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第66章 ~予感~

 ルーノとカリスがその場を離れた後。

 残されたヴルームは、「魔族」の将軍のドルーグと一騎打ちの戦いを繰り広げていた。

 ドルーグは四本の腕を持っているが、そのうちの一本の手は素手。


 先ほどの戦いで、カリスによって一本の剣を弾き飛ばされた為だ。

 すなわち、ドルーグが振るっている剣は、全部で三本。


 ドルーグは四本の腕を持ち、四本の腕を自在に操ることの出来る「魔族」。

 彼が三本の剣を振るっているということは、三人で戦っているのと同義だ。

 一騎打ちと言えども、三対一と同じ。

 普通に考えれば、常人ではドルーグに太刀打ちする事は不可能な筈だった。


(この犬男……出来るな……!!)


 だとすれば、ヴルームは「常人」の域を逸していると言えるだろう。

 荒波のように繰り出されるドルーグの攻撃を、ヴルームは一本だけの剣で防いでいる。

 三本の剣の不規則で激しい動きを、彼は完璧に見切っていた。


 アルカドール王国騎士団、副団長の犬型獣人族、ヴルーム。

 彼は、アルカドールの高等剣術、「アルヴァ・イーレ」を極めた、達人だ。


 アルヴァ・イーレが高等剣術と称される所以は幾つかある。

 一つは、扱い時のリスクの大きさだ。

 この剣術は、無防備な構えで相手の攻撃を誘い、その攻撃の勢いを逆手に取る剣術。

 下手を打てば、自分から斬られにいくような事にもなりかねない。


 もう一つは、「アルヴァ・イーレ」が非常に使い手の実力を問う剣術であること。

 相手の剣の動きを完璧に見切る動体視力、必要最低限の動きで攻撃を避ける、若しくは受け流す技術、

 そして、数秒にも満たない一瞬の隙を見逃さず、相手を追い詰めるセンス。

 これら全てを併せ持つ者でなければ、「アルヴァ・イーレ」は到底扱えないのだ。


 その極めて高い習得難易度故、「アルヴァ・イーレ」を会得している者は、アルカドール王国にも数十人しかいない。

 その中で最年少なのが、14歳の若さでこの剣術を会得した、ロアだ。


 そして、ロアに「アルヴァ・イーレ」を教えたのは、他でもないヴルームなのだ。


「おおおッ!!」


 大振りで振られた剣を避け、ヴルームは一気にドルーグとの間合いを詰める。


(この匂いは……)


 接近してみて、初めてヴルームは気付いた。

 ドルーグの持つ三本の剣から、独特のにおいが漂っていたことに。

 人間の鼻では嗅ぎ分けられないが、鋭敏な嗅覚を持つ狼や犬の「獣人族」ならば嗅ぎ分けられる、毒草の臭気。


(ナジメ草……剣に毒を仕込んでいたか)


