第65章 ~ヴルームの助け~
イシュアーナ共和国騎士団団長のピューマ型獣人族、ヒュウは三人の「魔族」の兵と交戦していた。
彼が剣を振るうたび、まるで草原のような深い緑の毛並がたなびいている。
まず一人目の「魔族」の兵を斬り倒し、続けざまに二人目を斬り倒す。
そして、背後の三人目には、顔面に後ろ蹴りを見舞った。
ヒュウはその剣の腕と体術を駆使し、交戦していた三人の「魔族」の兵を倒した。
「ハア……」
倒した「魔族」の兵を見つめ、ヒュウは軽く息を漏らす。
その次の瞬間、前方から数十本の矢が飛んできた。
「!!」
後方にいた数人の「魔族」の弓部隊が、彼に向けて放った矢だった。
ヒュウはすぐさま身を横に動かし、飛んできた矢を避ける。
「何っ!?」
「こいつ、あの数の矢を避けやがったぞ!!」
ヒュウに向けて矢を放った数人の「魔族」の兵がざわめく。
獣人族の動体視力を駆使すれば、飛んでくる矢を剣で叩き落とすことは出来る。
しかし、「叩き落とす」のではなく、「避ける」のはまた別だ。
矢が放たれ、自分に向けて飛んでくる一瞬の時間で、矢の飛んでくる位置から離れなければならない。
「続けて放て!!」
一人の「魔族」の兵の言葉に、他の「魔族」の兵達は新しい矢を弓につがえ直す。
そして、新しい矢をつがえた弓を前方に、ヒュウが立っている位置に向けた。
およそ15メートル程の位置に、あのピューマ型獣人族は立っている筈だ。
「――!?」
しかし、前方にヒュウの姿は無かった。
魔族の兵達は、右へ、そして左へ視線を向ける。
だが、そのどちらの方向にも、ヒュウの姿は無かった。
魔族の兵達が弓に新しい矢をつがえる為にヒュウから目を離したのは、ものの数秒。
そんな時間では、隠れることはおろか、周りで戦っている者達に紛れることすら出来ない筈だ。
しかも、ヒュウの毛並は緑色。他の者達に比べれば目立ちやすい筈だった。
「奴はどこに行った!?」
一人の「魔族」の兵が、怒気を込めて叫ぶ。
「私はここだ」
突然、「魔族」の兵達の真後ろからその声が聞こえた。
弾けるように振り向く。そして「魔族」の兵達は驚愕した。
数秒前まで自分達の前にいた筈のヒュウが、いつの間にか背後へと移動していたのだ。
ヒュウは剣を振りかざし、数人の「魔族」の兵に切り込んだ。
勝負は一瞬だった。弓を剣に持ち替えさせる時間すら与えず、ヒュウは全員を倒してしまった。
ヒュウはピューマの「獣人族」。
彼が「獣人族」として生まれながらに授かった能力は、「走力」。
ピューマ型獣人族は、ルーノやイルトのような兎型獣人族同様、強靭な脚力を有している。
しかし、兎型獣人族は跳ぶこと、すなわちジャンプに特化した足の構造をしている。
対して、ピューマ型獣人族は走ることに特化した足を持っているのだ。
ピューマ型獣人族の走力は、全ての「獣人族」の中でも随一。
先ほどのように十数メートルの距離を一瞬で詰め、相手の後ろに回ることも可能。
さらに、少しの時間に限れば、垂直な壁を駆けることも出来る。
「うっ……!!」
イシュアーナの上空から響く甲高い鳴き声に、ヒュウは思わず片耳を塞いだ。
鳴き声を発しているのは、ガジュロスだった。
魔卿五人衆の二人が乗ってきたうちの一体だろう。
ガジュロスは空中に滞空し、地の様子を見つめている。
数秒の後、黒い不気味な風貌を持つ「魔物」は、翼を羽ばたかせて地面に滑空する。
そして、少年少女達や騎士団、とにかく「人間」達を無差別に襲い始めた。
「うわああああっ!!」
「ば、化け物だ!!」
「逃げろ!! 喰われるぞ!!」
空中から襲い掛かるガジュロス、騎士団にも、エンダルティオの少年少女達にも成す術は無かった。
ガジュロスにとって、「人間」は羽虫のような無力な生き物だ。自分の「餌」に過ぎない。
一人、二人、三人。次々と、「人間」達はガジュロスの餌食となっていく。
