第70章 ~終戦~
「承知いたしました。我が主君よ」
イワンと交戦していたダフィウスは、小さく呟いた。
「ん? 今何か言ったか?」
イワンは剣を構えたまま問う。
するとダフィウスは、両手の短剣を二本とも腰の鞘に収めた。
「どうやら時間のようだ、勝負は貴殿に預ける」
そして突然、ダフィウスはその場で踵を返した。
「何だ、俺には勝てないと踏んだのか?」
「心配しなくとも、おそらく俺と貴殿は再び会いまみえる運命だ」
イワンの軽口を受け、ダフィウスはイワンに背を向けたまま答える。
剣を降ろし、赤いロングコートを纏ったダフィウスの後ろ姿を見つめながら、
「何を根拠にそう思うんだよ?」
「……さあな。ただそんな気がするだけだ」
どうも筋の通らない返事が返ってきた。
イワンはつくづく思う。このダフィウスという男、本当に「魔族」なのだろうか?
「いずれまた、近いうちに会おう。イワン」
その台詞を残し、ダフィウスは自分の身長の倍以上の高さまでジャンプし、イワンの前から去った。
遠目に彼の白髪や赤いロングコートがなびいているのが見えたが、じきに見えなくなった。
「……何だったんだ?」
ダフィウスの去って行った方を見つめ、イワンは呟いた。
「イワンさん!!」
と、不意に後方から名を呼ばれ、イワンは振り返る。
イワンを呼んだのは、ロアだった。
ロアは先ほどまで鎖鎌使いの少年と交戦していたが、彼もダフィウスと同じく、突然引き上げて行った。
そこで誰かと合流しようと思っていた所、イワンの後ろ姿を見つけたのだ。
「ロア……」
ロアはイワンの側まで駆け寄る。
「『魔族』の兵達が……」
「ああ、一人残らず全員、撤退していくな」
辺りを見渡すと、周りにいた「魔族」の兵達や、バラヌーンの少年少女達が全員去って行く。
まるで何かの命令を受けたかのように戦闘を中断し、一斉に門へと向かっている。
程なくしてイシュアーナから「魔族」の兵は一人残らずいなくなり、後には「人間」や「獣人族」の騎士団や、少年少女達が残った。
「終わった……ってとこか」
イワンが呟く。
数分前まで大きな戦いが繰り広げられていたイシュアーナは共和国は、静けさを取り戻していた。
ただ開戦前と違い、地面には折れた剣や槍、放たれた矢等の武器の残骸。
「っ……!!」
そして、犠牲となったエンダルティオの少年少女達の亡骸も、至る所に……イワンはその内の一人、自分の手近にいた少女に駆け寄った。
少女は地面に横たわり、手に剣を握ったまま、目を閉じて力尽きていた。
彼女の赤茶色の髪が、地面に流れを作るように広がっていた。
イワンはこの少女を知っていた。話したこともあった筈だ。
名前は確か、「ベルーカ」。
セルドレア学院高等部二年生。つまりイワンの一学年下の、エンダルティオ所属の少女。
「…………」
無言で彼女の顔を見つめる。イワンは心臓が凍りつきそうな気持ちだった。
自分を想い慕ってくれた後輩の死……「悲しい」等と言う言葉では、言い表せない。
イワンは少女の側で片膝を折り、右手の拳を握る。
そしてその握った拳を自分の額に当て、目を閉じた。
「どうか、安らかに……」
消え行ってしまいそうな声で、イワンは哀悼の言葉を呟いた。
エンダルティオの団長たるイワン。
一人でも自分の後輩が命を失えば、彼はその悲しみを全て背負わなくてはならないのだ。
数秒後、イワンは閉じていた目を開き、立ち上がった。
そして、後方のロアを振り返る。
「……悪かったなロア、行こう」
ロアに告げるイワンの両目は、微かに涙で潤んでいた。
何も言わず、ロアは無言で頷いた。
アルニカはリオに肩を貸し、二人で歩いていた。
ヴィアーシェの風で体の至る所を負傷し、リオは自分で歩くには辛い状態だった。
歩を進める度に、アルニカのオレンジの髪と、リオの紫がかったピンクの髪が揺れている。
