第5章 ~ユリス~
城の衛兵に案内されて、ロア達は玉座の間へと通された。
衛兵が大きな扉を開けながら、「どうぞ、女王様がお待ちです」とロア達に促す。
三人は玉座の間へ入る。すると、玉座に腰掛けた美しい少女が挨拶した。
「よく来てくれましたねロア、アルニカとルーノも……」
「久しぶりだねユリス、元気だった?」
赤い絨毯の上を歩きながら、ロアが答える。
ロアが口にした「ユリス」という名前、これが女王の名前だ。
「はい、皆も元気そうで」
アルカドール王国現君主、ユリスは16歳。ロア達より二つ上だ。
何故こんなに若くして国を治める立場にあるかというと、前女王が亡くなり、順当にいって唯一王家の人間であった彼女が王位を継ぐこととなったからである。
王座に着いて以来。ユリスは何よりも国民のことを第一に考えて、このアルカドール王国を動かしてきた。
出来うる限り、税率を低くし、身寄りのない子供達のために孤児院を増設したり。時にはその足で施設へと趣き、彼女自ら親のいない子供達を励ましたりしていた。
彼女自身の美しさと慈愛に満ちた性格もあり、国民からは絶大な支持と信頼を受けていた。
「女王様、今日はどういったご用件で私達を?」
アルニカがユリスに問う。とても丁寧な敬語である。
「そうでしたねアルニカ、では早速本題へ入りましょう」
少し間を開けて、ユリスは、
「三人とも、『魔族』という種族のことを聞いたことはありますか?」
「……『まぞく』?」
初めて聞く言葉に、ルーノは首をかしげた。
「……ロア、聞いたことあるか?」
「ん~、学校の授業でちょっと聞いたことがあるけど、詳しくは……」
どうやらロアとルーノは知らないようだった。やはり説明すべきか、とユリスは口を開こうとする。
「私は聞いたことがあります」
アルニカがそう言う。皆の視線がアルニカへと向く。
「『人間』、『獣人族』、『竜族』、そのいずれにも属さない、かつて闇の力から生み出されたと言われる四つ目の種族ですよね?」
ユリスは頷いて、アルニカの言葉に補足する。
「その通りですアルニカ。そして魔族は数十年前、大軍勢を率いて三つの種族に戦争を仕掛けました」
数十年前、戦争、二つの言葉がロアとルーノの頭の中に、ある言葉をよぎらせた。
「それって……」ロアが言う。
「……もしかして……!?」ロアの後に続き、ルーノが言った。
「そう、後に『第一次アスヴァン大戦』と呼ばれることとなる事件です」
第一次アスヴァン大戦、それは数十年程遡り、
ロアやアルニカが生まれる前に勃発した、アスヴァンの歴史の中で最も大きな戦争である。
この戦争は、闇の王によって生み出された四つ目の種族、「魔族」によってもたらされた。
相対する「人間」、「獣人族」、「竜族」、三つの種族は手を取り合い、「魔族」の侵攻に立ち向かったが、「魔族」の力は予想より遥かに強大だった。
大地を埋め尽くす程の「魔族」の大軍勢により「人間」と「獣人族」は次々とその尊い命を落とし、「魔族」が生み出した翼を持つ魔物によって、「竜族」も次々と散っていった。
しかし、三つの種族も負けてはいなかった。
無数の軍勢を差し向けてくる魔族に、三つの種族は知恵と団結力で立ち向かい、互角と呼べる戦いを繰り広げていた。
そして、140日に渡るアスヴァンの命運を懸けた戦いは、三つの種族の勝利という形で終焉を迎えた。
多くの人々の命と、街の破壊、そして当時のアルカドール国王、「第12代アルカドール国王」の命という、余りにも重すぎる代償と引き換えに……
「『魔族』は滅ぼされ、この世界には平和な時代が訪れました」
玉座の間の窓からは日の光、そして鳥のさえずる声が聞こえてきた。
戦争の時代には、鳥の鳴き声に耳を傾けることなどとは無縁だっただろう。ユリスは続ける。
「この平和は、多くの犠牲と引き換えにもたらされた、かけがえのないものです」
女王は三人の方へ向き直る。その表情は真剣だった。
「しかし今、この平和が再び脅かされそうとしているのかもしれないのです」
「……どういうことだ?」
ルーノが聞いた。ユリスは、
