第79章 ~ロアとユリス~
モルディーア王国の玉座の間には、四人の「魔族」が集まっていた。
誰も座っていない玉座の前に立っている、「魔卿五人衆」の内の四人。
暗い青色の長髪を持つヴィアーシェ。
赤い瞳と、赤いロングコートが印象的なダフィウス。
美しいが、どこか醜悪な雰囲気を漂わせる女性、ザフェーラ。
仮面でその顔を覆う少年、クラウン。
彼らは、「魔族」の中でも一際大きな力を持つ「魔族」。言うなれば、「魔族」の切り札だ。
魔卿五人衆と呼ばれるのだから、今集っている四人に加え、もう一人存在する。
しかし、ここにはその「もう一人」の姿は無い。
「にしてもオマエ、たカガ『人間』のメスガキ二人を始末し損ねるとは、とんだ役立たずだ」
ザフェーラは、高飛車な仕草でヴィアーシェに歩み寄り、間近で彼女の青い瞳を見つめる。
ヴィアーシェは無言で、ザフェーラを見つめ返した。
一時の沈黙の後、ザフェーラはヴィアーシェの耳元に口を近づけ、
「……『赤瞳の戦乙女』ガ、聞いて飽きれる」
吐き捨てるかのように、囁く。
歩み去るザフェーラ、ヴィアーシェは青い瞳で、その後ろ姿を見つめていた。
「オマエもだ」
ザフェーラの言葉の先に居たのは、ダフィウス。
「出し惜しみなどせず、強力な魔法を使っていれば、あんなチャラガキなど一瞬だっただろウに」
まるで興奮したような口調で、ザフェーラは続ける。
「何が『雷帝』だ。この軟弱者ガ」
ダフィウスは、赤い瞳でザフェーラを睨みつけた。
そして彼は右手の平に、バチッ、と紫の雷を瞬かせる。
「貴様……それ以上下らない事を並べてみろ」
突き刺すように威圧的な視線を、ザフェーラに浴びせるダフィウス。
イワンと戦った時は、どこか間の抜けた雰囲気があったが、今の彼は違った。
外道な女を映すダフィウスの目は、憎々しさ、忌々しさの籠った瞳だった。
「その薄気味悪い顔、跡形も無く消し飛ばすぞ」
再び、ダフィウスは手の平に紫電を瞬かせた。
ザフェーラとダフィウス、この二人は不仲な関係にある。その理由は、彼らの「勝負」に対する価値観の食い違い。
正々堂々とした勝負を好むダフィウスに対し、ザフェーラは「勝利」が全ての規範。
どんな卑怯な手や、残忍な手段を用いようとも、勝利さえすればそれで構わない。彼女はそういう思考なのだ。
正しく、ダフィウスとは正反対である。
「テメエまさカ、ワタシに勝てるとでも思ってんのカ?」
ダフィウスの目を見つめながら、ザフェーラは腰のナイフに手を掛けた。
「こちらの台詞だ。貴様の下衆な魔法で、俺をやれるとでも」
対するダフィウスも、両腰の短剣に手を掛ける。
二人が、それぞれの武器を鞘から抜こうとした、その時。
「ストップだヨ。ザフェーラ、ダフィウス」
今にも斬り合いを始めかねない雰囲気だった二人を制したのは、クラウン。
目の辺りを仮面で隠した、「魔族」の少年だ。
「そろそロ、『あの方』が来る頃だからネ」
互いを睨み合ったまま、ダフィウスとザフェーラは武器を鞘に戻した。
その時、
《揃っているようだな》
声が響くと同時に、四人の「魔族」は同時に膝を折り、恭順の意を示す態勢をとる。
《ダフィウス、それにヴィアーシェ。イシュアーナでの戦いは、千里眼の水晶玉を通じて見させて貰っていた》
「……恐れ入ります。我が主君」
ダフィウスが答えた。ヴィアーシェは、無言。
実体を持たない声だけの存在は、次にヴィアーシェに向かって言った。
《ヴィアーシェ。お前……あのオレンジの髪をした『人間』の娘と、何か縁でもあるのか?》
オレンジの髪の人間の娘、アルニカの事だろう。
ヴィアーシェの脳裏に、あの「人間」の少女の顔が浮かんで来た。
他三人の「魔族」は、ヴィアーシェに視線を向ける。しかし、彼女の表情は少しも動いてはいなかった。
「…………」
ヴィアーシェは、何も言葉を発しなかった。
《……まあよい。本題に入るぞ》
「うわっ!!」
また、ロアの手から剣がはじけ飛んだ。これで何度目だろう、それすらも分からない。
イワンが去ってからも、ロア達三人は魔法を扱う修行を続けていた。
しかしながら、三人共なかなか魔法の力を制御することが出来るようにならない。
「ふう……」
落胆したようにため息を漏らしつつ、ロアは剣を拾い上げる。
(何が、いけないんだろう……?)
魔石の埋め込まれた剣身を見つめつつ、ロアは心の中で呟く。
と、不意に修練場に続く扉が開く音がした。
「あ、ユリス」
扉を開けて、修練場に足を踏み入れたのは、ユリスだった。
「調子はどうですか? ロア」
ユリスはロアに尋ねる。
彼女はどうやら、ロア達の修行の様子を見に来たらしい。
「うーん、なかなか使いこなせるようにならなくて……」
剣の刃は、ロアの難しげな表情を映しこんでいた。
修練場を一しきり見渡すと、ユリスはロアに、
「ロア、イワンの姿が見えませんが……?」
「イワンさんなら帰っちゃったよ。もう付き添いは必要ねーだろって」
ユリスは、あらまあ、といった表情を浮かべた。
ロア達よりも二つ年上の、アルカドール王国の現君主の少女は、その美しく神々しい金髪をさらりとかきあげた。
陽の光を受けて、まるで周囲に光の粉でも散らせたように、ユリスの髪が輝く。
ロアは、修練場の片隅に設置されたベンチに腰掛ける。
「それよりもユリス、これ……どうしたら使いこなせるようになるかな?」
後を追うように、ユリスはロアの隣に腰かけた。
彼女は優しげな笑みを浮かべつつ、ロアに向けて言葉を紡ぐ。
「『何事も、ただひたすら練習あるのみ』。私いつか、貴方にそう教えませんでしたか?」
「それ、何年前だったっけ?」
ロアも、笑みを返した。
「ていうか、それを教えてくれた頃のユリスって、まだおてんばだったよね」
くすっ、と再びユリスは微笑んだ。
ロアとユリスが知り合ったのは、もう何年も前の事で、ロアがルーノとアルニカと知り合うより以前まで遡る。
現在も住んでいる家で独り暮らしを始めるまで、ロアは孤児院にいた。
その頃のロアには、ある秘密の日課があった。夜中になると孤児院を抜け出し、近くの空地へ剣術の練習に出掛けることである。
勿論の事、剣など持っていなかったので、そこらに落ちている木の枝を代用品としていたのだが。
そして、当時のユリスにもある秘密の日課があった。
夜中になると城を抜け出し、散歩に出かけることである。
ロアの言った通り、その頃のユリスは中々のおてんば娘だった。現在の清楚で美しい彼女からは、想像もつかないだろう。
ちなみに。彼女の「秘密のお出掛け」は、城の兵士の数人には知られていたらしい。
だから彼女が城を抜け出す際、気付かれないよう、必ず一人の兵士がユリスの後を追っていた。
「初めて会った時……確かロア、剣術の練習していましたよね。木の枝で」
「うん。そしたらユリスが急に話しかけてきて、僕ちょっと驚いたよ」