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第71章 ~救護所にて~

「イテっ……!!」


 救護所にて、リオは左腕の衣服を捲り、傷の手当てを受けていた。

 ミローイルが脱脂綿でリオの肩の傷に薬を塗り付けると同時に、リオは表情をしかめる。塗り薬が傷にしみるらしい。


「申し訳ございません……でもわたしが調合した薬ですから、効き目は保証いたします」


「え、この薬ってミローイルさんが?」


 リオは返す。

 一応の礼儀は弁えているので、年上のミローイルを「さん」付けで呼んだ。


「『ミロル』で結構です。一応、薬学は得意分野でして……」


 リオの腕に包帯を巻きつつ、ミローイルは答える。

 彼女の言葉に嘘偽りは無いようだった。

 ミローイルが調合したという薬を塗り付けられるとみるみる痛みが引き、出血も止まっていく。

 これ程の薬効を持つ薬は、今まで見たことが無かった。


「すごい……!! こんな薬を調合出来るなんて……」


 傍らで見守っていたアルニカが、感嘆の声を漏らす。

 アルニカも薬学を学んだことはあった。しかし、薬効の強い薬はそれだけ調合難易度が高く、成分比率を少しでも間違えば、調合は失敗に終わってしまう。

 その点から見ても、ミローイルの薬の調合の腕はかなりの物だ。


「これで治療は終わりです。二日もすれば、傷は塞がるでしょう……」


 リオの治療を終え、ミローイルは立ち上がる。


「それにしても、急所が外れていたのは幸いでした……」


「え?」


 ミローイルの言葉に、アルニカが疑問を発した。


「傷を付けられた箇所です。首や手首には及んでいません……」


 アルニカは、改めてリオの体を見回してみた。

 傷が付いているのは、彼女の頬や腕だ。確かに急所は外れている。

 偶然だろうか? それとも、有り得ない事かも知れないが、ヴィアーシェはあえて急所を外したのだろうか。


「そう言えばあたし、あの風の攻撃を受けた時にどうにか首や目を守ろうとしたんだけど……その所為かな?」


 急所に傷を付けられれば、その深さによっては致命傷となっていたかも知れない。

 しかし、急所に傷を付けられなかった為、リオは出血を伴う程度の傷で済んでいた。


 ミローイルは救護所の隅に置かれた棚を探り、一つの茶色い瓶を手に取った。

 瓶の中には、直径一センチ程の錠剤がぎっしりと詰まっている。

 瓶のラベルには、「造血剤」とあった。

 蓋を開け、錠剤を一粒摘まむ。ミローイルは錠剤をリオの手の平へぽとりと落とした。


「その薬を飲んで下さい。造血剤です……」


 特に疑いも無く、言われるままリオは造血剤を口に含んだ。


「うっ!! 苦い……!!」


 口に含んだ途端、固形だった錠剤は一瞬で溶け、リオの舌に苦い味をまき散らした。

 とてもとても苦い、ひたすらに苦い味。これ程苦い味はリオの15年の生涯で初めてだった。


「んん、は、吐きそう……!!」


 苦みが口の中で暴れ回る。リオは両目に涙を浮かべ、口を覆った。


「ちょっ、リオちゃん吐いちゃダメ!! 頑張って飲んで!!」


 慌てて駆け寄り、アルニカはリオの手に自分の手を重ねた。


「んん~っ!!……」


 リオは目を瞑り、呻くような声を漏らす。


「どうぞ、ただの水ですけど……」


 ミローイルがコップを差し出す。中には透明な水が入っていた。

 リオは引っ手繰るようにコップを受け取ると、まるでヤケ酒を煽るかのごとく、一気に口に流し込む。


「……ぶはあ!! ふう……」


 空になったコップをミローイルへ返し、リオは袖で口元を拭った。


「良薬は、口に苦い物ですから……」


 ミローイルが呟く。全く持ってその通りだ。


「ふう、苦かった……口直ししたいな。アニーの焼いたクッキー食べたい」


「うん。今度いくらでも作ってあげるよ。だから今は傷を治そう?」


 アルニカの言葉に、リオは小さく頷いた。

 傷を癒した塗り薬だけでなく、先ほどの造血剤もかなりの薬効を持つ薬だったらしい。

 リオは、体がみるみるうちに楽になるのを感じた。

 座ったまま、リオは壁に背中を寄り掛からせる。


「お、いた」


 と、聞き馴れた声が聴こえる。

 アルニカ達三人は声の方を振り返る、ロアとイワンが立っていた。


「ロア、それにイワンさん……!!」


 二人の姿を確認すると、アルニカは明るい表情を浮かべて言う。

 戦いの最中は、イワンとは別行動だったし、ロアとは途中から離れて戦うことになった。

 しかし今こうして現れたということは、二人とも無事だったようだ。


「アルニカ、さっき急にどこ行ったの? 心配したよ?」


 ロアがアルニカに尋ねた。


「あ……ごめん。急にリオちゃんのことが心配になっちゃって」


「それだったらせめて、一声かけてくれれば良かったのに……」