「数日前、感じたのです、『魔族』が今、力を取り戻しつつあることを……」
ユリスの言葉は、耳を疑うものだった。ロア達の表情が驚きで染められる。
「『魔族』は、戦争で滅ぼされたのではないのですか?」
半信半疑になりつつ、アルニカが聞く。
「私もそう思っていました、しかし私の心に確かに映ったのです、間違いなくあれは、『魔族』の姿でした……」
アルカドールの王族は、代々悪しき物を感じる力を持っていた。王族であるユリスも、もちろんその力を有している。
「『魔族』が復活すれば、彼らは再び戦争を起こそうとするでしょう、それだけは絶対に避けなければいけません」
その言葉を言い終えると、ユリスはじっとロアの目を見つめた。
「……ロア」
「なに?」
ロアが返事してから、少しだけ間を開け、
「あなたにお願いしたいのです、『魔族』の根源を断つ役割を……」
「…………え?」
たった一文字、ロアは間の抜けた返事を発した。「魔族」は闇の力を糧とする種族だ。
闇の力が供給されればいくらでも生み出すことができ、そのままでは滅ぼすことは不可能だった。
滅ぼすには、闇の力の根源を断たなければならない。
第一次アスヴァン大戦の中、三つの種族はその結論に至った。
そして彼らは、魔族を生み出した暗黒なる王、「ハードゥラス」こそが闇の力の根源であることを突き止め、これを討ち取った。
闇の根源は倒され、闇の力は永久に断ち切られたはずだった。
しかし、それは間違いだった。闇の力は断たれてなどいなかったのである。
「『魔族』の根源ってのは、一体何なんだよ?」
腕を組みながらルーノが言う。
「……わかりません、ただ一つ言えることは、滅ぼされたと思っていた『魔族』が、徐々に力を取り戻しつつあるということです」
ユリスは続ける。
「ロア、改めてあなたにお願いしたいのです。魔族の根源を断ち切り、この世界の平和を保っては頂けませんか?」
ロアは戸惑っていた。急に「世界の命運を背負え」などと言われても、軽々しく首を縦に振れる筈はない。
彼の気持ちを配慮したアルニカは、
「でも女王様、どうしてロアなのですか? ロアは私達と同じ、ただの子供ですよ?」
アルニカの意見にユリスは首を小さく横に振って、
「いいえアルニカ、ロアの剣術の腕はあなたも知っているでしょう?」
確かに知っている。先ほど、喫茶店で強盗を返り討ちにしたばかりだ。ロアが大人顔負けの剣術の才能の持ち主だということも知っている。
「この国は今、先のアスヴァン戦争で多くの兵士を失い、弱っています。万が一の時の為に、騎士団を遠くへ行かせることはできないのです」
アルカドール王国の治安維持は騎士団が行う。
戦争で兵士が減っている今、騎士団を遠くへ行かせたら、この国は丸腰になってしまうのだ。
治安維持を行う組織がいなければ、犯罪も増えるだろう。
ユリスはロアの方へ歩み寄り、
「ロア、あなたにしか頼めないのです。この世界の平和を守る役割を、どうか……」
そう言ってユリスは小さく頭を下げる。暫くロアは黙っていた。
「……ユリス、一日だけ考える時間をもらってもいいかな?」
それがロアの返事だった。
ユリスは小さく頷き、「わかりました。待っています」と答えた。
「じゃあ、明日の朝にまた来るから」
ロアは玉座の間から出て行った。ルーノもロアに続く。
アルニカはユリスに一礼し、二人の後ろに続く。
「アルニカ、ルーノ、お待ちを」
不意に、出て行こうとしたアルニカとルーノをユリスが引き留めた。
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【キャラクター紹介 03】 “ルーノ”
【種族】獣人族
【種別】兎
【性別】男
【年齢】14歳
【毛色】コバルトブルー
ロアの友達で、兎の獣人族。見た目は背の小さい二足歩行の青い兎。
マイペースで基本はへそ曲がりな性格だが、内面は真っ直ぐでいいヤツ。
兎の獣人族の特性として優れた脚力を持ち、戦闘時にはこの脚力を活かして変幻自在に飛び回る剣術、「イルグ・アーレ」を駆使する。
家は鍛冶屋で、父親と二人暮らし。