第68章 ~新たな敵~
その少年がロアの前に現れたのは、突然の事だった。
ロアはエンダルティオの少年少女達と共に、「魔族」の兵士と交戦していた。
人間よりも高い身体能力を持つ「魔族」の兵達。
見る限り、「魔族」の兵は全員、大人の兵だ。
体格の差がある故に、力の差も大きかった。
しかし、そんな「魔族」の兵達もロアにとっては所詮、倒すのに少し手間がかかる程度の敵。
持ち前の高等剣術、「アルヴァ・イーレ」を駆使すれば、さして脅威ではなかった。
ただ一人だけ、その少年を除けば、だが。
少年は、口元を包帯のような布で覆い隠していた。
背はロアよりも高く、見積もって160センチ中間辺りだろうか。
中肉な体つきをしているが、口元が布で隠されている所為か、正確な年齢は分からない。
ロアを見つめる少年の瞳は、まるで研ぎ澄まされた刃物のように鋭かった。
凄まじいまでの敵意と殺意に満ち満ちた、平気で何人もの命を奪ってきたような瞳。
その瞳に見つめられているだけで、まるで何億もの眼球がこちらを睨んでいるような錯覚に捕らわれ、気分が悪くなりそうな程だ。
少年の得物は、鎖鎌だった。
弧を描くように湾曲した形状の、鈍い光を放つ大きな刃。
鎌の柄尻の部分に数メートル程の長さの鎖が取り付けられ、その鎖の先には、見るからに重量のある鉄球が付いていた。
赤子の頭程の大きさの鉄球で、鋭利に尖った針がいくつも付いている。
鎖鎌は少年の風貌と相まって、凶悪な雰囲気を醸していた。
口元を覆う布に、鋭い瞳。そして鉄球の付いた鎖鎌。
それら全てが相まって、少年はまるで、童話に出てくるような「悪魔」のような姿だった。
(この人……『人間』……!?)
剣を構えつつ、ロアは心の中で呟く。
ドルーグといいヴィアーシェといい、周りの「魔族」の兵達といい、
魔族は生気を感じさせない程の白い肌が特徴的な種族だった筈だ。
しかし、眼前の鎖鎌を持つ少年の肌は白くなく、普通の「人間」の肌色をしていた。
最も、その鋭い瞳は正常な人間の瞳とは言い難かったが。
ロアは思う。鎖鎌の少年は、あの口布の下にどんな冷酷な表情を浮かべているのだろう。
(てことは、バラヌーン……?)
肌が白くないということは、彼はバラヌーンの「人間」だろうか。
そう考えた所で、ロアの思考は一時中断せざるを得なくなった。
少年が鎖鎌を振りかざし、ロアへと突っ込んできたから。
「!!」
繰り出された鎌の一振りを、ロアは剣で受け止める。
どうやらあの鎌は独自の金属から作られているようで、ロアの剣とぶつかった際、独特の金属音が響いた。
少年はすぐさま鎌を持ち直し、続けざまにロアに向けて攻撃を仕掛けてきた。
素人の少年少女が武器を持っただけのバラヌーンは、武器の扱いには不慣れな筈だった。
しかし、鎖鎌の少年は違った。
素早い身のこなしを駆使し、ロアへと攻撃を仕掛けてくる。
(こんな戦い辛い相手、初めてだ……!!)
ロアは、鎖鎌を武器として扱う相手と戦ったことなど無い。
いや、そもそも鎖鎌を武器として扱う者など、そうそういる筈がないと思っていた。
あの鎖鎌でどんな術を用いるのか、どのような攻撃を仕掛けてくるのか、ロアには全く分からない。
(……それにしてもこの人)
剣と鎖鎌を打ち付け合いつつ、ロアは少年の顔を見つめる。
少年もロアを見つめ返し、憎しみや怒りに満ちた瞳がロアを睨んだ。
(一体、どんな生い立ちを……)
眼前の鎖鎌の少年の生い立ちに、何があったのか。
彼を憎しみに封じ込めたのは、一体何なのか。
敵対する立場であるにも関わらず、ロアは気になってしまった。
次の瞬間、少年は武器の持ち方を変えた。
それまで右手で持っていた鎌を左手に持ち替え、柄尻から伸びた鎖を利き手の右手で握る。
鎖の先に付いているのは、赤子の頭程の大きさのある鉄球。
(まさか、あの鉄球を使って攻撃を……!?)
