第78章 ~イワンの教え~
所変わり、城の中庭、小修練場。
晴天の空の下。ロア達三人は早速、魔法を使いこなす練習を行っていた。
「じゃあロア、唱えてみろ。呪文は覚えてるな?」
イワンは告げる。
とりあえず、ロア達に基本的な魔法の概要、扱い方は教えた。
あとは実際に使ってみて、悪い部分を矯正し、馴れていくのみ。
しかし、それは言う程簡単な事ではないのだが。
ロアは頷いて、黄色い魔石のはめ込まれた剣を、眼前に立てるように構える。
小さく息を吸って、
「レーデアル・エルダ!!」“光の刃よ!!”
イワンから教えられた呪文を唱えた。
すると、ロアの呪文に呼応するように、剣にはめ込まれた魔石が光を放つ。
途端。銀色の刃に黄色い光が纏い始め、瞬く間に剣身は黄色い光で包みこまれた。
「これが……魔法」
「すげえな……」
アルニカが呟き、ルーノは感嘆の声を漏らした。
魔法など見慣れない二人にとって、剣が黄色い光を放つ様子は、とても新鮮だった。
恐らくは、ロアも同じだったのだろう。
「!!……」
言葉を発してはいないものの、ロアは表情を驚き一色に染めていた。
と、不意に、
「うわっ!?」
無意識に、ロアの口から声が漏れた。
それは唐突だった。
握っていた剣が、まるで意志を持ってロアの手から離れたがっているように、震えはじめたのだ。
人間に例えて言うのなら、「暴れ始めた」という言葉が適しているだろう。
「わあ!!」
剣はロアの手から離れ、宙を舞い、修練場の土の上へと落ちる。
すると、剣にはめ込まれた魔石、そして剣身も光を失い、普通の剣に戻っていた。
「イワンさん、これって……?」
ロアの代わりに、アルニカが尋ねた。
イワンはアルニカの問いには答えなかった。返事の代わりに、ふー、と小さく息を吐いた。
「アルニカ、次はお前がやってみろ」
と、イワンはアルニカに告げる。
その後、アルニカとルーノも、ロアと同じように呪文を唱え、剣に黄色い光を宿した。
しかし。光を宿した途端、二人の剣も同様に震え始め、手から弾け飛んだ。
これは一体、どういうことなのだろうか? ロア達三人は恐らく、同時に同じことを思ったに違いない。
「……やっぱな」
困惑するロア達を余所に、イワンが呟いた。
その物言いから察する所、彼はこうなることを予期していたらしい。
「三人共、『加減』を覚える必要があるな」
人差し指を立てつつ、イワンは三人の後輩に告げた。
ロア達三人は、視線を彼に向ける。
「『加減』……?」
アルニカが聞き返すと、イワンは頷き、
「魔石から一度に魔力を引き出し過ぎると、さっきみたいに剣は吹っ飛んじまうんだ」
剣を覆った黄色い光。あれは魔石が作り出した、魔力の塊のような物だ。
それ自体が力場を持っており、魔力の光を宿した剣は、通常の剣よりも高威力。
さらに、「魔法の力」を宿している状態故、相手の魔法にも干渉することが可能。
例を挙げるなら、相手が防護魔法を使い、魔法の壁を作ったとする。
魔法の壁、通常の武器で打ち破ることはまず不可能だが、魔力を宿らせた剣ならば、切り裂けるかも知れない。
しかし、これらは全て、「魔力をコントロール出来ている場合」での話。
イワンの言う通り、魔力を一度に引き出し過ぎれば、魔力が作り出す力場をコントロール出来ず、剣は弾け飛ぶ。
ロア達のように、まるで剣が意志を持ち、手から離れるように。
剣が震えるように暴れた現象は、魔石が作り出した力場によるものなのだ。
「だからまずは、適度な量の魔力を魔石から引き出し、武器を覆う練習をすることだな」
もっともらしい事を言うイワンの姿は、どこか新鮮味を感じさせた。普段の彼の素行の所為だろうか?
