第61章 ~リオの選択~
イシュアーナの国に押し入ってきた「魔族」の兵達。
ロア達や、エンダルティオの少年少女達は、それぞれの武器で応戦する。
ロアはアルニカと背を向け合い、ルーノはカリスと背を向け合っていた。
他の仲間達も二人一組で、仲間に後ろの敵を任せ、「魔族」の兵達と交戦している。
「手強いなこいつら……バラヌーン共は囮だったってわけか?」
「恐らくはそうでしょう。まあ確かに、『魔族』なら考えそうなことですが……!!」
戦闘の最中にも関わらず、カリスの口調は丁寧な物だった。
カリスはルーノの言葉に答え、目の前の「魔族」の兵を槍で薙ぐ。
やはり、「魔族」の兵達の強さは、バラヌーンとは桁違いだ。
当然と言えば当然だろう。彼らはこのイシュアーナを陥落させる為に組織された軍隊。
先ほどまで相手にしていた、ただの武装した少年少女達と違い、戦闘の訓練だって受けている筈だ。
「なあカリス、ロア達は大丈夫かな?」
「ロア君達は大丈夫でしょう」
カリスは断言した。
「それよりルーノ君、今は自分達の事を考えた方が賢明なようです」
「ん?」
槍を振るう手を一時止め、カリスはルーノの後ろを指差す。
ルーノがカリスの指した先を視線で追うと、
「……な、何だありゃあ……!?」
その光景を見るや否や、ルーノは驚嘆の言葉を呟く。
数人のアルカドールの少年少女達が、瞬く間に倒されていた。
問題は、彼らを打ち倒している「人間」。いや、あの者は恐らく、「人間」ではないだろう。
何故なら、腕を四本持つ「人間」など、今まで見たことも聞いたこともない。
四本の腕で四本の剣を振るい、少年達を倒すと、その者は自分達に視線を向けてきた。
「……!!」
四本の腕を持つ「魔族」の将軍、ドルーグは、側にいた二人の少年に狙いを定めた。
一人は槍を持ち、銀淵の眼鏡をかけた知的な雰囲気の少年。
そしてもう一人は、青い毛並の兎型獣人族の少年だ。
四本の腕を持つ男が、ゆっくりとルーノとカリスに向かって歩み寄る。
「カリス、ハラくくった方が良さそうだぞ」
「……ですね」
次の瞬間、四本の腕を持つ男は、四本の剣を振りかざし、ルーノとカリスに向かって走り寄って来た。
戦いが繰り広げられる中、ロアとアルニカは眼前に立つヴィアーシェを見つめていた。
ヴィアーシェもまた、無言でロアとアルニカを見つめていた。
ロア、アルニカ、ヴィアーシェ。この三人は以前、塔で剣を交えたことがある。
すなわち、これから始まるのは二度目の戦いだ。
「……今度は、負けない」
その言葉を発したのはロア。
ロアは剣を構える。アルニカもツインダガーを構え、ヴィアーシェも大剣を構えた。
数秒の沈黙、その後、ヴィアーシェが大剣を片手に地面を蹴り、ロア達への距離を詰めた。
その大剣のリーチに入ろうとした、その時――
戦いが始まるのを遮るように、ヴィアーシェの横から炎が飛んできた。
「!!」
「!?」
驚いたのは、ロアとアルニカ。
対して、炎を放たれたヴィアーシェは無表情。
大剣を下ろし、彼女は後ろへと飛び退いた。
一瞬前までヴィアーシェが立っていた場所を、炎と熱気と、オレンジ色の光が包み込む。
三人とも、炎が飛んできた方向に視線を向けた。
「リオ……?」
そこには、リオがいた。
彼女が持つ槍に、小さく炎が瞬く。先ほどの炎は、彼女が放った魔法だった。
しかし、何故なのだろうか。何故リオは、ロア達とヴィアーシェの戦いを止めたのだろう。
ロアとアルニカの前に立つと、リオはその理由を話す。
「ダメだよ二人とも」
理由の説明の出だしは、その言葉だった。
「ダメって……どうして? リオちゃん」
アルニカが聞き返す。
「あのヴィアーシェって『魔族』、風の魔法の使い手だよ。ロアとアニーじゃ、勝負にならない」
ヴィアーシェが風の魔法で少年達を蹴散らした時、リオはそれを見ていた。
同じく魔法の使い手であるリオは、魔法の強さを身に染みて知っていた。
「……どういうこと?」
今度は、ロアが聞き返した。
「魔法使いを倒せるのは、同じく魔法を使える者だけってことだよ」
リオの言うことは正しい。
剣術ならば下手な大人を凌ぐ実力を持つロアとアルニカ。
しかし、ヴィアーシェの魔法の前では、その剣術の腕は無力だ。
ロアの剣でもアルニカのツインダガーでも、ヴィアーシェの風は防げない。
もしも彼女が本気で風の魔法を放てば、二人は成すすべもなくバラバラにされるだろう。
リオが言った通り、魔法を使う者に太刀打ち出来るのは、同じく魔法を使える者だけだ。
どうやらリオは、自らヴィアーシェの相手をするつもりのようだった。
確かに、この三人の中で魔法を使えるのは、彼女だけだ。
「ロア、アニー、悪いけど今回は、あたしに任せてくれない?」
決してリオは、ロアとアルニカの強さを軽んじている訳ではなかった。
寧ろ、二人の強さはしっかりと認めている。
ただ、このまま二人がヴィアーシェと戦えば、二人が勝てる可能性は薄い。リオはそう思っていた。
リオにとってロアとアルニカは、学院のクラスメートであり、大切な友人。
友達想いな一面を持つリオは、ロアとアルニカに危険が及ぶことを知っていて、見過ごすことは出来なかった。
「……ロア、今回はリオちゃんに任せない?」
「だけど、いくらリオでもあの人相手じゃ……」
ヴィアーシェは強い。
ロアとアルニカの二人がかりでも敵わなかった程の相手だ。
リオ一人で、敵うのだろうか。
「心配しなくたって大丈夫だよロア。このリオちゃんを信じなさい」
そう言うと、リオは自分の胸をぽん、と叩いた。
「……分かった。約束だよリオ。後で絶対に、僕たちと合流するんだ」
「お願いね、リオちゃん!!」
そう告げ、ロアとアルニカはその場から去り、「魔族」の兵達との戦いに加わって行った。
だが、ロアはリオに完全に任せたつもりは無かった。
もしも彼女がヴィアーシェに追い詰められるようなことがあれば、直ぐにでも助けに戻るつもりだった。
その考えはアルニカも同じ。ロアとアルニカにとっても、リオはかけがえのない、大切な友人だから。
「さあて、ヴィアーシェ……だったっけ? あたしが相手になるよ」
二人が行ったのを確認し、リオは再び槍の先に炎を灯した。
「…………」
対するヴィアーシェもまた、大剣に風を纏らせる。
人間の少年少女達と魔族の兵達の乱戦の中、二人の少女はそれぞれの魔法の力を宿らせた武器を手に、対峙していた。