第60章 ~二人の魔族~
イシュアーナ共和国の正門前に集結した、無数の「魔族」の兵達。
その群集の眼前に、二匹のガジュロスが舞い降りた。
二匹のガジュロスの背中に乗っていたのは、「魔卿五人衆」のうちの二人。
一人で「人間」の兵士500人と対等に戦えると言われている程の、「魔族」の最強の配下だ。
「お待ちしておりました。ヴィアーシェ卿、ダフィウス卿。総攻撃の準備はつつがなく」
魔族の将軍。ドルーグが二人に告げる。
「…………」
ヴィアーシェは無言。そしてダフィウスは、
「よし、進軍の合図だ」
「御意に」
ドルーグは軽く頭を下げた。
「全員集まれ!! 陣形を組み直すんだ!!」
イワンは少年少女達に声を掛け、戦闘態勢を整えさせる。
そして彼は、門に視線を向けた。
この門の向こうでは、「魔族」の兵達が進撃の準備を整えている筈だ。
脆弱なバラヌーンとは違う、強力な「魔族」の兵達が。
ロア達三人もまた、「魔族」達との戦いに備えていた。
「今度は何が来るってんだ? また弱っちいバラヌーン共じゃねえだろうな?」
「心配しないでルーノ、ロアでさえ敵うかわからない程の連中だから……」
アルニカの返答に、ルーノは唾を飲んだ。
「少なくとも退屈はしないさ。僕が保証するよ」
続けてロアが、青い毛並の兎型獣人族の少年に告げる。
ロアとアルニカは、ラータ村で一度、そしてベイルークの塔でもう一度。計二回、「魔族」と戦っている。
二人とも、「魔族」の強さは身に染みて知っていた。
「来たぞ……!!」
ヴルームが発した言葉に、皆は彼を振り向いた。
振り向いた時、ヴルームは斜め上を見上げていた。
皆が視線を上に向けた時、空から二つの人影がこちらに向かって落下して来ていた。
数秒の後。その二つの人影は、アルカドールの者達の眼前に着地した。
「あ……!?」
「……!!」
アルニカが驚きの一文字を漏らし、ロアは無言で、表情を驚愕に染めた。
落ちて来た二人の人物。その一人に、二人は見覚えがあった。
いや。見覚えがあった、所ではないだろう。
ほぼ黒に近い、腰まで伸びた暗い青色の髪。「魔族」特有の、生気を感じさせない程に白い肌。
精巧に作られた人形のように美しい容姿。そして――背中に掛けられた大剣。
「ヴィアーシェ……!!」
アルニカがその名前を呼ぶ。
と同時に、側にいたルーノが疑問を発した。
「知ってるヤツなのか?」
「ベイルークの塔で一度戦ったんだ。あの人……かなり強いよ」
答えると、ロアは剣を握り、ヴィアーシェに向き直る。
一方、ヴィアーシェは剣を構えようとはせずに、眼前の少年少女達を見つめていた。
何十人、何百人もの少年少女達の敵意ある視線を浴びていても、彼女は表情一つ変えない。
「……ヴィアーシェ、名を知られてるようだぞ。お前結構有名人だな」
黒いローブで顔を覆った「魔族」の男性、ダフィウスは彼女に耳打ちする。
と、その時。前方から突然、「かかれ!!」という一人の少年の声が聞こえた。
その声と同時に、アルカドールのエンダルティオの少年数十人が、二人の「魔族」へと突進して行った。
「な……!!」
恐らくイワンは、心底驚いていたことだろう。
まさか、先ほど「かかれ!!」と言った少年は、この二人の事を知らないのか。
魔卿五人衆の力を、バラヌーンと同じ程度に考えているのか。
「お前等よせ!! そいつらに安易に手を出すな!!」
突進していく数人の少年達の後ろ姿に、イワンは叫んだ。
だが、彼の叫びは最早、少年達には届かなかった。
少年達が迫りくる中、ヴィアーシェは大剣の柄を握り、それを構える。
彼女は大剣を振り上げる、それと同時に、大剣の刀身に風が巻き起こり始めた。
風は次第に風圧を増し、周りに土埃を舞わせ始め、遠くにいたロア達にも届いた。
「これ、あの時の……!!」
ロアは思い出す。ベイルークの塔でヴィアーシェと戦った時、彼女は自分に向けて手の平を向けた。
