表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/158

第60章 ~二人の魔族~

 イシュアーナ共和国の正門前に集結した、無数の「魔族」の兵達。

 その群集の眼前に、二匹のガジュロスが舞い降りた。

 二匹のガジュロスの背中に乗っていたのは、「魔卿五人衆」のうちの二人。


 一人で「人間」の兵士500人と対等に戦えると言われている程の、「魔族」の最強の配下だ。


「お待ちしておりました。ヴィアーシェ卿、ダフィウス卿。総攻撃の準備はつつがなく」


 魔族の将軍。ドルーグが二人に告げる。


「…………」


 ヴィアーシェは無言。そしてダフィウスは、


「よし、進軍の合図だ」


「御意に」


 ドルーグは軽く頭を下げた。






「全員集まれ!! 陣形を組み直すんだ!!」


 イワンは少年少女達に声を掛け、戦闘態勢を整えさせる。

 そして彼は、門に視線を向けた。

 この門の向こうでは、「魔族」の兵達が進撃の準備を整えている筈だ。

 脆弱なバラヌーンとは違う、強力な「魔族」の兵達が。


 ロア達三人もまた、「魔族」達との戦いに備えていた。


「今度は何が来るってんだ? また弱っちいバラヌーン共じゃねえだろうな?」


「心配しないでルーノ、ロアでさえ敵うかわからない程の連中だから……」


 アルニカの返答に、ルーノは唾を飲んだ。


「少なくとも退屈はしないさ。僕が保証するよ」


 続けてロアが、青い毛並の兎型獣人族の少年に告げる。

 ロアとアルニカは、ラータ村で一度、そしてベイルークの塔でもう一度。計二回、「魔族」と戦っている。

 二人とも、「魔族」の強さは身に染みて知っていた。


「来たぞ……!!」


 ヴルームが発した言葉に、皆は彼を振り向いた。

 振り向いた時、ヴルームは斜め上を見上げていた。


 皆が視線を上に向けた時、空から二つの人影がこちらに向かって落下して来ていた。

 数秒の後。その二つの人影は、アルカドールの者達の眼前に着地した。


「あ……!?」


「……!!」


 アルニカが驚きの一文字を漏らし、ロアは無言で、表情を驚愕に染めた。

 落ちて来た二人の人物。その一人に、二人は見覚えがあった。

 いや。見覚えがあった、所ではないだろう。


 ほぼ黒に近い、腰まで伸びた暗い青色の髪。「魔族」特有の、生気を感じさせない程に白い肌。

 精巧に作られた人形のように美しい容姿。そして――背中に掛けられた大剣。


「ヴィアーシェ……!!」


 アルニカがその名前を呼ぶ。

 と同時に、側にいたルーノが疑問を発した。


「知ってるヤツなのか?」


「ベイルークの塔で一度戦ったんだ。あの人……かなり強いよ」


 答えると、ロアは剣を握り、ヴィアーシェに向き直る。

 一方、ヴィアーシェは剣を構えようとはせずに、眼前の少年少女達を見つめていた。

 何十人、何百人もの少年少女達の敵意ある視線を浴びていても、彼女は表情一つ変えない。


「……ヴィアーシェ、名を知られてるようだぞ。お前結構有名人だな」


 黒いローブで顔を覆った「魔族」の男性、ダフィウスは彼女に耳打ちする。

 と、その時。前方から突然、「かかれ!!」という一人の少年の声が聞こえた。


 その声と同時に、アルカドールのエンダルティオの少年数十人が、二人の「魔族」へと突進して行った。


「な……!!」


 恐らくイワンは、心底驚いていたことだろう。

 まさか、先ほど「かかれ!!」と言った少年は、この二人の事を知らないのか。

 魔卿五人衆の力を、バラヌーンと同じ程度に考えているのか。


「お前等よせ!! そいつらに安易に手を出すな!!」


 突進していく数人の少年達の後ろ姿に、イワンは叫んだ。

 だが、彼の叫びは最早、少年達には届かなかった。


 少年達が迫りくる中、ヴィアーシェは大剣の柄を握り、それを構える。

 彼女は大剣を振り上げる、それと同時に、大剣の刀身に風が巻き起こり始めた。

 風は次第に風圧を増し、周りに土埃を舞わせ始め、遠くにいたロア達にも届いた。


「これ、あの時の……!!」


 ロアは思い出す。ベイルークの塔でヴィアーシェと戦った時、彼女は自分に向けて手の平を向けた。

