第64章 ~果てのなき戦い~
ダフィウスは二本の剣を振りかざし、イワンへと走り寄る。
その白い髪と、纏った真紅のロングコートが激しくなびいている。
両手には、雷の魔法を宿らせた剣。
あの剣が触れれば、また感電させられる。
防いでも同じだ。剣で受け止めれば、剣による攻撃は防げても、電撃は防げない。
(やっぱ、避けるしかなさそうだな……!!)
やはり、それ以外の選択肢は浮かばなかった。
イワンは、その左手に持った剣を構えようとはしなかった。
彼は、ダフィウスの二本の剣に意識を集中させていた。
ダフィウスが横に剣を振る。その瞬間、イワンは膝を折り、姿勢を低めた。
電撃が迸る音と共に、ダフィウスの剣の一振りがイワンの頭上をかすめた。
「!!」
表情には出さなかったが、ダフィウスは驚いていた。
(避けただと? まぐれか……?)
すぐにダフィウスは剣を構え直し、今度はイワンに向けて剣を振り下ろした。
しかし、この攻撃もイワンは避けてしまった。
身を少し、横に動かしただけで。
その後もダフィウスはイワンへと攻撃を続けたが、一度たりとも刃がイワンに届くことは無かった、
横から剣を振っても、上から剣を振っても、イワンは素早い身のこなしで避けてしまう。
「もしかして、俺が出まかせを言ってるとでも思ったか?」
先ほど感電させた時のダメージは残っている筈だった。
それなのに、イワンは表情に余裕すら浮かべている。
正直に言えば、イワンが言ったことはでまかせだと思っていた。
剣を一度も受けずに避け続けるだなんて、よほどの実力者でもなければ出来る筈が無い。
だが彼は、「よほどの実力者」のようだった。
ダフィウスの剣の動き、回避する方向を一瞬で分析してしまう。
その点から見ても、イワンは極めて優れた分析力、そして反射神経の持ち主だ。
「良い動きだ。だが、避けているだけでは俺を倒すことは」
「ああ、できねえな」
イワンは再び姿勢を低め、横に薙ぎ払うように振られた剣を避ける。
そして、ダフィウスの背後へと回り込み、
「そこで、反撃っつー訳だ――」
剣を振り上げ、その刀身に再び炎を灯した。
一瞬で、先ほどとは比べ物にならない程大きな炎を。
「なっ!?」
ダフィウスは驚愕した。
あの一瞬にも満たない時間で、ここまで大きな炎を作り出すとは。
全くの予想外だった。このイワンという人間は、こんな芸当までやってのけるのか。
「――よぉ!!!!」
イワンが剣を振り下ろした瞬間。
巨大な炎は、ダフィウスへと叩きつけられた。
同時に地面が揺るぐほどの爆発と、轟音が轟く。
地面が燃え、炎が踊るように燃え盛った。
イワンは後ろへ飛び退く。剣を左手に、眼前で燃え盛る炎を見つめる。
「ハア、ハア……」
ふと、自分が息を切らしていたことに気付いた。
ダフィウスの攻撃を避け続けていた以上に、巨大な炎の魔法を使ったことによる体力の消耗が大きかった。
(やったか……!?)
数十秒、燃え盛っていた炎が小さくなり始めた頃。
小さな炎が瞬く中、一人の人影が現れた。
「……ちっ、まさかこいつも避けやがったか」
ダフィウスは生きていた。
間一髪で、イワンの放った巨大な炎を避けたのだ。
紫の光を放つ二本の剣を持ち、ダフィウスはイワンへと歩み寄った。
そして、イワンとの距離およそ五メートル程の位置に立つと、
「俺に一瞬でも恐怖を与えたのは、称賛に値する」
イワンが放った巨大な炎を、ダフィウスは避けていた。
しかし、間一髪だったことは間違いなかった。
ダフィウスの赤いロングコートの端が黒く焦げていることからも、そのことは見て取れる。
背後から、あの至近距離で、あんな巨大な炎を放たれるとは思っていなかった。
「ここからは、小細工なしの勝負だ」
そう言い、ダフィウスは魔法を解いた。
彼の両手の剣から紫色の光が消え、銀色の刃が現れた。
「ほー、そりゃ一体どういうつもりだよ?」
イワンが返す。彼はまだ、剣に纏った炎を解こうとはしなかった。
「他意は無い。貴殿とは、真っ向勝負で決着をつけたくなってな」
「……そうやって俺を油断させようってか?」
イワンは炎を纏った剣を構え直した。
ダフィウスはもっともらしい台詞を口にしているが、相手が「魔族」である以上、容易に信用するのは危険だ。
自分の油断を誘い、隙を突くつもりなのかも知れない。
イワンの知る限り。「魔族」はそういった卑怯な作戦を平気で使う種族なのだ。
「だったら諦めな、俺はその手には引っかかんねーぜ?」
「……確かに俺は『魔族』だ」
イワンの考えていることを察したのか、ダフィウスは言う。
「俺だけでなく、俺達『魔族』はこれまで何人もの『人間』の命を奪い、多くの悲しみや苦しみを与えてきた」
そんなこと、言われなくともイワンは知っている。
魔族は下劣で、残忍な種族だ。
人の命を殺すことに何の躊躇も葛藤も持たない種族なのだ。
「んなこと、言われなくたって」
イワンが言いかけた時、
「だがな」
ダフィウスが口を開き、イワンの言葉を遮った。
