第62章 ~二つの炎~
ヴィアーシェとリオが地面を蹴ったのは、ほぼ同時だった。
互いの武器は大剣と槍、双方ともリーチはかなり長い。
地面を蹴ってから数秒と待たずに、互いの武器の射程内に入った。
そしてまた、二人が相手に向けて武器を振ったのもほぼ同時。
ヴィアーシェは風を纏った大剣を上から振り下ろし、
対するリオは、炎を纏らせた槍を薙ぎ払うように振るった。
瞬間――リオの炎が瞬く音と、ヴィアーシェの風が吹きすさぶ音に加え、金属がぶつかり合う音が響き渡った。
「(しめた……!!)」
その時、リオはその口元に微かに笑みを浮かべた。
このまま自分の槍が放出する熱エネルギーをあの大剣に与え続ければ、大剣は熱で融解し、切断してしまうことが可能。
大剣を切断してしまえば、ヴィアーシェは丸腰。勝負は決するだろう。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「(……剣が、溶けない!?)」
リオの顔に浮かんでいた笑みは、一瞬で消え去った。
そう。炎の熱エネルギーを受け続けている筈なのに、ヴィアーシェの大剣はまったく融解しなかったのだ。
恐らくあの大剣は、熱に耐性を持つ金属から作られているのだろう。
次の瞬間。ヴィアーシェが再び、大剣を振り上げた。
大剣が纏った風が一層強く巻き起こり、周囲の砂利や木の葉を巻き上げ、互いの髪と衣服をなびかせる。
ヴィアーシェは、巻き起こした風と共に、大剣の一撃をリオに喰らわせるつもりだ。
「(――!! ヤバっ!!)」
リオの心が警鐘を鳴らした。
まるで弾けるように右へ飛び退き、リオは大剣の射程から逃れる。
次の瞬間、ヴィアーシェの大剣が振り下ろされた。リオは、背後の気配でそれを感じた。
大剣が振り下ろされる風切り音。大剣が纏った風が空を切る音。その両方が混ざり合い、地面へと叩きつけられた。
爆発したような轟音と共に、砂煙が舞い上がる。
地面が激しく抉り取られ、無数の瓦礫の破片が、辺りに飛び散った。
「ぐっ!!」
背中を棒で突き上げられたような感覚。
飛び散った数個の破片が、リオの背中に命中した。
背後からの不意の衝撃に思わず体制を崩しそうになるが、とっさに槍を地面に突き立て、どうにか転倒は回避した。
体制を立て直すと、リオはすぐさま槍を構え直し、後ろを振り返る。
自らが巻き上げた砂煙を大剣で切り裂くように払い、ヴィアーシェが突っ込んできた。
姿勢を低め、片手で大剣を持ち、かなりのスピードでリオへと迫るヴィアーシェ。
彼女の暗い青色の髪が、激しくなびいていた。
「(あの大剣を、片手で!?)」
普通に考えれば、あんな細い体の少女があんな大剣を扱える筈は無い。
ましてや、あの細い腕であの大剣を支えることなど、不可能に近いだろう。
それなのにヴィアーシェは、表情一つ変えることもなく、大剣を振るっていた。
自分に向けて突っ込んでくるヴィアーシェ。
再び槍を薙ぎ払うように振るい、リオは迎撃の一撃を繰り出した。
だがその薙ぎ払いは、いとも簡単に避けられた。
ヴィアーシェは前方に飛び、振られた槍を飛んで避けたのだ。
そのまま彼女は空中で一回転。リオの頭上を飛び越え、背後に着地した。
リオが振り返った瞬間、大剣の刃が迫っていた。
後ろを取り、ヴィアーシェがすかさず大剣を振ったのだ。
「っ!!!!」
このままでは、斬られる――!!
