第77章 ~ユリスからの贈り物~
「イシュアーナでの戦い、お疲れ様でした」
ロア、アルニカ、ルーノ、イワン。
城の玉座の間で四人を迎えると、ユリスは労いの言葉をかける。
ユリスの側にはロディアスがいて、彼の手には何故か、剣が二本と、ダガーが二本。
合計して、四本の剣が、鞘に収められた状態で抱えられていた。
「戦いの後でお疲れの所、突然お呼び立てする無礼をお許し下さい」
本当ならば、ユリスはロア達にゆっくりと体を休めていて欲しかった。
けれども彼女は、ロア達に用があったのだ。
「全然大丈夫だよ。それよりユリス、今日はどうしたの?」
「私達に、何か御用が?」
ロアがユリスへ問いかけ、アルニカがその後に続けた。
すると、ユリスはロディアスと目を合わせ、小さく頷く。
ロディアスは頷き返し、四本の剣を抱えたまま、ロアへと歩み寄った。
「?」
ロアは怪訝な表情を浮かべる。
ロディアスは、抱えていた四本の剣のうちの一本を、ロアへと差し出した。
「あなた方に渡す物があります。先日、ヴルームより忠告を受けました」
ユリスが言う。
その後。ロディアスはもう一本の剣をルーノに手渡し、二本のダガーをアルニカへと差し出した。
「『魔族』に立ち向かうには、『新たなる力』が必要だと」
アルニカは、差し出された二本のダガーを受け取った。
「これって……オレの剣と同じ型じゃねえか?」
手渡された剣の柄を握ると、ルーノはそう言った。
柄の太さ、刃の長さ、重量、どれをとっても、自分が使い慣れた剣と同じ物だったのだ。
「……僕のも」
「私も。これって、私のダガーと同じやつ……」
ロアとアルニカも、同様だったらしい。
三人が渡された剣は、見た所では彼らが愛用している物と変わらなかった。
これが、ユリスの言う『新たなる力』なのだろうか?
「抜いてみて下さい」
ユリスに言われるがまま、ロア達は剣を抜いた。
その刃は眩い銀色の輝きを放ち、傷もなければ、錆びの一つもない。
作られて間もない、新品の剣であることは、容易に想像がついた。
「ん? 何だこれ?」
呟いたのはルーノ。
ロア達は彼を振り返る。
「なあ。こんな物、オレ達の剣には付いてなかったよな?」
ルーノの指は、剣身の丁度中央を指していた。
そこには、豆粒くらいの大きさの、楕円の形をした石が一つ、はめ込まれている。
半透明な黄色で、ガラスの質感を持つ、まるで宝石のような石。
ロアとアルニカも、剣身の中央部分を観察する。同じ石がはめ込まれていた。
ちなみに、アルニカが受け取った二本のダガーには、両方とも。
「この黄色いの、『魔石』じゃねーか?」
イワンが言った。
「『魔石』って……あの魔石?」
呟いたのはロア。
魔石とはその名の如く、魔法の力を宿した石だ。
剣や槍にはめ込むことで、その武器に魔法の力を宿すことが出来る。
リオやイワンのように、生まれながらに力を授かった者以外でも、魔法の力を使うことが出来るようになるのだ。
「でも女王様、頂いても宜しいのですか? 魔石って確か、かなり高価な物だって……!!」
「この国の女王として、出来うる限りの助けはすると言った筈です」
アルニカの問いに、ユリスは即答した。
「けどオレ達、魔法の使い方なんて知らねえぞ?」
首を傾げつつ、ルーノが言う。
彼の言った通り、ロア達は魔法の使い方など微塵も知らなかった。
魔石を持っていても、このままでは扱えない気がする。
「そこで今日は、魔法の扱いに長けた彼を、一緒にお招きしました」
そう言いつつ、ユリスは視線をロア達から逸らし、彼らの後ろに立っていた、金髪で背の高い少年に向けた。
ロア達も、ユリスの視線を追う。
「イワン。貴方にお願いがあります」
「ん?」
金髪で、年齢の割に背の高い少年、イワンは一文字で返事を返す。
ユリスは、
「ロア達に、魔法の扱い方を教えてあげて下さい」
「へ? ……俺が?」
女王からの不意の申し出。イワンは気の抜けたような返事を返した。
「いやいやいや、俺魔法の扱い方なんて今まで人に教えた事ねーし……」
慌てふためくように、イワンは言う。
エンダルティオ団長という立場上、イワンは後輩に剣術を教えることはあった。
しかしながら。本人の言う通り、魔法の扱い方を誰かに教えたことは無い。
それもその筈、イワンの周りには、魔法の力を有する者が誰もいなかったからだ。
思い当たる者を挙げるなら、実妹のリオくらいだろうか。
「つーか、俺よりも魔法に詳しそうな人だって、そこら辺に沢山……」
不意に、後ろから聴こえた少女の声で、イワンの言葉は止められた。
「教えて下さい、イワンさん」
イワンは振り返る。
すると、三人の後輩の内の一人、オレンジの髪のアルニカが、真剣な眼差しでイワンを見つめていた。
アルニカは、一歩前へと歩み出る。
「私、今よりも強くなりたいんです」
魔石のはめ込まれたダガーを握りつつ、彼女は言葉を繋げる。
「今のままでは、『魔族』には立ち向かえないから……!!」
ラータ村で見た墓標や、イシュアーナの戦いで命を落とした兵士達や、少年少女達の姿。
罪も無い人々が命を落とすという、「魔族」がもたらした、理不尽で不条理な運命。
これ以上、「魔族」による悲しみを広がらせたくなかった。
断ち切らなければならない。その為には、強くならなければならない。
「だからお願いします。魔法の使い方を、教えて下さい」
きっと、ロアとルーノも同じ気持ちだったのだろう。
「僕も」
「オレもだ」
二人も一歩前へと歩み、アルニカの隣へと並ぶ。
イワンは、三人の後輩の瞳を見つめた。
(……本気なんだな。こいつら)
彼らの瞳は意志に満ちていて、少しの曇りも無かった。
改めて実感した。自分より四つも年下のロア達が、本気で「魔族」と戦うつもりでいる。
イワンは、どこか不憫な気持ちになった。
そして同時に、自分に出来ることがあるのなら、助力したいという気持ちが芽生えた。
「……分かった。但し、俺に教えられる範囲でな」
ぽりぽりと頬を掻きつつ、イワンは言った。
「感謝します、イワン」
女王からの感謝の言葉。
「修練場、使わせてもらってもいいか?」
ユリスは、小さく頷いた。