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第50章 ~それぞれの決意~

 モルディーア城。ここは「魔族」の者達の王国、モルディーア王国の中心に位置する城。

 城の玉座の間に続く薄暗い廊下で、二人の人物が歩を進めていた。

 一人は、黒いローブを身に纏った「魔族」の男性、そしてもう一人、男性の隣で歩を進めているのは、ヴィアーシェだった。

 彼女が足を進めるたびに、その腰まで伸ばされた暗い青色の髪が波打つように揺れている。


 二人は玉座の間へと続く扉を開き、玉座の間へと足を踏み入れる。

 玉座の間もやはり薄暗くて、灯りは壁の燭台に灯された炎だけだった。


《待ちかねたぞ……ダフィウス、ヴィアーシェ……》


 洞窟の中で反響するように聞こえたその声に、二人は地面に片膝をつく。

 次いで二人は左手のひらを右胸に当てて、恭順の意を示す姿勢をとる。


「申し訳ございません。我らが主君、ハードゥラス大王」


 恭順の姿勢をとったまま、「ダフィウス」と呼ばれた男性が答える。


《……まあよい、本題へと入ろう》


 この玉座の間には、ダフィウスとヴィアーシェ以外の者は誰一人いない。

 その声は、誰も座っていない筈の王座の方から聞こえてくる。


《このモルディーアには今、5000人の魔族の兵が待機している》


 実体を持たない声だけの存在は、二人の返事を待たずに続ける。


《さらにバラヌーンから、6000の人間や獣人族の兵を得ることが出来た。合わせれば総勢11000の軍、アスヴァン三大国に次ぐ力を持つイシュアーナと言えど、この数でかかれば一溜まりもあるまい》