「くっ、ミロル!!」
ヒュウは、後方で「魔族」の兵と交戦しているミローイルを呼んだ。
彼女は交戦していた「魔族」の兵を投げナイフで倒し、ヒュウを振り返る。
「ガジュロスを狙うんだ!! あの怪物を射ろ!!」
ヒュウの指す方向を目で追った。
すると、ガジュロスが「人間」達を襲っている。
アルカドールの者も、イシュアーナの者も。まるで見境なく。
「……!!」
ミローイルは何も言葉を発しなかったが、その表情に怒りを浮かべた。
少女はすぐさま投げナイフを仕舞い、その手に弓を握る。
もう片方の手で、背中の矢筒から一本の矢を取り出した。
そして、怪物に狙いを定め、ミローイルは矢を放つ。
放たれた矢は、まるで吸い寄せられるかのように正確に、ガジュロスの腹部を射た。
ズブッ、と矢が食い込む。
腹部に矢を刺された怪物は、悶えるような鳴き声を上げた後、上空へと飛び退って行った。
彼が現れたのは、ドルーグがカリスに向けて剣を振り下ろそうとした時だった。
ドルーグに向けて渾身の体当たりを見舞い、ドルーグを横へと突き飛ばした。
(だ……誰だ……?)
腹部の痛みに耐え、カリスは顔を上げる。
眼鏡が無い所為で視界がぼやけ、体当たりを見舞った人物の顔は見えない。
「ぐっ!!!!」
不意の一撃に、ドルーグは地面へと倒れた。
そして、体当たりを見舞った人物は、地面に落ちたカリスの銀淵の眼鏡を拾い上げ、カリスに歩み寄る。
「大丈夫か、カリス?」
そうして、その男性はカリスに銀淵の眼鏡を手渡す。
カリスはそれを受け取って、かけ直す。すると、ぼやけていた視界がはっきりと見え、
自分の窮地を救ってくれた人物の顔が見えた。
「ヴルーム先生……!?」
青い毛並の犬型獣人族、ヴルームだった。
教師であると同時に、アルカドール王国騎士団の副団長でもある男性。
「僕は大丈夫です……」
腹部を押さえ、カリスはゆっくりと立ち上がった。
そしてヴルームは、次にルーノに駆け寄った。彼は耳を押さえて、地面に伏していた。
手を貸そうとした時、
「大丈夫だ、化け物の鳴き声で耳をやられただけだ」
「……そうか、無事だな」
耳を押さえながら、ルーノは立ち上がった。
もう化け物の鳴き声は聞こえてはこない。誰かが撃退したのだろうか?
二人の生徒の無事を確認し、ヴルームは振り返った。
「俺の生徒、随分と痛めつけてくれたな」
ドルーグを睨み、ヴルームは言った。
そして彼は、腰の鞘から剣を引き抜き、その刃をドルーグに掲げる。
「……カリス、行くぞ」
不意に、ルーノがカリスの服の裾を引いた。
「でもルーノ君、先生は……!?」
「オレ達が一緒に戦っても、戦力になんてならない。むしろ逆に足手纏いだ」
カリスは腹部を蹴られて負傷し、ルーノは耳を負傷している。
二人とも、万全な状態では無かった。
確かにルーノの言う通り、一緒に戦っても足を引っ張ってしまうだろう。
カリスは今一度、ヴルームの後ろ姿を見つめた。
「……わかりました、行きましょう」
そして腹部を押さえつつ、ルーノと共にその場を去った。
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【キャラクター紹介 17】“ダフィウス”
【種族】魔族
【種別】人間
【性別】男
【年齢】-Unknown-
【髪色】フロスティ・ホワイト
魔族最強の配下、「魔卿五人衆」の一人。外見は20歳前後の若い男性。
ヴィアーシェ同様にその肌は白い。さらに髪色も白。
対して瞳はルビーのような赤色で、纏っているロングコートも赤色。
イワン曰く、その容姿は「中々にイケメン」。
二本の剣を用いた剣術と紫の雷の魔法を扱い、イワンと肩を並べる強さを発揮する。
魔族にしては珍しく、「武人」としての誇りを重んじる性格の持ち主。
その言動を見るに、「ただの悪人」と呼ぶには相応しくない点も幾つか。