すぐさま槍を振り、リオはヴィアーシェの大剣を受け止めた。
だが、攻撃を防いだのもつかの間。
続けざまに、リオに向けてハイキックが放たれた。
胸部を捉えたヴィアーシェの蹴り。防ぐ暇など無かった。
「がはっ!!」
肺の空気が無理やりに口まで押し出されるような感覚。
ドスッ、という蹴りが着弾する音と共に、リオは後方によろけた。
「く……と……!!」
ついでに後方に飛び退き、リオは一度、ヴィアーシェとの間に距離を取った。
このままでは、大剣と風の魔法の攻撃を受け続けるだけだ。
「(これが、『魔族』の最強の配下、『魔卿五人衆』の力……)」
リオは左手で、蹴りを受けた胸部をおさえた。
すると、ズキン……!! と響くような鈍い痛みが走る。
ヴィアーシェに視線を向ける。
彼女は大剣を下ろし、こちらの様子を伺っているようだった。
「(にしても、あのデカい大剣を使いこなしてることといい、あのジャンプといい……)」
先ほどリオが繰り出した薙ぎ払いを、ヴィアーシェはジャンプで避けた。
「人間」の常識で考えれば、そんなことは不可能だ。
ジャンプで避ける所か、それ以前に常人ならば槍を振るスピードを見切れない。
「(『魔族』ってのは……無茶苦茶な種族だよね)」
初めて戦った「魔族」。正直に言えば、予想以上の強さだった。
バラヌーンなどいなくとも、「魔族」の兵だけで十分にイシュアーナを陥落させることが出来るのではと思う程。
「(……だけど――)」
再びリオは、槍の柄を握りしめた。
彼女の大きな瞳に、再び闘志が蘇る。
相手がどれだけ強い者と言えども、ここで根を上げる訳にはいかなかった。
ここで諦めれば、他のアルカドールの少年少女達への恥さらしだ。
何よりも――
「(ここで折れたら、ロアやアニー達。それにイワン兄にも馬鹿にされちゃうよね……!!)」
同刻、イワンはダフィウスと交戦していた。
イワンは愛用の剣を使い、対するダフィウスはその両手に短剣を持っている。
ダフィウスが剣を振るうたびに、その白い髪や、真紅のロングコートがなびいた。
「(結構やるじゃねーか……!!)」
ダフィウスの二本の剣による攻撃をさばきながら、イワンはそう思った。
彼の動きには全く無駄が無く、洗練され尽くした剣さばきだった。
二本の剣をここまで使いこなせる者は、アルカドールに何人いるのだろう。
ぱっと考えて、アルニカくらいだろうか。ただし彼女が使っているのは剣ではなく、ダガーなのだが。
「どうした、こんなものか!?」
「ああ!?」
不意のダフィウスの問いかけ。
イワンはそう返した。
「アルカドールのエンダルティオ指導者というのは名ばかりか、もしや俺の見込み違いか!?」
カチン。ダフィウスの言葉で、イワンの中で何かが切れた。
「……だったら本気で相手してやるよ!!」
それまで左手だけで握っていた剣の柄を、イワンは両手で握る。
そして一度目を閉じ、視界を黒く染める。
イワンはその口元を微かに動かし、呪文のような言葉を呟いていた。
数秒の後――イワンは閉じていた両目を開き、
「サルクーラ・デ・フレイヴォルタ!!」“愚者に炎の鉄槌を!!”
イワンが最後の呪文を唱えた、その瞬間。イワンの剣の刃に、赤い炎が迸った。
剣から発生した炎はたちまち燃え上がり、大きな炎となった。
決まった形を持たない炎は不規則に瞬き、空気を裂くような凄まじい燃焼音を放っている。
「貴殿、炎の魔法の使い手か……」
アルカドール王国の貴族、セイヴィルト一族の一子、イワン。
彼も妹のリオ同様に、炎の魔法を授かっていた。
「どうだ、ビビったろ?」
炎を纏った剣を片手に、イワンは得意げにダフィウスに問う。
しかしダフィウスはその問いに答えることはなく、
「ならばこちらも、奥の手を見せるとしよう」
ダフィウスは再び、二本の剣を構える。
すると、二本の剣からバチバチと火花が飛ぶような音が鳴り、それが徐々に大きくなっていく。
数秒の後、ダフィウスの二本の剣に、紫色の稲妻が纏っていた。
イワンの炎の燃焼音にも並ぶ雷鳴が、バリバリと音を立てている。
紫の稲妻の一部が地面に触れ、轟音と共に地面を抉った。
「お前それ、雷の魔法か……」
「ご名答。では、戦いを続けるぞ」
ダフィウスが紫色の雷を纏った二本の剣を構え直した。
相対するイワンは、オレンジの炎を纏った剣を構え直す。
「ああ、どっからでも来いよ」