「俺は『魔族』であると同時に、『武人』だ。戦いに対して嘘は吐かん」
そこまで言い、ダフィウスは両手の剣をイワンに向ける。
そしてはっきりと、イワンの目を見つめ、
「たとえ相手が、『人間』でもだ」
イワンに向けて言い放つ。
魔族とは思えない程に、ダフィウスの目は誠意に満ちていた。
「それが俺の、『武人としての誇り』というものだからな」
ダフィウスは続ける。
彼は、誇りを抱いた「武人」の瞳をしていた。嘘を吐いている目では無い。
「……『魔族』のくせに、格好いい事言うじゃねーか」
イワンは思った。
このダフィウスという男、「魔族」にしては嫌気が無さ過ぎる。正々堂々とし過ぎている。「魔族」だが、「魔族」らしくない。
イワンは、ようやく剣に纏った炎を解いた。
そして、その剣の刃をダフィウスへと向ける。
「受けてやるよ、小細工無しの真っ向勝負」
ルーノとカリスは、ドルーグの四本の剣の攻撃を捌いていた。
二人がかりでも、圧されている。力とリーチの差が勝負に響いていた。
長い槍を使っているカリスはまだしも、基本的に小柄な兎型獣人族のルーノは、その剣も彼相応の大きさ。
相手の攻撃を防ぐことは出来ても、反撃するにはリーチが足りない。
(タコの足みてえな動きしやがって……)
四本の腕を自在に動かしているその様は、まるでタコの足のようにも見えた。
忌々しげに心中で呟き、ルーノはドルーグの攻撃を避ける。
時には剣で防ぎ、時には兎型獣人族の脚力を活かし、フットワークを駆使して避ける。
そしてルーノの側で、カリスは槍を使って応戦していた。
(あの四本の剣……毒仕込みですか……)
カリスは気付いていた。ドルーグの持つ四本の剣の刀身から、何かの液体が滴り落ちていることに。
無色透明なことからして、おそらくはナジメ草。
それは数時間で人を殺せる毒草。かすっただけでも致命的だ。
「(早く勝負を付けた方が、良いようですね……!!)」
カリスは思う。長く戦いを続けるのは、得策ではなかった。
あの毒仕込みの剣で一度でも傷付けられれば、それだけで終わりだ。
「おおおっ!!」
僅かな攻撃の合間の隙を突き、カリスはドルーグの四本の腕の一本に槍を振るった。
そのカリスの攻撃で、ドルーグの剣の一本が弾き飛んだ。
しかし、その後。カリスが槍を引こうとした瞬間、
ドルーグが、空いた一本の手でカリスの槍の槍頭の付け根辺りを掴み、引き寄せた。
前方に引っ張られ、カリスはよろける。
「っ!?」
突然の出来事だった。
一本の剣を弾いたのはいい。しかしまさか、槍を掴まれるとは思っていなかった。
「死ね!!」
その声と共に、ドルーグがカリスに向けて毒剣を振った。
咄嗟にカリスは姿勢を低める。剣が風を切る音が聞こえた。頭上を剣が通過したのだろう。
剣の一振りは避けることが出来た。
しかし、
「!!」
気付いた時には、もう遅かった。
続けざまに繰り出されたドルーグの蹴りが、カリスの腹部に直撃した。
「がっ……!!」
全く手加減の無い蹴りを受け、痛みが腹部から背中まで突き抜ける。
腹部を抑えながら、カリスは地面へと伏した。
付けていた眼鏡が外れ、顔から離れていくのを感じた。
「カリス!!」
ルーノがカリスの名を呼ぶ。
すぐ後、何かが羽ばたくような音が、ルーノの耳に入った。
その羽ばたき音、鳥ではなかった。鳥にしては、大きすぎた。
(何だ!?)
視線を空に、羽ばたき音の発せられている方向へと向ける。
その次の瞬間、ルーノの長い耳に、甲高い鳴き声が響いた。
「うっ!!!!」
ルーノはその場に剣を落とした。しかし、そんなことを気にする余裕は無かった。
その甲高い鳴き声がルーノの耳に入り、彼の耳を劈いていた。
高い聴力を持つ兎型獣人族のルーノにとって、その甲高い鳴き声は凶器に等しい物だったのだ。
「があああっ……!!」
その場に倒れ伏し、ルーノは両耳を抑える。
だがそれでも、甲高い鳴き声は防げなかった。
ルナフ村で、ダルネスからマンドレイク玉の攻撃を受けた時のダメージがまだ残っていた。
ルーノは耳を抑えている手に、水滴が触れるのを感じる。耳から流れ出た血液だろう。
(く……そ……!!)
ルーノは、兎型獣人族の自分が無性に腹立たしくなった。
単なる高い音に耐えられない自分が、情けない。
自分のこの長い耳を切り落としたくなった。
「終わりだ……」
腹部に蹴りを喰らったカリス、甲高い鳴き声を耳に受け、地面に伏しているルーノ。
もう戦える状態にない二人に向かい、ドルーグは歩み寄り、
まずカリスに向け、毒剣を振り上げた。
「ぐ……っ!!」
眼鏡が無くなった所為で、カリスの視界はぼやけていた。
だがそれでも気配で感じる。自分の眼前にいる「魔族」の将軍が、自分に向けて毒剣を振り上げている。
剣から滴り落ちる、ナジメ草の毒が見える。
カリスは立ち上がろうとした。
しかし、蹴りを受けた腹部の痛みが、それを阻んだ。
「このイシュアーナこそが貴様らの墓場だ。アルカドールの餓鬼共」