を持っているのだ。
人物は背中に掛けていた銃を両手に取り、弾丸を込める。
ガシャン、という耳障りな金属音と共に、銃に弾を装填した。
(一撃で仕留めてやる)
人物は、心の中で冷淡に呟いた。
銃を持った人物が、こちらに向かって来ていることなど、ロア達は知る由も無かった。