第67章 ~アルニカの助け~
リオの炎とヴィアーシェの風、二人が放った魔法は、真正面からぶつかり合った。
それぞれの放った、風と炎の魔法が押し合う形になる。
リオの炎は辺りに熱気とオレンジの光を放ち、
対するヴィアーシェの風は、周囲に砂煙を舞わせていた。
双方の魔法はどちらも譲らず、互角の威力に思えた。
しかし、数秒が経った頃の事だった。
リオの放った炎が、跡形もなく消え去った。
「!!」
熱気とオレンジの光が消え去った代わりに、リオの表情に焦りが浮かぶ。
(やっぱり、風に炎はダメか……!!)
リオの表情には焦りはあったものの、驚きは無かった。
彼女はある程度、この事態を予測していたのだ。
ヴィアーシェの風に、自分の炎が吹き消されてしまう、この事態を。
相性が悪かった。
炎など、風に煽られれば容易く消えてしまう。
魔法でもそれは同じだ。
例えば、炎の魔法を使う者と、水の魔法を使う者が、剣などの武器を使わず、魔法の力のみで決闘したとする。
この二人の魔法の威力が同等と仮定しても、結果は水の魔法を使う者が勝利する可能性が高い。
理由は言わずもがな、炎は水で消えるからだ。
すなわち、炎の魔法を使う者は、自分の攻撃を全て水の魔法で打ち消されてしまう。
(それに魔法の威力が弱まってる。バラヌーンとやり合った時に力を使いすぎた……!!)
魔法の力は、決して無限ではない。
訓練を積んだ魔法使いならば多少は補えるのだが、一度に長時間魔法を使い続けるのは、非常に体力を消費する。
もうリオには、炎の魔法を使う力は残っていなかった。
「くっ!!」
迫りくる風の魔法。
避ける時間など無かった。せめて直撃を避けようと、リオは両腕を顔前で交差させる。
数秒の後、ヴィアーシェが放った風が、リオへとぶつかった。
「うっ……!!」
反射的に目を閉じる。
次の瞬間、リオの体の至る所に痛みが走った。
両足、手の甲、両腕、頬、次々と切り込みが入っていく。
ヴィアーシェの風が襲い掛かり、見えざる刃物の如く、リオの体中を切りつけたのだ。
リオに抗う術など無かった。
彼女に出来たことは、目を固く閉じ、首を両腕で覆って守りつつ、一秒でも早くこの風の攻撃が止むのをを祈る事だけだった。
数秒後。風が止んだ時、リオは目を開いた。
閉じていた視界に光が戻る。
その瞬間、ヴィアーシェが眼前にまで接近していた。
「!!」
気付いた時には、もう手遅れだった。
ヴィアーシェはその場でジャンプし、一回転。
そして、リオの側頭部目がけて、回し蹴りを見舞った。
避ける暇など、無いに等しかった。
「がっ!!」
蹴りに押し出される形で、リオは横へと吹き飛ばされた。
思わず槍を落とし、先ほどの風で頬に入れられた傷から、どっと血液が流れ出るのを感じた。
石のように数回転げた後、リオは地面へとうつ伏せの体制で伏した。
「ぐ……っ……!!」
リオは立ち上がろうとした。
だが、全身に力が入らなかった。もしかしたら、ヴィアーシェの風で刻まれた傷の所為かも知れない。
さらに、蹴りを受けた側頭部が鈍い痛みを放っていた。
不意に、リオの視界が歪み、意識が薄れていく。
恐らく、多量の出血で体内の血液が減った所為だろう。
「はあ、はあ……」
リオはもう、立ち上がる事など出来なかった。
せめて気を失わないよう、意識をつなぎとめるだけで精一杯だった。
「…………」
対するヴィアーシェは、無言のままリオへと歩み寄る。
その片手には、華奢な体のヴィアーシェには不似合な大きさの、大剣。
これから自分が何をされるのか、リオには容易に想像がついた。
(ヤバい……殺される……!!)
リオは苦し紛れに、心の中で呟く。
そうしている間にも、ヴィアーシェは一歩ずつ、ゆっくりと、だが確実にリオへと歩み寄って行く。
両者の距離が、徐々に詰まっていく。
次第に、ヴィアーシェの持つ大剣が、リオにはとても大きく見え始めた。
しかし、ヴィアーシェがおよそ三メートル程の位置までリオに接近した時。
彼女の足が突然止まった。否、止められた。
一人の少女が、リオとヴィアーシェの間に割って入ったから。
「!!」
突然の出来事だった。地面に伏したまま、リオは顔を上げる。
眼前、数メートル前方に、少女の後ろ姿があった。
「ア……」
オレンジ色の髪の毛。リオにとって、見慣れた後ろ姿だった。
「アニー……?」
リオが「アニー」と言う愛称で呼ぶ少女、アルニカだった。
アルニカはツインダガーを握り、ヴィアーシェに向けて険阻な表情を向けていた。
「よくも……!!」
静かながらも、怒りの籠ったアルニカの言葉。
リオを立てなくなるまで傷つけたヴィアーシェに、アルニカは怒りを抱いていた。
アルニカはツインダガーを握った両手に力を込める。
そして、アルニカは正面に立つヴィアーシェと目を合わせた。
整った容姿。黒に近い青色の長髪と、異様に白い肌のコントラストが印象的なヴィアーシェ。
ベイルークの塔でアルニカと一度顔を合わせた、無口かつ無表情で、まるで人形のような「魔族」の少女。
それでも、肌が異様に白いことを除けば、外見的には「人間」となんら変わりは無い。
だが、アルニカは知っている。
外見が「人間」と同じでも、内面は「人間」とは全く違う。
魔族は、人間の感情など持ち合わせない種族。殺戮を好む残忍な種族なのだ。
「…………」
無言のまま、ヴィアーシェも大剣を構え直す。
アルニカに勝算は無かった。
ロアと二人がかりでも敵わなかった相手なのに、自分一人だけで敵う可能性は、限りなく低い。もしかしたらゼロかも知れない。
アルニカ自身も、そんな事は十分に分かっていた。
だがそれでも、たとえ勝算が無いとしても、アルニカに引き下がるつもりは無かった。
自分の後ろには、もう戦える状態にないリオがいるのだから。
もしも今自分が引けば、彼女の身が危ういだろう。
程なくして、アルニカとヴィアーシェ、二度目の戦いが始まった。
種族の違う二人の少女による、ツインダガーと大剣の激しい打ち付け合い。
ロアにも及ぶ剣術の腕を持つアルニカと、「魔卿五人衆」に数えられる程の強さを持つヴィアーシェ。
並みの男性を打ち負かすことなど、造作もない強さを持つ少女二人による、正面勝負。
傍らで、リオはその様子を見守っていた。
(アニー、お願い……!!)
もはや戦えないリオは、ただアルニカの無事を祈るばかり。
ふと、リオは地面に落ちているある物に目を留めた。
先ほど、ヴィアーシェの蹴りを喰らった際に落としてしまった、自分の槍だ。