第59章 ~二つの影~
いくら剣を振るっても、何人倒しても、一向にバラヌーンの少年少女達が減る気配がない。
一人一人の強さは大したことは無いが、数が多すぎるのが問題だった。
それに、バラヌーン達は捨て身の覚悟で襲い掛かってくる。
闇雲に武器を振り回すかのような、予想のつかない動きがとても厄介に感じられた。
「ぐっ、倒しても倒しても……!!」
「全然数が減る気配がない……!!」
どれほどの時間、剣を振り続けたのだろうか。ロアとアルニカは、疲れを感じ始めていた。
疲れは次第に重なり、集中力やスタミナを奪い始め、二人は次第に追い詰められつつあった。
「そろそろ頃合いだな……まとめてかかれ!! こいつらの息の根を止めろ!!」
眼前に集結するバラヌーン達のどこからか、その声が響く。
それとほぼ同時に、ロアとアルニカに向かって少年少女達が迫ってきた。
ざっと数えて、十人以上。疲労が蓄積しているロアとアルニカを仕留めるには、十分な数。
「アルニカ、来る!!」
「わかってる、だけど私もう、体力が……」
その時、ロア達の目の前に、一人の少年の後ろ姿が現れた。
彼は手にした槍を振るい、ロア達に襲い掛かろうとしていたバラヌーン達に応戦する。
リオ程ではなかったが、彼の槍の扱いは上手かった。みるみるうちに、少年はバラヌーン達を打ち倒していく。
「このやろ……ごぼッ!!」
最後の一人の腹部に槍の柄を突き入れ、昏倒させる。
そして、少年は槍を下ろし、ロアとアルニカを振り返った。
「どうしました? ロア君、アルニカさん」
とても丁寧な口調で、彼はロアとアルニカに言う。
「こんな連中、お二人の力ならば容易く倒せる筈でしょう」
二人の助太刀に入った少年は、カリスだった。
短めの髪型に、銀淵の眼鏡。とても知的な雰囲気を漂わせる少年。
その雰囲気に違わず、ロア達のクラスメートの中で最も成績優秀で博識。
さらに、十人以上のバラヌーンを打ち倒したことからわかるように、槍の扱いにも長ける。
その槍術の腕はリオに次ぐと言われ、あの特別授業に呼ばれる程の腕だ。
カリスも、アルカドール王国のエンダルティオの一員である。
召集を受け、このイシュアーナの戦いに参加していたのだ。
「ロア、アルニカ、もうへばっちまうのか!?」
そう言ったのはルーノ。彼にはまだ、疲れている様子は無い。
これくらいの時間を戦い続けた程度では、獣人族は息切れすら起こさないようだった。
「ルーノ……」
周りを見渡すと、何人ものアルカドールのエンダルティオの少年少女達が戦っている。
皆の表情には、疲れが浮かんでいた。それでも、誰一人として逃げ出そうとはしていない。
ロアとアルニカの脳裏に、いつかのイワンの言葉が浮かんだ。
“くじけそうになった時は、自分の友達や家族のことを思い浮かべろ。そして思い出せ、自分は決して独りではないということを”。
そうだ。くじけそうなのは、自分達だけではないのだ。
それに、ロア達には仲間がいる。ルーノ、カリス、イワン、リオ……目の前はルーノとカリスがいるが、イワンとリオも、どこかで死力を尽くして戦っている筈だ。
自分達だけが音を上げるなど、仲間達への恥さらしだ。
ロアとアルニカは、互いに視線を合わせ、そしてお互いに小さく頷いた。
そしてロアは剣を、アルニカはツインダガーを握り直した。
アルカドールとイシュアーナのエンダルティオ団長という立場の二人、イワンとミローイル。
二人は互いに背を向け合い、バラヌーン達と交戦していた。
イワンは剣を振るい、そしてミローイルは、弓矢で戦っている。
アルカドールのエンダルティオで弓矢を扱う者は何人か見たことがあるが、ミローイルはその誰よりも上手かった。
矢をつがえる動作は素早く、そしてその狙いは正確で、一度たりとも外すことが無い。
彼女が放った矢は、まるで吸い込まれるかのように敵の腹部を射ていた。
「さっきから思ってたんだけどよ、襲ってくるのはバラヌーンの連中ばかりだと思わないか?」
イワンは、自分と背を向けているミローイルに問いかけた。
「同感です。『魔族』の兵が、一人もいません……!!」
そう答えると、ミローイルは背中の矢筒から一掴みで五本の矢を取り出す。
取り出した矢を全て弓につがえ、眼前から迫る敵に向ける。
それから一秒にも満たない時の後、ミローイルは五本の矢を放った。
放たれた五本の矢は、ミローイルを中心にして放射状に広がり、眼前の五人のバラヌーンを射た。
「すっげ……!!」
ミローイルの弓の腕に、イワンは感嘆の声を漏らした。
五本もの矢を同時に放ち、かつ全てを目標に命中させる彼女の弓術の腕は、生半可な物では無かった。
おそらくは、相当な修練を積んだに違いない。
接近される前に矢で射抜き、倒しきれなかった敵は小さな投げナイフで倒していく。
彼女の強さは、イシュアーナのエンダルティオ団長を務めるに十分に値していた。
(俺も負けてらんねーな……!!)
