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第72章 ~アルニカとイルト~

 イシュアーナの戦いから、三日余り。

 魔族との戦いを終えたロア達は、アルカドール王国へと戻って来ていた。

 イシュアーナの戦いは終わった。しかし、「魔族」との戦いはまだ、終わってはいない。

 それは誰しもが分かっていたことだ。

 けれど今は休息の時。

 少年少女達は、これまでと何も変わらない日常を過ごしていた。

 三日前の戦いのことも、「魔族」のことも。

 そして、戦いの果てに散っていった、多くの兵士達や、友人達のことも。

 今は……今だけは、思い出さないように、心の奥底に仕舞って。






 早朝、朝日が昇り、小鳥のさえずる声が、人々に朝の到来を告げ始める頃。

 アルニカは、自らが栽培している野菜畑の手入れをしていた。

 彼女の家の庭に作られた、色とりどりの野菜が植えられた畑。

 それ程面積は広くはないものの、一人で手入れするのは、それなりに手がかかるくらいの広さだ。


 この畑は、アルニカの手製の畑。

 レストランでアルバイトをしているアルニカ。

 彼女の将来の夢は、自分のレストランを持つこと。

 本人曰く、野菜を育てているのは、料理の勉強の一環らしい。


「ふう……あと半分くらいかな?」


 雑草を刈っていた手を止め、アルニカはその場に立ち上がる。

 作業開始から、どれ程の時間が経ったのだろうか。

 今日は、朝から暖かい日だった。

 いつしか太陽が昇り、陽の光が彼女のオレンジの髪を輝かせ、前髪の髪留めを煌めかせる。


 空を見上げ、アルニカはイシュアーナでの戦いを思い出す。

 イシュアーナの戦いで、ヴィアーシェと戦った時の事を。


(……悔しい。私、何も出来なかった……)


 そう。ベイルークの塔の時といい、今回といい。

 あの「魔族」の少女、ヴィアーシェにはまるで歯が立たなかった。

 窮地に立たされたリオを助けに入ったつもりでも、結局は追い詰められ、逆にリオに助けられてしまった。


 アルニカは思い知った。深く深く思い知らされた。

 あの強さこそが、「魔族」最強の配下、「魔卿五人衆」の力なのだ。

 学院の女子生徒の中で一、二を争う剣の腕を持つアルニカでさえ、打ち負けてしまう程の強さなのだ。


(強くなりたい、ロアやリオちゃん達に負けないくらい……)


 今のままでは、絶対に「魔族」に勝つことは出来ない。

 もっと強くならなければ、絶対に。

 その為には――。


「君は……アルニカ?」


 考えていた時、後ろから名前を呼ばれた。

 アルニカが振り向くと、木製の塀を隔てた先に、一人の少年が立っていた。

 積もりたての新雪のように真っ白な毛並の、兎型獣人族の少年。

 その両腕には金色の腕輪、首には水晶のペンダント。

 同種族のルーノ同様、体格は小さく、耳を入れてもアルニカの胸の辺りまでしかない。


「あ、イルトさん?」


 アルニカの名を呼んだのは、イルトだった。

 彼はベイルークの塔にて一度、ロアとアルニカと共に戦ったことがある。


「こんな時間から畑仕事か? 早起きだな」


「はい。バイトの時間までに手入れを済ませておこうと思って」


 と、ふとアルニカは気付く。


「あ、でも早起きって言うならイルトさんだって同じじゃないですか? この時間に外歩いてるんですし」


「朝の散歩は、僕の毎日の日課だ」


 答えると、イルトはふと思い返す。

 そういえば、朝の散歩が日課として根付いたのは、一体いつの頃だっただろうか?

 大分昔の頃からだった気がするが、正確な時期は思い出せなかった。


「ん?」


 イルトは、アルニカの両手が土まみれだったことに気付いた。

 畑の方を見ると、根本から抜かれた雑草が一か所に集められているのが分かる。


「雑草刈りの途中だったのか。手を貸そうか?」


 と、イルトはアルニカに問う。


「え? あ、手伝ってくれるのは嬉しいですけど」


 その真っ白な毛並が汚れちゃいますよ? とアルニカは続けようとしていた。

 しかし、言葉を続ける前に、


「ではさっさと片付けよう」


 イルトはアルニカの言葉を遮り、雑草の蔓延っている畑にしゃがんだ。

 そして、白い毛並に土が付くことも厭わず、畑に手を入れ、雑草を根から引き抜いていく。


「あ……」


 出そうになった言葉は、止めざるを得なくなってしまった。

 今回は、彼の厚意に感謝することにしよう。

 アルニカも再びしゃがみ、草むしりを再開した。

 畑の作物の生育を阻害する、憎き雑草を根から抜き、排除していく。


(……イルトさん、草むしり上手い……!!)