 リオを助けに行くというアルニカの行動は間違ってはいなかったが、せめてその旨を伝えてからにして欲しかった。


「ロア」


 二人の会話を聞いていたリオは捲っていた袖を戻し、その場に立ち上がった。

 薬の効果もあり、彼女の体は回復したようだった。


「アニーを怒んないで。アニーが助けてくれなかったら、あたし危なかった」


「何だリオ、傷だらけじゃねーか。また無茶してたのか?」


 ロアの代わりに、イワンが言った。


「『戦地に赴くからには死に物狂いで戦え』、あたしはイワン兄の言う通りにしただけだよ」


 と、その時だった。

 ロア達は、数人の足音を聴いた。

 振り返ると、三人の「獣人族」と、一人の「人間」の少年がいた。


 兎型獣人族のルーノ。犬型獣人族のヴルーム。ピューマ型獣人族のヒュウ。そして、「人間」の少年、カリス。

 全員、共に戦ったロア達の戦友だ。


「……生きてたか。中々しぶといじゃねえか、ロア、アルニカ」


 ロアとアルニカの顔を見たルーノ。彼は開口一番に言った。

 こんな時も相変わらずへそ曲がりなルーノ。もっと素直になれないのか、とロアとアルニカは思う。


「お二人が無事で安心したのでしょう? もっと率直に言ったらどうです、ルーノ君?」


「カリスの言う通りだぞ? さっきまで『頼む、二人とも無事でいてくれ……!!』とかブツブツ呟いてたのはどこのどいつだ?」


 ロアとアルニカの意思を代弁するように、カリスとヴルームが言う。


「え、ルーノそれ本当~?」


アルニカは表情に笑みを浮かべ、口元に手をあてて「ぷすっ」と笑った。


「なっ!? そんなのデタラメだ!! オレがそんな心配する訳……てかアルニカ笑うな!!」


 ルーノは頬を赤く染め、その青い毛並を乱し、手足をばたつかせる。

 本人にとっては照れ隠しの仕草のつもりだろうが、全くの逆効果。もはや自供に等しい。


「ぷっ。お前、どんだけ照れ屋なんだよ?」


 イワンが言う。

 アルニカから始まった笑いはたちまち周りへと広がり、ロアやイワン、リオやヴルームも笑い始めた。

 皆ルーノが滑稽で面白くて、笑いを堪えきれなかった。


「なんてか。ほんとに愉快で憎めない奴だよね、ルーノ」


 笑い混じりにリオが言った。


「う、うるせえこのネボスケふとっちょ!!」


 ルーノはそう言ったが、別にリオは太っていない。

 が、それは禁句だった。

 リオの頭の辺りから、「ピキッ」という音がした。


「なんだとう!?」


 ずんずんずん、まるで地鳴りでも響かせそうな足取りで、リオはルーノに歩み寄る。

 手の届く範囲まで歩み寄るや否や、リオは彼の長い耳を両方とも鷲掴みにした。

 そして、まるで大根を畑から引き抜くかのごとく、思い切り引っ張る。


「いててててて!! やめろバカ引っ張るな!! 耳を引っ張るな!!」


「バ……カ……!?」


 もう一度、リオの頭の辺りで「ピキッ」という音が鳴った。

 と同時に、ルーノの耳を掴んでいる耳に一層力が籠る。

 次の瞬間。ルーノの絶叫が救護所全体に響き渡った。


「……戦いは終わりましたね」


 そんな様子を眺めながら、ミローイルがヒュウに歩み寄り、言った。


「ああ。終わったようだ」


 ヒュウは返した。


「リオちゃん、そのくらいで許してあげたら? ルーノの耳、抜けちゃうよ?」


 ルーノの耳を引っ張り続けるリオを、アルニカが諭す。






「魔族」の少女、ヴィアーシェはガジュロスの背中の上で無言で立っていた。

ガジュロスが向かう先は、モルディーア王国。


「…………」


 ヴィアーシェは頭の中で、会ったばかりの少女の顔を思い出す。


“……何? 私が何か珍しいの?”


 オレンジ色の髪に、左前髪に髪留めを付けた「人間」の少女、アルニカだ。

 ベイルークの塔で一度会った時から、ヴィアーシェはアルニカに対して、「ある予感」を抱いていた。

 そして、もう一度彼女の顔を間近で見た時、「予感」は「確信」へと変わった。


 オレンジの髪に、あの髪留め。

 間違いない。偶然ではない。彼女はやはり、あの時の――。


(アルニカ……まさか、こんな形で再会することになるとはな。運命の因果というものか……)


 腰まで届く長い髪をなびかせながら、ヴィアーシェは心の中で呟く。

 すると彼女は、衣服のポケットに手を入れ、中を探る。

 数秒後、ポケットから出てきたヴィアーシェの手には、小さな指輪が乗せられていた。

 銀地に、黒色で何かの模様があしらわれた指輪、特に高価な物ではなさそうだ。


(……ルシーラ)


 自らの、蝋のように白い手の平に乗せた指輪を見つめ、ヴィアーシェは心中で呟く。

 ――ルシーラ、ある一人の女性の名前だ。






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