第56章 ~乱戦~
閉ざされた正門に再び振動が走った。これで三度目だ。
門の向こうの詳しい状況はわからないが、戦いはすでに始まっていることだけは間違いなかった。
状況から考えて、「魔族」はこの門を破り、中へと侵入するつもりのようだ。
整列するように並んだ少年少女達は、皆それぞれの武器を手に、門を見つめていた。
皆の服装は外見上はいつもと変わらないが、普段着の下に鎖帷子を着けている。
鉄よりも固く、羽よりも軽い、そして鎧よりも動きやすいと評判の、イシュアーナ製の防具だ。
「二人とも、死ぬなよ」
両脇にいたロアとアルニカに向けて、ルーノが呟いた。
「ルーノもね」
アルニカが返す。
「全員生きて、アルカドールに帰ろう」
続いて、ロアが返した。
その会話の後、三人はもう何も言わなかった。何も言わず――門を見つめていた。
ズゥン……!! また門に振動が走り、辺りに地鳴りが轟く。これで四度目。
門が破られる時、すなわち戦いの時は近かった。
「イワン!!」
門の上へと続く階段の上から、ヴルームがイワンを呼んだ。
イワンはヴルームに向く。
「門が破られるのは最早時間の問題だ、戦闘準備に入れ!!」
「……オーケー、俺達の出番だな」
イワンの返事に頷くと、ヴルームは再び階段を駆け上がって、門の上に戻って行った。
その後ろ姿を見届けた後、イワンは大きく深呼吸をする。
そして人垣をかき分けて、彼は皆の前へと出た。
「……」
一しきり、イワンは共に戦うエンダルティオの少年少女達の顔を見つめる。
人間の少年や少女に、兎型獣人族、犬型獣人族、狼型獣人族、狐型獣人族。
自分と同じくらいの歳の者もいれば、まだ年端のいかない子供もいる。
種族の違いや、年齢の差は確かにあった。
だが、ただ一つだけ、ここにいる皆が共通していることがあった。
この国を守る為、命を賭す覚悟と信念を持っているということだった。
彼らの目を見ただけで、イワンにはそれが分かった。
小さく息を吐いて、彼は口を開く。
「いいか、『魔族』は勿論、バラヌーンの『人間』や『獣人族』にも一片の慈悲もかけるな!!」
少年少女達は、無言でイワンの話に耳を貸している。
「奴らはすでに、『魔族』に魂を売り渡した者達、慈悲の心を捨てた連中だ!!」
それは、酷な宣告だったかもしれない。
魔族に下ったと言えども、バラヌーンは自分達と同じ「人間」や「獣人族」。
敵が同じ種族の者であったとしても気にせず殺せ、イワンはそう言っているのだ。
だが、イワンの言うように、バラヌーンの者達は慈悲の心など捨て去った身。
殺すのをためらっていれば、こちらが殺される。
彼らは「魔族」と変わらない。命を奪う事に何の躊躇も、葛藤もない者達だ。
そんな外道な連中に、イワンは自分の仲間を奪われたくなかったのだ。
「全員、武器を取れ!!」
一層声を張ったイワンの命令に、少年少女達は一斉に武器を取った。
ロアとルーノは剣を鞘から引き抜き、アルニカは両腰からツインダガーを抜き、そしてリオは、槍を構えた。
五度目の破城鎚の一撃で、イシュアーナの正門はついに破られた。
門が開くと同時に、敵がどっと押し入って来る。
魔族ではなく、敵の全員がバラヌーンの「人間」や「獣人族」だった。
それも、大半がロア達と同い歳くらいの少年少女達。
バラヌーンの国家にも、エンダルティオは存在するのだ。
思った通りだった。これは「魔族」の策略だ。
魔族の兵ではなく、「人間」や「獣人族」の兵を送り込むことで、本気で戦うことを躊躇させ、
対して、慈悲の心を捨て去ったバラヌーン達はその隙を突き、有利に戦える。