 剣の射程内に入り、ヴルームはすぐさま剣を振った。

 一瞬の隙を突かれたドルーグには、反撃の手立ても、またその余裕も無かった。


「ぐおッ!!」


 ヴルームの剣の一振りで、ドルーグは右足を負傷し、地面へと倒れた。

 鎧の隙間を正確に狙っていたことからも、ヴルームの実力の程が伺える。

 ドルーグはすぐに立ち上がろうとした。しかし、中断を余儀なくされた。

 自分の喉元に、銀色の刃が突き付けられていたから。


「お前の負けだ、『魔族』」


 剣を突き付け、ヴルームは言う。

 一対一の戦いでは、ヴルームが勝っていた。

 三本の剣を駆使した攻撃など、「アルヴァ・イーレ」の達人であるヴルームにはまるで無力なのだから。


 もう、ドルーグに成す術は無いだろう。

 少しでも動けば、剣で喉を切られる。


「……フッ」


 こんな状況にも関わらず、ドルーグが口元に笑みを浮かべた。


「……何が可笑しい?」


「貴様は俺に勝利したかも知れない。だが、貴様の大事な生徒はどうかな?」


「!!」


 僅かながらも、ヴルームの表情に動揺が浮かんだ。

 それを見透かしたのか、ドルーグはさらに彼を煽るように続ける。


「アルカドールの餓鬼共では、あのお二方……ヴィアーシェ卿とダフィウス卿には敵わぬ」


 そのドルーグの言葉の直後、ヴルームは背後から迫る気配を感じた。

 振り向いた時。一人の「魔族」の兵が剣を振り上げ、襲い掛かってきた。


「!!」


 ドルーグの喉元に突き付けていた剣を戻し、ヴルームは振り下ろされた剣を受ける。

 ヴルームはすぐさま剣を弾き、素早い剣の一撃を見舞い、「魔族」の兵を打ち倒した。

 魔族の兵と言えども、ヴルーム程の強さを持つ者には敵にならなかった。


 そして、ヴルームは再び、ドルーグの方を振り返る。

 だが、そこにはもう、ドルーグの姿は無かった。


「……逃げたか」


 どうやら、ヴルームが「魔族」の兵の相手をしている隙に乗じ、逃げ去ったようだ。






 ヴィアーシェの繰り出す、大剣と風の魔法による攻撃。

 それを防ぎ続けるリオには、限界が訪れ始めていた。

 大剣の攻撃は一撃の攻撃力が高く、たとえ防いでも手首にダメージが入ることは免れられない。


 さらに、ヴィアーシェの身体能力がその大剣という武器の強さに拍車をかけていた。

 大剣は本来、非常に重量のある武器。故に、素早い攻撃を繰り出すことはまず不可能な筈だ。


 その常軌を逸した攻撃を、ヴィアーシェは仕掛けてきていた。

 自分の身の丈程もある大剣を軽々と使いこなし、まるで重量など無いかのように、大剣を振る。

 高い攻撃力に加え、スピードもある絶え間ない攻撃。

 あんな攻撃を繰り出し続ければ、当然スタミナの消費は激しい筈だった。

 なのに、ヴィアーシェは一片たりとも表情を変えることがない。


(全然攻撃の勢いが落ちない……こっちはもう限界が近いってのに……!!)


 対し、リオは苦しげな表情を浮かべていた。

 攻撃を喰らってはいないものの、ヴィアーシェの猛攻で体力を削られ、さらに手首にはダメージが蓄積していた。


「ぐっ!!」


 リオは、ヴィアーシェの大剣による渾身の一撃を受けた。

 槍で防いだものの、再び両手首に衝撃が走り、槍を落としそうになった。


「がはっ!!」


 続けざまに、ヴィアーシェがリオの腹部に蹴りを入れた。

 寸前で身を引き、直撃は避けたものの、受けたダメージは小さくなかった。

 蹴りに押し出されるように、リオは数メートル後ろまで後退する。


 その直後、ヴィアーシェは大剣を頭上に上げ、刀身に大きな風を纏らせた。

 周囲に砂煙が舞いはじめ、ヴィアーシェの長い髪がまるで空を泳ぐようになびき始める。

 彼女は、風の魔法をリオへと叩きつけるつもりだった。


(まだあんな力が……!!)


 腹部の痛みが残っていたが、痛がっている余裕は無かった。

 リオはすぐさま槍を構え直し、槍に炎を纏った。

 魔法に相対出来るのは、魔法だけだ。

 このまま何もしなければ、あの風の魔法をまともに喰らい、バラバラにされてしまう。


 ヴィアーシェは大剣を振り下ろす。

 すると、大剣に纏った風は、リオに向けて進んで行った。

 まるで形の無い、見えない波のように、激しく地面を抉り、周囲に凄まじい風音を放ちながら。

かなりの破壊力なのは見て取れる。あの風を喰らえば、ただでは済まないだろう。


「だあああっ!!」


 ヴィアーシェが放った風に向けて、リオも炎を放った。






「!?」


 ロアと共に「魔族」の兵と交戦していたアルニカは、後方から激しい風を感じた。

 風と共に、地面が抉られるような轟音も聴こえてくる。


 自然の風ではなかった。

 人為的にこんな風を作り出せるのは、思いつく限りではヴィアーシェだけだ。


「(リオちゃん……!!)」


 アルニカの頭に、不安が過る。

 リオは、大丈夫だろうか?

 ロアと二人がかりでも敵わなかったヴィアーシェを相手にして、無事でいるだろうか?


「……ごめんロア、私ちょっと行ってくる!!」


 側で「魔族」の兵と交戦しているロアは、そのアルニカの言葉に振り返った。


「え、アルニカ!?」


 そのロアの言葉に、アルニカは応えなかった。

 もしかしたら、周りの声や剣がぶつかる音に紛れ、彼女の耳には届かなかったのかも知れない。


 そのオレンジの髪を靡かせ、アルニカは走り去って行った。






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