「ごめんアニー、面倒かけさせちゃって……」
「ううん。リオちゃんだって、さっき助けてくれたでしょ?」
リオの言葉に、アルニカは小さく首を横に振りつつ答えた。
アルニカがヴィアーシェに大剣を突き付けられた時、リオは自分の槍をアルニカに投げ、窮地を救った。
もしもリオの行動が無ければ、今頃アルニカはどうなっていたのだろうか。
「困った時は、お互い様だよ」
アルニカは優しげに笑みを浮かべ、リオに言った。
「……ありがとう」
ぎこちなく、リオはそう返す。
二人は再び足を進め始めた。
アルニカは一先ず、リオの傷を手当てしてもらえる所を探すことにした。
「そういえばさ……」
二人で歩いている最中、不意にリオが呟いた。
「あのヴィアーシェって魔族、何でアニーには風の魔法を使わなかったのかな?」
「あ、そう言えば確かに……」
リオにそう言われて、アルニカは初めて気付いた。
そう。ヴィアーシェは、リオと戦った時は風の魔法を多用していた。
しかし、アルニカと戦った時は一度も魔法を使わず、大剣と体術だけで戦っていたのだ。
魔法に相対出来るのは、魔法だけ。
炎の魔法を授かっているリオと違い、アルニカは一切の魔法を使えない。
すなわち、ヴィアーシェの魔法を防ぐ術など、アルニカは持ち合わせていないのだ。
もしもヴィアーシェがアルニカに魔法を使っていれば、すぐにでもカタがついていた筈だった。
「分からないけど多分、魔法を使わなくても私一人倒すことくらい、簡単だって思ったんじゃない?」
確かにその可能性はあった。
事実。彼女の戦闘能力を前に、アルニカは殆ど一方的に圧されていた。
もしもあのまま戦闘を続けていれば、ほぼ間違いなくアルニカは負けていた筈だ。
と、その時。聞き覚えのある声で話しかけられた。
「大丈夫ですか……!?」
アルニカとリオに声を掛けたのは、ミローイルだった。
シニヨンの髪型が特徴的な、控えめの性格の少女。
リオの代わりに、アルニカが答える。
「私は大丈夫です、でもリオちゃんが……」
ミローイルはリオに視線を向ける。彼女の体には、至る所に傷が付いていた。
直ぐにでも、手当する必要がありそうだ。
「……救護所までご案内します。わたしについて来て下さい」
カリスは片膝を立て、地面に倒れている「人間」の少年の喉に触れていた。
喉の脈を確認し、少年の生死を確認しているのだ。
数秒後。カリスは立ち上がり、後方にいたルーノを振り返る。
そして目を瞑り、無言で首を横に振った。
その動作が意味することは、容易に理解できた。
「っ…………」
何も言わず、ルーノは表情をしかめる。
国を同じくする仲間が、戦いの果てに命を落としたのだ。
カリスはもう一度少年を振り返り、片膝を折る。
そして右手を握り、握った拳を自らの額に当てて少年に祈りを捧げた。
イシュアーナで繰り広げられた「人間」や「獣人族」と「魔族」の戦いは、幕を下ろした。
何人もの、尊い少年少女達や、兵士達の命と引き換えに。
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【キャラクター紹介 19】“?????”
【種族】
【種別】
【性別】 -NO DATA-
【年齢】
【髪色】
モルディーア城の玉座の間に潜む、実体を持たない声だけの存在で、「魔族」達の君主。
ダフィウスやヴィアーシェを初めとする「魔卿五人衆」や、「魔族」の兵達、さらに様々な「魔物」を従えている。
種族、目的、経緯、実際の姿、全てが謎に包まれた「Fragment of braves」の黒幕。
あと数回で、イシュアーナ編は終了します。
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