しかしながら、イワンの言葉には重要な物が欠如していた。
具体的に、どのような練習をすればいいのか、である。
「つまり、オレ達は何をすればいんだ?」
問い返したのはルーノ。
イワンは少し、考えるような表情を浮かべた後、
「そうだな。はっきり言って、魔力を引き出す感覚ってのは個人個人でそれぞれ違うらしい」
腕を組み、そう言った。
らしい、という曖昧な文末で締めくくった事から、イワンも詳しくは知らないようだ。
「……つまり?」
今度は、ロアが聞き返した。
「つまり、練習を積んで馴れていくしかないって事だ。何度も何度も、魔石から魔力を引き出してな」
自らが炎の魔法を使いこなす練習をしていた頃の事を思い出しつつ、イワンは語る。
そう。魔法を使う感覚は、個人で差があるとのこと。故、誰かに教えてもらうのは不可能に等しい。
イワンの言う通り、自分自身で馴れていく他に、恐らく道は無いだろう。
「ちょっとその剣、借りていいか?」
と、イワンはロアに手を伸ばす。ロアは剣を手渡した。
「ふーん……」
手で数度、イワンは剣を回す。
そして、銀色の刃の中心部分にはめ込まれた、黄色い魔石を見つめ、
(結構……魔力の強い魔石だな。ロア達じゃ、まだ使いこなすのは難しいかもな)
ユリスがロア達に贈った魔石は、中々に強い魔力を持つ種類だった。
魔石には多くの種類があるが、これは大方、「中の上」あたりだとイワンは思う。
魔法に関しては初心者のロア達が使いこなすには、少し荷が重いかもしれない。
(けど、こいつを使いこなせれば大きな武器になるな)
イワンは剣の柄をぐっと握った。
すると、魔石が輝き、剣に黄色い光が宿る。
ロア達と違って、剣がイワンの手から弾け飛ぶことも無かった。
適切な量の魔力を魔石から引き出すこと。すなわち、「魔力の制御」が出来ているのだ。
「!? 呪文を唱えてないのに……!!」
アルニカが言う。
魔法を使った筈だった。しかし、イワンは呪文を唱えていなかったのだ。
「練習を積めば、こんなことも出来るようになるぜ?」
すると、イワンは黄色い光を纏った剣を振り上げ、修練場の遠方を見つめつつ、勢いと共に振り下ろした。
途端、黄色い光は銀色の剣身を離れ、まるで三日月のような形状をとった光刃となり、飛んでいく。
数秒後。イワンが放った光刃が、中庭の地面に着弾した。
大きな砂煙を巻き起こし、地面を深く穿った。
「す、すげ……!!」
ルーノが感嘆の言葉を漏らす。
ロアとアルニカも、表情を驚き一色に染めていた。
自分達は、剣に魔力の光を宿すだけでも精一杯なのに、イワンはこんなことまで――。
「要するに、練習次第さ」
イワンは、剣をロアへと返した。
「じゃ、頑張って使いこなせるようになれよ」
そう言い残し、イワンはロア達に背を向け、歩いて行く。
「え、練習に付き合ってくれないんですか?」
「行っちまうのか?」
「俺が知っていることは全部教えた、あとはお前等次第さ。もう俺が付き添う必要はねーだろ?」
ロアとルーノの問いかけに、イワンの後ろ姿から投げやりな答えが返ってきた。
相当な面倒くさがりのイワン。
サボり常習犯の通り名は、こんな場でも健在らしい。
後ろ姿のままロア達に手を振りつつ、イワンは城の修練場から立ち去って行った。
「仕方ない、僕達で練習しよう。魔法を使いこなせるようになるんだ」
歩き去る間、イワンはロアのその言葉を聴いた。
「頑張れよ、我が後輩達」
イワンはふと、思い出した。
イシュアーナで戦った、ダフィウスと言う「魔族」の男のことを。
魔卿五人衆の一人で、紫電を操る魔法の使い手の男。
彼は強かった。とても強かった。
もしも、彼と再びまみえる事があっても、このままでは敵うかどうか分からない。
「……俺も修行し直すか。そろそろ『あれ』を完成させねーとな」
誰にともなく、イワンは呟いた。