それと同時に激しい風が起こり、吹き飛ばされ、塔の壁に激突させられ、ロアは意識を失った。
風の、魔法だ。
ヴィアーシェが風を纏った大剣を振り下ろす。と同時に、前方の地面が激しく抉り取られ始めた。
彼女が放った風が、地面を抉り取りながら進んでいるのだ。
「な……!!」
「嘘だろ……!!」
回避することなど不可能。少年達にはもう、成す術は無かった。
ヴィアーシェの放った風を正面からまともに受け、少年達は軽々と吹き飛ばされた。
それとほぼ同時に、ヴィアーシェとダフィウスの後ろ。イシュアーナ正門から、無数の人影がなだれ込んできた。
バラヌーン等ではない、今度は「魔族」の兵達だ。進軍合図を受け、総攻撃に入ったのだろう。
「迎撃準備だ!! 奴らを迎え撃つぞ!!」
イワンは少年少女達に指示を出して、自らも剣を構えた。
と、そのイワンに向かって、一人の人物がゆっくりと歩み寄って来ていた。
魔卿五人衆の一人。ヴィアーシェと共に乗り込んで来た、もう一人の方だ。
黒いローブを身に纏い、顔を隠している。
「アルカドールのエンダルティオ主導者と見受ける。貴殿に一対一の決闘を申し込む」
周りではすでに、「人間」と「魔族」との戦いが始まっていた。
イワンは、目の前にいる男を見つめる。
魔卿五人衆の一人ともなれば、その強さは相当な物の筈だ。
「……わかった」
返事すると、イワンは目の前の「魔族」に向き直った。
「受けてやるよ。俺に決闘を申し込んだ事を後悔させてやる」
そう答えると、「魔族」の男は自ら纏っていた黒いローブを取り払った。
覆い隠されていた顔が現れる。彼は意外なほど、若い容姿をしていた。年齢は20前後だろうか。
ヴィアーシェ同様に生気を感じさせない白い肌。そして、色が抜けたように真っ白な髪。
肌も髪も白い所為で、そのルビーのように赤い瞳が非常に目立つ。
さらに彼は、真紅のロングコートを纏っていた。
(……なかなかにイケメンだな)
イワンから見ると、「魔族」の男は中々に整った容姿をしていた。
「つーかよ、どうせ脱ぐんなら着てこなきゃいいんじゃねーのか? その黒いローブ」
地面に捨てられたローブを指して、イワンは尋ねる。
すると、眼前の「魔族」の男もそれを目で追った。少し考えるような表情を浮かべた後。
「……そうだな。次からそうするか」
意外なほど、間抜けな返事が返ってきた。
「ま、それはそうと……」
魔族の男は、コートに覆われた腰の鞘から、二本の短剣を取り出した。
両手に一本ずつ持ち、右手の剣を頭上に、左手の剣を自分の前に掲げる構えをとる。
「我が名はダフィウス、『魔族』最強の配下、『魔卿五人衆』の一人」
向こうはやるつもりのようだ。イワンは剣を構える。
来るか――そう思ってイワンが身構えていた時、
「……名を名乗れよ」
「は?」
緊張が途切れる。ダフィウスからの突然の命令に、イワンは思わず間の抜けた返事を返してしまった。
「決闘のしきたりだろう。まずは互いに名を名乗る。そんなことも知らないのか?」
……そんなしきたりをわざわざ守っている者がいたとは。
内心、イワンは驚いた。
魔族であるにも関わらず、このダフィウスという男は、しきたりを重んじる思考の持ち主らしい。
「……俺はイワン。『イワン=セイヴィルト』」
その後に続ける言葉を、イワンは数秒考え込み、
「んーと……そうだ、アルカドールのエンダルティオ団長だ」
ぎこちなく付け加え、自己紹介を終える。
「……これでいいのか? ダフィウスとやら」
「ああ。十分だ」
……こいつ、本当に「魔族」か?
イワンは思わず、心の中で疑ってしまった。
「ゆくぞ、『イワン=セイヴィルト』」
「名字付けなくても、『イワン』でいいっつーの。来い!!」
魔卿五人衆のダフィウス、アルカドール王国のエンダルティオ団長のイワン。
二人の戦いが今、始まった。