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第73章 ~学院にて~

 

 イルトが手伝いに加わってから、作業はみるみる進んだ。

 一人では数時間は掛かる雑草刈りの作業、しかし彼が加わると、要した時間はものの数十分。

 アルニカの畑からは、一本も残らず雑草が殲滅されていた。


「ありがとうございます、本当に助かりました」


 アルニカはイルトに礼を言った。

 イルトは手や腕に付いた土を払いながら、


「大した仕事じゃない。礼は別にいい」


 彼には、特に疲れた様子は無かった。

 イルトはその手際の良さで、残っていた雑草の殆どを一人で刈ってしまった。

 アルニカが刈った量と比べれば、アルニカは二割でイルトが八割くらいだろうか。

 素晴らしいまでの手際の良さ、城の園芸の仕事を任されているだけのことはある。


「……そうだ。伝えておくことがある」


 不意のイルトの言葉。

 アルニカは農具を片付けていた手を止め、彼を振り返る。


「? 何ですか?」


 イルトは、


「今日の午後二時、ロアとルーノと一緒に城に来て欲しい。ユリスからの伝言だ」


 イルトがユリスからこの伝言を預かったのは、昨日の晩だった。

 今日の昼頃にでも、ロア達の家を訪問して伝えようか。

 等と考えていたものの、予期せず伝える機会を得ることが出来た。


「え、女王様からですか? だけど私今日、バイトが……」


 不都合があった。

 アルニカは今日、レストランのバイトが入っているのだ。


「来ておいた方が得だと思う。もしも、今より強くなりたいなら」


「え……?」


 イルトは、その場で踵を返した。

 アルニカに背を向けて、


「今日の午後二時だ。城で待ってる」


 そう言い残し、イルトは行ってしまった。

 止める間も無く。兎型獣人族の脚力で、自分の身長の何倍もの高さまでジャンプして。

 そして、畑にはアルニカ一人だけが残った。


「何だろう……?」


 怪訝に思ったアルニカは、誰にともなく呟いた。

 そして彼女は、再び畑の仕事に取り掛かることにした。






 数時間程時間を進め、その日の午後12時頃。

 ロア、ルーノ、リオの三人は、セルドレア学院の教室にいた。

 三人並んで、隣り合う席に座っていた。


 彼らは数日の間、イシュアーナの戦いで学校を休んだ者達。

 休学分の、補習授業を受けているという事だ。

 教室には、ロア達三人に加えてもう一人、ヴルームが教壇に立っている。


「で、このようにして金属加工の技術は飛躍的な発展を遂げ、さらに――」


 ヴルームはチョークで黒板に書きながら、内容を読み上げる。

 ふと、ヴルームは生徒達を振り返る。

 三人の中で一人、机に突っ伏している者がいた。

 顔が見えなくとも、髪色でリオだと分かる。


「リオ、起きてるか?」


「ん、んん……起きてますよう」


 リオは体を起こす。

 彼女の大きな瞳には、涙が溜まっていた。


「オマエ、絶対寝てただろ? 寝言で『う~ん、もうお腹いっぱい。これ以上食べられないよう……』とか言ってたぞ?」


 とルーノ。


「え、あたしそんなこと言ってた!?」


 恥ずかしかった。リオは、顔が赤くなるのを感じた。


「嘘に決まってんだろ。このバカ」


 寝言というのは、この小生意気な青い兎型獣人族の少年が吐いた、嘘偽りだったのだ。

 ルーノの一言で、リオの「恥ずかしさ」は「怒り」に変わった。


「嘘つきは泥棒の始まりなんだぞう!?」


 だん、と机を叩き、リオはルーノを糾弾する。


「寝てたオマエが悪いんだろ」


 対するルーノは、全く持って動じない。

 イシュアーナの救護所で、耳を引っ張られた事を根に持っているのだろうか。


「ふあ~あ……」


 ロアは間の抜けた欠伸を発した。

 また始まったか、と心の中で呟く。


「おいお前達!! 三人しかいなくても授業中だぞ。リオ座れ」


「む~」


 ヴルームに諭され、しぶしぶリオは席に戻る。


「てか先生、これってイシュアーナの戦いに参加した人の為の補習授業なんですよねえ?」