人道など欠片も考慮されていない、冷酷な策だった。
だが、屈する事など出来る筈は無い。イワンは左手で剣を抜き、
「行くぞ!!」
一瞬だけ後ろを振り返って、イワンは皆に告げる。
彼は左手に剣を握り、追い迫ってくるバラヌーンの少年少女達に向け、駆け出した。
それを皮切りに、ロア達を始め、アルカドールのエンダルティオの少年少女達も一斉に地面を蹴り、土埃を巻き上げ、そして声を張り上げながらイワンの背中を追い、敵の元へと走り寄って行った。
戦いの火蓋が切られた。イシュアーナの正門前で、何千という数に達する少年少女達が入り乱れ、命のやり取りを繰り広げる。
ロアは剣を振るい、追い迫ってくる敵を一人、また一人となぎ倒して行く。
バラヌーンの少年少女達は、剣術の訓練を受けていないのだろうか、個々の力はさほど大きなものでは無かった。
だが問題は、敵が多すぎることだった。倒しても倒しても、まるできりが無い。
少しでも油断していると、後ろを取られそうだった。
側にいたルーノと、ロアは背中を合わせる体制を取った。
後ろを彼に任せれば、少なくとも後ろを取られる心配は無い。
これは、剣術の授業で習った戦法だった。
「敵とはいえ、やっぱ気持ちの良いもんじゃねえな、『人間』や『獣人族』に武器を向けるのは」
ルーノが剣を振るいながら、ロアの背中でそう呟いた。
ロアは自分に向けて振り下ろされた剣を受け止め、それを弾く。その隙を突き、敵に向けて一刀を浴びせた。
「イワンさんだって言ってただろ? バラヌーンは慈悲を捨てた連中なんだ。『魔族』と同じだって」
ロアはルーノにそう答える。
その時だった。バラヌーンの少年が、ロアに向けて矢を放ったのだ。
いち早く気付いたルーノはその方向に周り、すぐさま剣を振る。
その一振りで、ロアに向けて放たれた矢は地面に叩き落とされた。
ルーノはすぐさま、矢を放った少年に向かって駆け始める。
それに気づくと、少年はすぐに新しい矢を番え、自分に迫ってくるルーノに向けて放った。
だが、ただ一直線に飛ぶだけの矢は、獣人族の動体視力ならば容易く見切ることが出来る。
ルーノは一瞬だけ足に力を込め、飛び上がった。
ただそれだけの行為で、少年が放った矢は容易くかわされた。
目標を失った矢は一しきり飛んだ後、地面に突き刺さる。
「チッ!!」
舌打ちをして、少年は再び新しい矢を番えようとする、
と、その時、目の前に何者かの気配を感じた。
「……え?」
視界を上げた瞬間だった、空中でルーノが繰り出した回し蹴りが、少年の右顔面を直撃した。
兎型獣人族の脚力を載せた蹴り、体が一瞬宙に浮く程の威力だった。
地面に倒れ伏した時、少年はすでに意識を失っていた。
「手加減はしといたぜ」
……返事は返って来なかった。
続けざまに一人の少年が、ルーノに攻撃を仕掛けて来た。
剣を構え直して、ルーノは応戦する。
その側で、ロアは一人の少年と剣を交えていた。
彼はロアより体が大きく、力もありそうな少年だった。
「死ね!!」
一人の少年が、大振りでロアに剣を振った。
肩に力が入り過ぎていて、無駄に動きが大きい。容易く見切る事が出来た。
受けようとはせずに、ロアは姿勢を低めて避け、がら空きになった少年の腹部に、剣の柄を突き入れた。
みぞおちを的確に捉えたロアの一撃によって、少年は地面に崩れ伏した。
だが、気を抜くことは許されなかった。
続いて、三人のバラヌーンの少年少女がロアに攻撃を仕掛けてくる。
(息つく暇も無いな……!!)
攻撃を受けながら、ロアは心の中で呟いた。