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第52章 ~開戦前 #1~

 ヒュウに案内されたホテルは、イシュアーナでも五本の指に入る高級ホテルだった。

 純白の石から造り出された建物は、まるで神が祀られた「神殿」のような佇まい。

 外観は一目で見渡せない程に大きく、エントランスの柱一本一本にも細部まで装飾が施され、優雅な雰囲気が漂っていた。


「すごく綺麗な建物……」


 アルニカが感嘆の声を漏らした。


「このホテルのデザインは、かの有名な『モナン=ベルアーヌ』によるものです」


「『モナン=ベルアーヌ』……!?」


 ヒュウの説明に、リオが反応した。

 モナン=ベルアーヌ、この名前に、リオは覚えがあったのだ。

 リオだけでなく、ここにいた者達の大半はその名前を知っていた。

 ごく一部の者、例えばルーノを除いて。


「誰だ? そのモナカ……何とかって」


「ルーノ、『モナカ』じゃなくて『モナン』。アスヴァンで一番と言われた彫刻師よ」


「てか、『モナカ』だったら食い物だろ……」


 アルニカがルーノに説明して、イワンが笑い混じりにルーノにつっこんだ。


 彫刻師とは、石や木を彫って模様を刻みつけたり、立体物に加工するなどして、素材を芸術作品へと仕上げる人のこと。

 そして、アルニカが言うように、「モナン=ベルアーヌ」はアスヴァン一と言われた彫刻師だ。

 彼は彫刻師として生涯を全うし、その斬新な発想や持ち前の器用さで、数々の芸術作品を世に送り出した。

 しかし、残念ながら彼の作品の大半は、「アスヴァン大戦」の戦火で焼け落ちてしまった。

 故に、現存する彼の作品は多くなく、状態によっては一生遊んで暮らせる程の値段で取引されているという。


 ロア達がこれから泊るこのホテルも、数少ない「モナン=ベルアーヌ」の現存する作品として知られている。

 このホテルを見たいが為に、イシュアーナを訪れる者も少なくないそうだ。


「でも、宿代は大丈夫なんですか? このホテル、結構高そうだけど……」


「ご心配なく。宿代は全て、我々イシュアーナの者が負担します」


 ロアの問いかけに、ヒュウが答えた。


「どうして、そこまでしてくれるんだ?」


「あなた方は、わたし達イシュアーナの希望……」


 イワンの問いに、ヒュウの代わりにミローイルが答えた。

 呟くような小さな声で、彼女は続ける。


「出来うる限りの最高のおもてなしをしろと、チェザーレ様より言い使っております……」


 様づけで呼んでいることから、チェザーレとはこの国の権力者のことだろうか。

 イワンは首を縦に振りながら、「なるほどね」と答えた。






 その後、ヒュウによって皆はホテルの中へと通され、それぞれの部屋へと案内された。

 綺麗なテーブルや椅子、磨かれた鏡、精巧な細工の施されたランプ。外観以上に、ホテルの中は豪華だった。

 さらに、窓からはイシュアーナの近海が一望に出来た。


「すっごいゴージャスな部屋……!! ほらアニー、早く早く」


「ほんと、広い……!!」


 部屋に入ったリオとアルニカ、二人はほぼ同時に呟いた。

 リオとアルニカが二人部屋で、その隣の三人部屋に、ロア、ルーノ、そしてイワンが入ることになった。


「さてアニー、これからどうする?」


 リオは槍を壁に立てかけて、背中からベッドに飛び込む。

 アルニカは腰のツインダガーをはずして、テーブルの上へと置いた。腰が一段と軽くなった。

そして、アルニカもベッドに腰掛ける。


「そーだなあ……とりあえず汗かいたし、軽くシャワー浴びてこよ」


「オッケー、じゃああたしはちょっと昼寝するから、上がったら起こして」


「うん、お休み」アルニカはベッドから立ち上がり、部屋の入り口脇の浴室へと向かう。

 リオはアルニカの後ろ姿を見送って、ベッドの上に横になる。

 程なくして、リオは気持ちよさそうな寝息を立て始めた。






 一方その頃、ロア達三人。


「じゃ、オレちょっと散歩行ってくるわ」


 剣や手荷物をベッドの上に置いて、ルーノはロアとイワンに告げた。

 ヴルームによれば、夕食の時間までは各々自由行動だった。

 戦いに備えて武器の手入れをしたり、ゆっくりと体を休めるようにと告げられている。

 しかし、ルーノは休む必要など無かった。獣人族故に、二時間歩き続けた程度では少しも疲れないからだ。

 このイシュアーナは、滅多に来る機会はないだろう。

 せっかくの機会だ。ルーノは、この国を見ておこうと思ったらしい。


「夕飯までには帰ってこいよ、じゃねーと飯抜きだぞ」


「わかってる。じゃあ後でな」


 ルーノは軽く手を振って、部屋から出て行った。

 それを見送って、イワンはベッドの上に仰向けになる。そして、壁にかかった時計に視線を向ける。

 時計は、午後五時を指していた。