 横目でイルトを見つめ、アルニカは心の中で呟いた。

 地面に深く根を張っている雑草は、アルニカからすれば抜くのに一苦労だ。

 しかし、イルトは苦も無い様子で次々と引き抜いていく。

 非常に慣れた手つきだった。もしや、植物を扱う仕事でもしているのだろうか?


「イルトさん、草むしり上手ですね……」


 あまりの手際の良さに、アルニカは感嘆する。

 今度は、声に出して言った。


「ん?」


 白い毛並の兎型獣人族は、数秒だけアルニカを向いたが、すぐに視線を手元の雑草へと戻した。


「……城の花壇の手入れで、いつもやっているからな」


 イルトの口から、興味深い回答が返ってきた。


「え、庭師さんなんですか? 女王様の側近だって聞いていましたけど……?」


「両方だ。僕は庭師だし、ユリスの側近でもある。言わば、『側近兼庭師』か」


 本人の言う通り、イルトはユリスの側近であり、同時に城の庭師でもあった。

 城の庭に植えられた色とりどりの花々は、全てイルトが一人で手入れしている。

 ユリスは彼が育てた花を大層気に入り、いつも数本切り取って花瓶で生け、棚やテーブルに飾っていた。

 イルトの園芸の腕は城内でも評判だった。いつだっただろう、城のメイドから「園芸うさちゃん」なんて呼ばれた記憶がある。


(あれは……思い出したくないな)


 そのメイドは親しみを込めて呼んだつもりだったらしい。しかしイルトからすれば、迷惑極まりない呼び名だった。

 人前でそのような呼び方をされるなど、恥ずかしいにも程があった。


「そうだったんですか……何か凄いですね、側近であると同時に、庭師もしているなんて」


「……」


 返事は返って来なかった。

 彼は、黙々と雑草を抜き続ける。


 イルトは冷静沈着な性格の持ち主だ。

 口数も多くは無く、基本的に必要最低限の発言しかしない。

 どうやら、アルニカの言葉に対する返答をする必要は無いと感じたらしい。


「あ、あともう一つ、質問してもいいですか?」


 先ほどと違ってイルトは視線を動かさず、雑草刈りをしたままアルニカの言葉に応じる。


「何だ?」


「実は、前から気になってたんですけど……」


 数秒だけ間を空けて、アルニカは、


「イルトさんのその腕輪と、水晶のペンダントって、何かの魔法道具なんですか?」


 イルトは雑草刈りをしていた手を止めた。


「……何故、そんなことを?」


「あ、すいません!! 何ていうか、初めて会った時から気になってて……」


 初めて会った時というと、ラータ村の時だった。

 そう。あの頃からイルトは、金の腕輪と、水晶のペンダントを着けていた。


 手が土まみれな為、彼は水晶を触ろうとはしなかった。

 無言で、イルトは水晶のペンダントを指差した。

 透き通ったような透明の、水色の水晶。空から射す陽の光を受けて、美しく煌めいた。


「これはユリスからの頂き物だ。僕の12歳の誕生日に、彼女が僕にくれた」


 イルトのペンダントの水晶は、これと言って特別な物ではない。

 何かの宝石か、或いはただのガラスなのかも分からない。


「女王様からの贈り物……そうだったんですか」


 しかし。イルトにとっては、何にも代え難い大事な宝物だ。

 ユリスの、彼女の想いが込められた、世界に二つとない品なのだから。

 だから彼は入浴時などを除き、ペンダントをいつも肌身離さず、首から掛けている。


「ああ。そして、この腕輪は……」


 イルトは今度は片腕を上げた。

 かちゃり、腕に付いた金の腕輪が、小さく金属音を鳴らす。


(? 何だろ? 何か刻まれてる……)


 近くで見て、アルニカは初めて気付いた。

 イルトの腕輪には、無数の小さな文字が刻みつけられている。

 何かの呪文……だろうか?


「この腕輪は……そうだな。言うなれば、『枷』みたいなものか」


 腕輪を見つめ、イルトは小さく呟いた。

 ――枷。彼は今、確かにそう言った。


「出来ることなら、この腕輪は一生外したくない」


 自らの両腕にはめた腕輪を見つめ、イルトは呟く。


「え?」


 アルニカは一文字で聞き返す。


「……無駄話が過ぎたな。早く終わらせよう」


 イルトは再び、雑草刈りへと取り掛かった。

 アルニカは彼の言葉の意味が気になったが、下手に詮索するのは止めておくことにした。






今回より、新章となります。

引き続き、感想や評価、アドバイス、お待ちしております。



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