一人の少年が、イワンに向かって斬りかかって来た。
振り下ろした剣をイワンが受け止めると、少年はすぐに弾き、再びイワンに斬りかかろうとする。
しかし、少年の剣が届く前に、少年の剣を持った腕を掴まれた。次の瞬間、少年の腹部から背部にかけて、突き抜けるような痛みが走った。
「う……っ……!?」
口の中に酸っぱい味が広がり、急激に意識が遠のく中、少年は自らの腹部に視線を向ける。
イワンの固い左膝が、自分の腹部にめり込んでいた。
次の瞬間、少年の意識は途絶え、地面へと倒れ伏した。
イワンは剣を下ろす。今の一人で、ひとまず自分達に群がっていた敵は片付いたようだった。
「怪我はないか? ミロル」
左手に剣を握ったまま、イワンはミローイルに問いかける。
彼女も武器は仕舞わずに、その質問に答えた。
「大丈夫ですイワン様、あなたは……?」
勇ましい様子から一変、ミローイルの口調は、再び大人しいものへと戻っていた。
「『イワン』でいい。俺も別に怪我は無いよ、こいつら弱いしな」
先ほど、膝蹴りを喰らわせて倒した少年を見つめて、答えた。
イワンの言う通り、バラヌーンの少年少女達は弱い。ただ武器を持っているだけで、全く使いこなせていない。
動きには無駄が多く、基本的な剣の構えすらなっていなかった。
アルカドールやイシュアーナの者達からすれば、バラヌーン達はまるで敵ではない。
バラヌーンの国家にもエンダルティオがあることは知っていたが、所詮は名ばかりの存在だったのだろうか。
「どうして、『魔族』の兵は攻め入ってこないのでしょう……?」
「さあな。だが奴らは必ず来る、ひ弱なバラヌーンだけでこの国を制圧しようだなんて、思っちゃいないだろうさ」
イワンの言う事にも、一理あった。
少し間を空けて、イワンはミローイルに告げる。
「ロア達が気がかりだ、行こう」
イワンは駆け出し、ミローイルもその後ろに続いた。
ロア、アルニカ、カリス、ルーノ。
彼ら四人の他に、アルカドールのエンダルティオの少年少女達は、敗走するバラヌーンの少年少女達の後ろ姿を眺めていた。
一先ず、バラヌーン達を退けることに成功したようだ。
「アイツら、逃げていくな……」
ルーノが呟く。
開け放たれた正門に向かって遠ざかって行く、「魔族」の奴隷達の後ろ姿を見つめる。
撤退命令が下されたのか、或いは勝てないと踏んで逃げ出したのかは分からない。
分かるのは、アルカドールとイシュアーナの連合軍が、バラヌーンに勝利したことだ。
「一安心……と言った所でしょうか……」
カリスは、くいっと銀の淵の眼鏡に触れる。
その後、聞き慣れた声がロア達四人の方から発せられた。
「いや、安心するのはまだ早い」
振り向くと、後ろにはヴルームがいた。
これまで彼も、死力を尽くして戦っていたのだろう。その衣服が、所々傷んでいる。
「どういうことですか? ヴルーム先生」
アルニカが聞き返すと、ヴルームは視線を斜め上へと向けた。
そして、空を指差す。ロア達はヴルームが指した先を目で追った。
空に、二羽の鳥が羽ばたいていた。
否、鳥ではない。鳥にしては大きすぎる。
それに、鳥があんな耳を劈くような甲高い鳴き声を上げる筈は無い。
「ガジュロス……!?」
ロアが口にしたのは、化け物の名前。
ガジュロス――魔族が生み出した、不気味な風貌と大きな翼を持つ怪物だ。
直後、彼は気付いた。こちらに向かって飛んでいる二匹のガジュロスの背中の上に、誰かが乗っている。
「『魔卿五人衆』……その内の二人だ」
ヴルームのその言葉に、ロア達の表情に緊張が走る。
魔卿五人衆――「魔族」の中でも最強を誇る五人の戦士。
ユリスによれば、彼らは一人で「人間」の兵士500人と対等に戦える強さを持つとのこと。
今、その内の二人が、ここに着こうとしているのだ。
「お前達、戦闘準備に入れ。ここからが本当の戦いだ」
ヴルームは、ロア達に命じた。
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【キャラクター紹介 16】“ミローイル”
【種族】人間
【性別】女
【年齢】17歳
【髪色】シアン
イシュアーナのエンダルティオ団長の少女。本名は『ミローイル=ウィオラ』。愛称は『ミロル』。
長いポニーテールを後ろで丸くまとめた髪型が特徴。
基本的に奥手で控えめな性格だが、戦いの際には勇ましい姿を見せる。
使用する武器は弓と投げナイフ。
特に弓の扱いに長けており、イシュアーナで一、二を争う弓術の腕を持つ。