「夕飯まであと二時間あるな……ロア、お前はどうすんだ?」


「うーん、僕は休んでようと思います」


 ロアも、イワンの隣のベッドへ腰掛ける。


「ずっと歩きっぱなしで疲れたし。イワンさんは?」


「俺も別に用はねーしな……それに」


 イワンは体を起こして、鞘に収められた自分の剣を手に取る。

 左手で柄を握って、剣を鞘から引き抜いた。


「こいつの手入れも、もう済んでるしな」


 磨き上げられた銀色の刃を見つめる。

 この剣を購入したのは、イワンが15歳だった頃。高等部に進級した時だ。

 三年間愛用し続けている、相棒だ。


「ふッ!!」


 ベッドに腰掛けたまま、イワンは剣を横に振った。ヒュン、と空気を切る音が響く。

 今度は上から下に、次は斜め下から斜め上に。

 一しきり振った後、イワンは剣を鞘に収め、それをベッド脇のサイドテーブルの上に置いた。


「お前はもう準備出来てんのか?」


 イワンは持参した水筒に口をつけながら、ロアに問いかける。


「うん、あとは休んで、ご飯食べて力を付ければ、準備完了です」


「そうか」


 答えると、イワンは水筒から口を離し、キャップを閉めて、それをカバンの中に仕舞う。

 再びベッドに横たわって、仰向けになる。


「ロア、茶でも淹れてくれ」


 イワンが指した先には、丸い木製のテーブルがあった。

 その上には陶器製のピッチャーと、同じく陶器製のティーカップが三つ置かれている。

 このホテルのサービスだろう。


「えー、イワンさんが淹れて下さいよ」


「ほざけ。俺はお前の先輩だぞ? それに俺はお前より強いんだぞ?」


 イワンはロアよりも強い。確かにそれは事実だ。

 学院の生徒の中でも最強と謳われるイワンの強さは、ロアを超えている。

 従うしかなかった。しぶしぶロアはベッドから立ち上がり、テーブルに歩み寄る。


「はあ。『サボり常習犯』て呼ばれてるくせに、こんなときばっかり先輩づらして……」


「あ? 何か言ったか~?」


 そこらへんの埃でも拾って入れてやろうか、カップに紅茶を注ぎながら、ロアは思った。

 まず一つ目のカップに注いで、次に二つ目を注ごうとする。

 その時だった。

 隣の部屋から、絶叫するような少女の悲鳴がこだましたのだ。


「!?」


 ロアは、紅茶を注ごうとした手を止める。

 イワンは、ベッドの上で弾けるように体を起こした。


「今の声、アルニカじゃねーか!?」


 イワンが言った時、すでにロアは部屋の入り口へと走っていた。

 ベッドから降りて、イワンもロアに続く。


「どうしたのアルニカ、今の悲鳴は!?」


 ロアがアルニカ達の部屋の扉を開けると同時に叫んだ。


「あ、ああ、あ、あ……」


 扉のすぐ側にいたアルニカは答えなかった。

 答えずに、途切れ途切れに「あ」と漏らし、部屋の床を指差していた。


 ロアとイワンは、彼女が指す場所を視線で追う。

 すると、ゴキブリが一匹。床の上を行進していた。


「…………は?」


 ロアが気の抜けた声を漏らした。

 どうやら、先ほどのアルニカの悲鳴は、このゴキブリが原因らしい。


「こんな虫一匹で大声出すなよ……」


 ぺしっ、イワンがスリッパで叩いて気絶させ、のびている黒い生命体を窓から投げ捨てた。


「あんな凄い悲鳴出すから、何があったのかと……」


 ため息と共に、ロアが呟く。


「ああ。てっきり、『魔族』の奴らが部屋に乗り込んで来たのかとでも……」


 そこで、イワンの言葉は止まった。


「あ…………」


 同時に、イワンの隣で、ロアが一言だけ呟いた。


 ロアとイワンの目の前には、アルニカがいる。それは問題ではない。

 問題だったのは、アルニカがいつもの服装ではなく、体にバスタオルだけを巻いた格好だったことだった。

 濡れた髪や、所々水滴のついた白い肌。シャワーを浴びたのだろう。

 彼女は、いつも左前髪につけている髪留めを外していた。

 その女性の象徴たる胸元の三分の一程が、バスタオルから覗いていた。


 完全なる不測の事態、三人の思考は完全に停止した。否、止まらざるを得なかった。


「ちょ…………」


 そして、三人の中で一番最初に思考を回復させたのは、アルニカだった。

 彼女の顔が、まるでグラスにトマトジュースを注ぐように赤くなっていく。


「ちょっと、やだ!!!!」


 次の瞬間、アルニカはロアとイワンに向けて、空気を一刀両断する程の勢いのビンタを見舞った。



 バチィィィィィィィイイイィィィイイイイイ――――ン!!!!



 先ほどの悲鳴にも勝る程の、渇いた音が響き渡る。


「痛ぁぁああああああああああ――――っ!!!!」


「いいい痛ってええええェェェ――――ッ!!!!」


 アルニカが繰り出したビンタが、ロアとイワンの頬を直撃した。






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