ロアの予感は当たっていた。
程なくして、少年はロアの頭上目がけ、鉄球を振り下ろした。
「!!」
鉄球の一撃、喰らえば言うまでも無く即死だ。
ロアの剣一本だけでは、当然ながら防ぐ術など無い。
「くっ!!」
ロアは直ぐに右へと飛び退いた。
そのすぐ後、少年が振り下ろした鉄球は地面に叩きつけられ、轟音と共に、地面に深くめり込んだ。
背中で、ロアはそれを感じた。
しかし、休ませる間を与えず、少年は今度はロアに向けて薙ぎ払うように鉄球を振る。
ジャラリと、鉄球と鎌の柄尻を繋ぎ合わせる鎖が耳障りな音を立てた。
ロアはすぐさま地面に片膝をつき、鉄球を避ける。
自分の頭上を、重い鉄球が通過するのを気配で感じた。
「!!」
ロアは咄嗟に気付いた。
あの見るからに重そうな鉄球を、あんな大振りの動作で振ったのだ。
鉄球を自分の手まで引き戻すのに、少なくとも数秒の時間は掛かってもおかしくは無い。
それまで少年が持つ武器は、利き手ではない左手に持った鎌だけの筈。
(今だ!!)
好機だと感じたロアは、姿勢を低めたまま、一気に少年へと接近する。
そして、少年の足目がけて剣を振った。
バラヌーンと言えど、自分と同じ「人間」を本気で傷つける気にはなれなかった。
致命傷を与えずとも、足を負傷させ、戦闘不能にさせれば十分だと思った。
ロアの剣の刃が、少年の足に届こうとした瞬間。
一瞬、少年は両足に力を込めるような動きをする。
そして、前方へと飛び上がり、ロアの剣の一振りを避けた。
「なっ……!?」
口から思わず驚愕の声が漏れる。
少年はロアの頭上を飛び越え、そしてロアの背後に着地した。
すぐさまロアは、後ろを振り返る。
(人間業じゃない……まさか、『人間』じゃないのか……?)
鎖鎌を握り直した少年を見つめ、ロアは思う。
彼は肌の色が白くない。故に「魔族」ではなく、「人間」だと思っていた。
しかし、普通の「人間」があんな高さまで飛べる筈が無い。
鎖鎌の少年の身体能力は、常人の域を遥かに逸していた。
魔族を思わせる、無茶苦茶な身体能力。
では彼は、普通の「人間」と変わらぬ肌色を持った「魔族」なのだろうか?
(それとも、『人間』にそっくりな『獣人族』……!?)
考えている余裕は無かった。
鎖鎌の少年は、ロアに向けて真正面から突っ込んできた。
常人の域を超えた足の速さ。ロアに接近するまで要したのは、数秒にも満たない時間。
再び、ロアの剣と少年の鎖鎌がぶつかり合った。
(いや。考えるのは後まわしだ!!)
ロアはとにかく、今は戦いに集中することに決めた。
目の前の少年が「魔族」なのか、若しくは自分と同じ「人間」なのかはわからない。
しかしどちらにせよ、自分と敵対する立場の者であることに変わりはない。それは確かだ。
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【キャラクター紹介 18】“カリス”
【種族】人間
【性別】男
【年齢】15歳
【髪色】ミントグリーン
ロア達と同じクラスの少年で、銀淵の眼鏡を常に着用し、知的な雰囲気を持つ。
誰構わず、敬語を使った丁寧な口調でしゃべるのが特徴。
勉学に関する成績はクラスでもトップで、よくロアやルーノの宿題を代わりにやっている。
槍術を専攻しており、リオ曰く「中々の使い手」。
アルカドール王国のエンダルティオ所属で、ロア達と共にイシュアーナの戦いに参戦する。