第58章 ~炎の舞~
後方から上がった火柱、辺りを包む熱気に、辺りを照らすオレンジ色の光。
ロア達と共に、地上での戦闘に加わっていたヴルームは、その火柱を振り返った。
(リオ、あれを使ったのか……)
人垣の向こうに立つ火柱を見つめ、ヴルームは心の中で呟く。
魔法。それはアスヴァンに存在する、異端なる力。
常人には到底不可能な芸当、例えば自らの体を浮かせたり、手を使わずに物を動かしたり――その種類は、星の数ほども存在すると言われる。
リオが使ったのは、その内の一つ。炎の魔法。
リオは、生まれながらに炎の魔法を操る力を授かっていた。
彼女がこの力を授かったのは、セイヴィルトの血筋故。
セイヴィルトの家系には炎の魔法使いの血が入っており、一部の子孫にはその力が受け継がれる事があると言う。
炎を纏った鳥のようなセイヴィルトの家紋は、ここから来ているのだ。
「あのバカ、切り札は最後までとっとけよ……」
剣を振るいながら後ろ目で火柱を見つめ、イワンは呟いた。
そのすぐ後、後ろから誰かが走り寄って来る気配に気づき、イワンは振り返る。
と同時に、彼に向けて剣が振り下ろされた。
「!! っと!!」
振り下ろされた剣を受ける。
斬りかかってきたのは、バラヌーンの少女だった。
敵ながら、イワンから見れば中々に美しい顔だちをしている少女。
「……あんたがバラヌーンじゃなかったなら、友達になりたかったな」
少女の顔を見つめ、イワンは残念そうに呟く。
バラヌーンは、「魔族」に魂を売り渡した者達だ。慈悲の心を捨てた者達なのだ。
相手が女だから手を出せない、などと言っている状況では無い。
それに、「バラヌーンの人間に一片の慈悲もかけるな」、エンダルティオの少年少女達にそう言ったのは、他でもないイワン自身だ。
「ふっ!!」
即座に剣を弾き、少女の両腕を上に払う。
作り出したその隙を突いて、イワンは、姿勢を低めて、一気に間合いを詰めた。
そして、がら空きになった少女の腹部に、剣の柄を突き入れる。
「あっ……!!」
イワンのその一撃で、少女は地面に崩れ落ちた。
彼女の背中を見つめて、イワンは呟く。
「女に手を出すのは、ポリシーに反するんだがな……」
その瞬間、イワンは再び、後ろから何者かの気配を感じた。
振り返った時、イワンの目前には大柄なバラヌーンの少年が迫っていた。
少年の大きな手には、斧が握られていて、今にも振り下ろしてきそうな雰囲気だ。
「ちっ!!」
イワンが剣を構え直そうとした、その時。
彼の真横を、一直線に飛んできた矢が通過した。
飛んできた矢は、イワンに向けて斧を振り上げていた少年を射た。
「!?」
突然の出来事に戸惑いつつも、イワンは視線を矢が飛んできた方向に向ける。
そこには、
「ミロル……!!」
視線の先には、大きな弓を手にした少女がいて、その後ろには武器を手にした無数の少年少女達がいる。
「わたしたちイシュアーナのエンダルティオ、あなたたちをお助けに……!!」
大きな弓を手にした少女は、長いポニーテールを後ろで丸くまとめた、シニヨンの髪型をしていた。
髪色は緑がかった明るい青色で、見ているだけで涼しく感じられそうな色だ。
彼女の名は「ミローイル=ウィオラ」、イシュアーナ共和国のエンダルティオ団長の少女だ。
ちなみに、愛称は「ミロル」。
ミローイルは矢を背中に掛け、腰の鞘から短いナイフを引き抜いた。
そして銀色の切っ先を空に向けて、自分の後ろにいる少年少女達に、
「全員、戦闘用意!! 各の全力を以て我らの友を助け、あの『魔族』の奴隷達を殲滅せよ!!」
それまでのミローイルに似合わず、勇ましい声で皆に告げた。
あの控えめで、おとなしそうな様子だった彼女とは、余りにかけ離れていた。
(マジか……)
その彼女の姿に、イワンは驚きのあまり、呆気にとられていた。
そして、理解した。彼女も、立派にこの国のエンダルティオの団長なのだと。
何百人もの少年少女達を纏め上げる、リーダーなのだと。
ついこの前まで、ミローイルに少年少女達をまとめるリーダーとしての資質があるのかを疑っていたことを、心の中で謝罪した。
うわべで彼女の事を判断すべきでは無かった。イワンはそう思った。
刹那、ミローイルと、イシュアーナのエンダルティオの少年少女達が、戦いへと加わった。
リオを取り囲んでいる少年少女達は、炎の熱気に阻まれ、思うように彼女に近づけなかった。
しかし、その熱気を一番間近で受けている筈のリオに、熱による負担を受けている様子は無い。