 席に戻るや否や、リオはヴルームに問う。


「そうだ。それがどうかしたか?」


 ヴルームがそう返すと、


「じゃあ何でアニーとカリスはいないんですかあ? あの二人だって参加してた筈じゃん?」


「そういえば確かに……」


 リオの後に、ロアが続ける。

 確かに、アルニカとカリスもイシュアーナの戦いに参戦していた筈だ。

 しかし今、教室に彼らはいない、いるのはロア達三人だけだ。

 空席だらけの教室は、普段より一段と広く感じた。


「ああ、あの二人は普段から成績優秀だからな。補習を受けさせる必要はないと判断した」


「ええ!! 何それ!? アニー達だけズルい!!」


 リオは子供のような声を発した。

 実際、あの二人は成績優秀だ。加えて、カリスもアルニカも非常に真面目だ。

 遅刻早退、居眠り、二人は未だかつてしたことが無い。

 正しく、「遅刻居眠り常習犯」のリオとは正反対。


「イシュアーナであれだけ傷を負ったのに。相変わらず元気だね、リオ」


 ロアが言った。

 あんな戦いの後でも、リオの元気さは健在だった。

 彼女が落ち込んだり沈んだりしている所は、未だに見たことがない。


 するとリオは衣服の袖をまくり、その腕をロアに見せる。

 彼女の腕には、大量の絆創膏が貼り付けられていた。


「そんなことないよロア。ほら見て、傷が治ってないから絆創膏まだ剥がせないの」


「別に見せる必要はねえだろ……」とルーノ。


「何よルーノ、またあたしに耳引っ張られたいのお!?」


 ドン、とヴルームは教壇に教科書を打ち付け、ロア達を注目させる。


「お前達、おしゃべりは後にしろ。アスヴァン史の問題だ。リオ、バラヌーンの国家を二つ答えてみろ」


「ば、バラヌーンの国家!? えっと……」


 リオは思考を巡らせる。

 しかし、リオがバラヌーンに関して知っていることは、「『魔族』に下った『人間』や『獣人族』や、国家の総称」ということだけ。

 それ以上のことは、何も知らなかった。


 困惑する表情を浮かべるリオを見て、ヴルームは小さくため息をついた。


「……分からないのか。じゃあロア、代わりに答えろ」


「はい。イリドニア王国、ナスタシム王国」


 ロアはすぐに答えた。

 彼が挙げた二つの国名は、バラヌーンの国家の一例だ。「イリドニア王国」と「ナスタシム王国」、どちらも「魔族」に下った国家だ。


「正解だロア。リオ、名誉挽回の第二問、ヴァロアスタ王国の王都は?」


 リオは、


「ヴぁ、ヴァロアスタの王都……!? えっと……アルカドール?」


 そんなわけないだろ、じゃあここはヴァロアスタ王国なのか。

 ロア、ルーノ、ヴルームは同時に同じことを思った。

 もしや、リオはウケを狙って言っているのだろうか? だとしても、笑えない。


「……ルーノ、代わりに答えてくれ」


「ああ。ロヴュソールだろ」


 ルーノも即答した。

 ヴルームはまた、小さくため息をついた。


「よし。ロア、ルーノ、お前達は今日の授業は終了だ。帰っていいぞ」


「ええ!? てことはあたしだけ居残り!?」


 ヴルームの宣告。ロアとルーノには喜ばしかったが、リオだけは違った。


「リオ、お前には基礎から教え込む必要があるようだからな」


 ロアとルーノは席を立ち、肩掛けカバンに教科書と筆記用具を詰める。

 リオはその様子を、羨ましそうな表情で眺めていた。


「じゃあリオ。僕たちは帰るから、君は頑張ってね」


「少しぐらいは、マシな頭になれよ」


 ロアとルーノはリオに言い残し、教室から出て行ってしまった。

 二人ともリオを激励するつもりで言ったのだが(多分)、リオからすれば嫌味にしか聞こえなかった。


「ヴルーム先生のいじわる~。何であたしにだけこんな仕打ちすんのお?」


「意地悪じゃないし仕打ちでもない。リオ、お前を案じての事だ」


 ロアとルーノがいなくなり、教室にはヴルームとリオだけになった。

 すなわち、一対一の補習授業が始まった。






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