 それと同時に激しい風が起こり、吹き飛ばされ、塔の壁に激突させられ、ロアは意識を失った。

 風の、魔法だ。


 ヴィアーシェが風を纏った大剣を振り下ろす。と同時に、前方の地面が激しく抉り取られ始めた。

 彼女が放った風が、地面を抉り取りながら進んでいるのだ。


「な……!!」


「嘘だろ……!!」


 回避することなど不可能。少年達にはもう、成す術は無かった。

 ヴィアーシェの放った風を正面からまともに受け、少年達は軽々と吹き飛ばされた。


 それとほぼ同時に、ヴィアーシェとダフィウスの後ろ。イシュアーナ正門から、無数の人影がなだれ込んできた。

 バラヌーン等ではない、今度は「魔族」の兵達だ。進軍合図を受け、総攻撃に入ったのだろう。


「迎撃準備だ!! 奴らを迎え撃つぞ!!」


 イワンは少年少女達に指示を出して、自らも剣を構えた。

 と、そのイワンに向かって、一人の人物がゆっくりと歩み寄って来ていた。

 魔卿五人衆の一人。ヴィアーシェと共に乗り込んで来た、もう一人の方だ。

 黒いローブを身に纏い、顔を隠している。


「アルカドールのエンダルティオ主導者と見受ける。貴殿に一対一の決闘を申し込む」


 周りではすでに、「人間」と「魔族」との戦いが始まっていた。


 イワンは、目の前にいる男を見つめる。

 魔卿五人衆の一人ともなれば、その強さは相当な物の筈だ。


「……わかった」


 返事すると、イワンは目の前の「魔族」に向き直った。


「受けてやるよ。俺に決闘を申し込んだ事を後悔させてやる」


 そう答えると、「魔族」の男は自ら纏っていた黒いローブを取り払った。

 覆い隠されていた顔が現れる。彼は意外なほど、若い容姿をしていた。年齢は20前後だろうか。

 ヴィアーシェ同様に生気を感じさせない白い肌。そして、色が抜けたように真っ白な髪。


 肌も髪も白い所為で、そのルビーのように赤い瞳が非常に目立つ。

 さらに彼は、真紅のロングコートを纏っていた。


(……なかなかにイケメンだな)


 イワンから見ると、「魔族」の男は中々に整った容姿をしていた。


「つーかよ、どうせ脱ぐんなら着てこなきゃいいんじゃねーのか? その黒いローブ」


 地面に捨てられたローブを指して、イワンは尋ねる。

 すると、眼前の「魔族」の男もそれを目で追った。少し考えるような表情を浮かべた後。


「……そうだな。次からそうするか」


 意外なほど、間抜けな返事が返ってきた。


「ま、それはそうと……」


 魔族の男は、コートに覆われた腰の鞘から、二本の短剣を取り出した。

 両手に一本ずつ持ち、右手の剣を頭上に、左手の剣を自分の前に掲げる構えをとる。


「我が名はダフィウス、『魔族』最強の配下、『魔卿五人衆』の一人」


 向こうはやるつもりのようだ。イワンは剣を構える。

 来るか――そう思ってイワンが身構えていた時、


「……名を名乗れよ」


「は?」


 緊張が途切れる。ダフィウスからの突然の命令に、イワンは思わず間の抜けた返事を返してしまった。


「決闘のしきたりだろう。まずは互いに名を名乗る。そんなことも知らないのか?」


 ……そんなしきたりをわざわざ守っている者がいたとは。

 内心、イワンは驚いた。

 魔族であるにも関わらず、このダフィウスという男は、しきたりを重んじる思考の持ち主らしい。


「……俺はイワン。『イワン=セイヴィルト』」


 その後に続ける言葉を、イワンは数秒考え込み、


「んーと……そうだ、アルカドールのエンダルティオ団長だ」


 ぎこちなく付け加え、自己紹介を終える。


「……これでいいのか? ダフィウスとやら」


「ああ。十分だ」


 ……こいつ、本当に「魔族」か?

 イワンは思わず、心の中で疑ってしまった。


「ゆくぞ、『イワン=セイヴィルト』」


「名字付けなくても、『イワン』でいいっつーの。来い!!」


 魔卿五人衆のダフィウス、アルカドール王国のエンダルティオ団長のイワン。

 二人の戦いが今、始まった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