常人では耐えられない程の熱気にも耐性がある、炎の魔法を授かった者の特異体質だ。
「ちっ……!! 全員でかかれ!! この女を殺せ!!」
自分を取り囲む者達の中から、リオはその声を聴いた。
同時に、前後左右から、自分に向かって無数の敵が迫って来るのを感じた。
それでも、リオの表情は一片も曇らなかった。
四方から敵が迫るという状況にも関わらず、炎を纏った槍を片手に、彼女は毅然とした表情を浮かべていた。
「……ふう」
リオは一度目を閉じ、一呼吸する。
一瞬の時の後、リオは再び目を開いた。それと同時に、槍の柄を両手で強く握った。
そして、槍を右斜め上に振り上げたかと思うと、右から左へ、扇の形を描くように槍を振った。
槍を振るうと、槍頭に纏っていた炎が尾を引くようにそれを追い、まるでカーテンのように炎の壁が出来た。
「うわああああっ!!」
「あ、熱い!!」
高温の炎を受け、正面からリオに襲い掛かろうとしていた少年達が怯んだ。
前方に道が出来たのを見逃さずに、リオはすぐさま前方へ駆け出す。
「だああっ!!」
掛け声と同時に、リオは炎を受けて怯んでいる二人の少年の顔面を柄で打ち、昏倒させる。
次に、後方から迫って来た数人の少年少女に向け、炎の槍を振り、炎を放つ。
その炎をまともに受け、50人いたバラヌーンの少年少女達は、その半分程が倒された。
「この糞女ぁ!! よくも仲間達を!!」
「くたばっちまえ!! アルカドールのドブネズミが!!」
乱暴な言葉を吐きながら、横から二人のバラヌーンの少女が剣を振り上げ、リオに迫る。
「!!」
気づいたリオは、炎を纏った槍を振るった。
その炎の槍の一振りで、二人のバラヌーンの少女が持っていた剣は、刀身を切断された。
切断された二つの刀身が暫く宙を舞い、地面に落ちる。
カランカラン、と二つの金属音が響く。
「あ、ああああ……」
「な……まさか……」
二人の少女は、刀身を切断された剣を見つめ、意味のない言葉を漏らす。
炎を纏った状態のリオの槍は、高温の熱エネルギーを発している。
熱に耐性を持たない金属ならば、容易く融解させ、切断してしまうことが可能なのだ。
ましてや、あの槍が人体に命中すればどうなるか、そんなことは考えなくとも分かるだろう。
因みに、リオの槍の槍頭は特別な鉱石から精製された金属で出来ており、熱に耐性を持っている。
リオの炎で融解することはないのだ。
「悪いけど、魔族なんかに魂を売ったような奴らに、負ける気はしないよ」
槍を構え直し、リオはバラヌーンの少年少女達に言い放つ。
リオの瞳には、バラヌーンの少年少女達を軽蔑するような想いが籠っていた。
「ほら、どうしたの? かかって来なさいよ」
その挑発的なリオの言葉が、少年少女達の癇に障ったようだった。
残ったバラヌーンの少年少女達が、リオの周りから一斉に襲い掛かる。
だが、リオはやはり動じなかった。
彼女は再び槍に炎を灯し、自分の頭上で、まるで風車のように槍を回転させ始める。
今度は自分の体をコマのように回転させ、円を描くように槍を振った。
その瞬間だった。リオを中心に、まるで竜巻が起こるように炎が巻き上がったのだ。
熱気が周りに放出され、オレンジの光が辺りを包み込む。
炎の竜巻の煽りを受け、リオの足元には土埃が舞った。
「なっ!?」
「おわあああッ!!」
炎の竜巻によって、リオに襲い掛かろうとしていた者達は、皆吹き飛ばされた。
リオが起こした炎の竜巻は、人を吹き飛ばすには十分な威力だったのだ。
だがそれでも、手加減されていた。
もしもリオが本気を出していたのなら、バラヌーンの少年少女達は皆、焼き尽くされていただろう。
炎が消えた後、リオの周りにはもうバラヌーンの少年少女達はいなかった。
先ほどまで、リオに群がるように集まっていたのが嘘のように思える程、彼女の周りは閑散としていた。
しかし、戦いはまだ続いている。
リオが倒したのは、敵のほんの一握り程度の人数でしかないのだ。
今この瞬間にも、ロアやアルニカ達は、バラヌーンの少年少女達と戦っている筈だ。
助けに行かなければ――リオがそう思って、駆け出そうとした時、
突然、彼女の視界が歪んだ。同時に、体から力が抜ける。
それは、突然めまいが起こったような感覚だった。
「う……っ……!!」
リオは直ぐに地面に槍を立て、槍に寄り掛かる体制をとる。
(やっぱり、魔法を使いすぎるのは良くないみたいだね……)
槍に体を寄り掛からせながら、リオは心の中で呟いた。