「しかし、我が主君よ」


 ダフィウスは言う。


「イシュアーナは、あのアルカドールと同盟を結んでいる国、イシュアーナを落とそうとすれば、アルカドールが黙ってはいないかと」


《その為に、お前達のような戦士が生み出されたのだ》


 ダフィウスの問いに、声だけの存在は間髪入れずに答える。


《開戦は明日の夜明けだ。ダフィウス、ヴィアーシェ、今回の戦い、そなたらの働きに期待しているぞ》






 アルカドール城の玉座の間、王座に腰かけたユリスと、その両脇に立つイルトとロディアス。

 彼らと向かい合う位置にロア、アルニカ、そしてルーノがいた。

 今日ルーノが学校を休んだのは、鍛冶屋の仕事の関係とのことらしい。

 ロア達がここに足を踏み入れたのは、あの旅立ちの朝以来のことだった。


「『魔族』は……イシュアーナ共和国に攻撃を仕掛けようとしています」


 ユリスが語る。


「モルディーア王国にはすでに、5000人の『魔族』の兵が集結しています」


「5000人? それだけの兵であのイシュアーナに攻め入る気なのか?」


 そう答えたのはルーノ。

 イシュアーナ共和国は、アスヴァンの南側に位置する沿岸国で、アルカドール王国の同盟国だ。

 海洋貿易によって栄えた国で、魚類等の海産資源の生産量はアスヴァンでも随一。

 さらに、その領土と兵力はアスヴァン三大国にも匹敵すると言われ、少なく見積もってもおよそ7000程の兵力を保有していると言われる。


 ルーノが言うように、5000の兵で攻め落とせるとは考えにくかった。


「イシュアーナに攻め入るのは魔族だけじゃない」


 そう言ったのはイルト。皆は彼に視線を向ける。


「バラヌーンの人間や獣人族の兵もいる。それを加えれば、敵は合計11000の軍勢になる」


 数十年前のアスヴァン大戦時、魔族の持つ邪悪な力に魅入られ、

 人間や獣人族でありながら、魔族の傘下に下った国家も少なからずあった。

これらの国家や、魔族に下った者達を総称して、「バラヌーン」と呼ぶ。アスヴァンの言葉で、その意味は「奴隷」だ。


「それから、魔族には『魔卿五人衆』という人智を超えた恐るべき力を持つ五人の配下がいる」


 ロディアスが言った。


「この者達の強さは、一人で人間の兵士500人と対等に戦えると言われている程だ」


 一人で人間の兵士500人と対等に戦える強さ……ロア達には、全く想像がつかなかった。

 ユリスの説明によれば、魔族はイシュアーナの襲撃に魔卿五人衆のうちの二人を送り込むつもりらしい。

 5000人の『魔族』の兵士に、6000人のバラヌーンの兵士。

 合計11000人の兵士に加えて、500人の『人間』の兵と対等に戦える程の強さを持つと言われる者が二人。

 その二人の人物を一人で500人分として、二人で1000人。

 単純計算すると、敵の総兵力は12000、イシュアーナの兵力を大きく上回っている。


「魔族は、本気でイシュアーナ共和国を滅ぼすつもりってこと?」


「……おそらく」


 ロアの問いかけに、ユリスは小さく頷きながら答えた。


「でも、その目的は? イシュアーナを滅ぼして、『魔族』に何の利益があるんです?」


 アルニカがユリスに問いかける。

 ユリスよりも先に、アルニカの隣にいたルーノが口を開いた。


「ただ単に暴れたいってだけじゃねえのか? 魔族ってのは破壊や殺戮を好む種族なんだろ?」


「それは私にも分かりません。しかし、イシュアーナ共和国はこのアルカドールの同盟国、ただ手を拱いて見ている訳にはいきません」


 ユリスは思い出す、先ほど頭に浮かんできた光景を。

 イシュアーナ共和国の美しかった街が見る影もなく壊され、火を放たれ、罪のない人達の命が奪われていた、あの地獄のような光景。

 このままでは、あの光景は現実のものとなる。他国と言えども、イシュアーナは同盟国だ。見過ごすことなど出来る筈がない。


 それならば、この状況でユリスがすべきことは、一つだった。


「救援として、このアルカドール王国からイシュアーナに3000の兵騎士団を送ることを決定しました」


 そう。救援の兵を送ること。

 アルカドール王国の現在の兵の総数は、およそ11000。アスヴァンの国家の中でも一、二を争う数だ。

 11000人も兵を保有しているのなら、半分にも満たないたった3000だけでなく、もっと送ってもよいのではないかと思うかもしれない。

 だがもしもの場合を考えると、アルカドール王国から余りに多くの兵を離れさせすぎるのは危険だった。

 兵をイシュアーナに送るということは、それだけアルカドール王国にいる兵が少なくなり、王国の守りが手薄になる。

 もしも魔族がその瞬間を狙い、アルカドール王国へと標的を変更したりでもしたら、取り返しのつかない事になってしまう。


 イシュアーナは守れたけれど、自分の国は滅ぼされてしまった。そんなことでは話にならないだろう。

 アルカドール王国の女王たるユリスが何よりも優先すべきなのは、自国民の安全なのだ。


「でもユリス、3000の兵士だとまだ、『魔族』達の兵力には届いていないよ?」


 イシュアーナの保有する兵士は7000、そこに3000のアルカドールの兵が加わっても、合計10000。

 ロアの言う通り、敵の兵力の12000を下回っている。


「その通りです。だから3000の兵に加えて、エンダルティオの戦士達も援軍としてイシュアーナに送ることに決めました」


 ユリスが言った瞬間だった。

 ロア達三人の後ろから、玉座の間への扉を開く音が響く。


 後ろを振り向くと、無数の足音と共に何十人もの人物が玉座の間へと入ってきた。

 いや、何十人どころではなかった。百人以上はいるだろう。

 その全員が、13~18歳くらいの人間や獣人族の少年少女だ。その殆どが、ロア達には見覚えのある顔ぶれだ。

 特に、少年少女達の先頭に立っていた二人の人物には。


「あ、イワンさん……?」


 ロアが漏らす。


「それにリオちゃんも……」


 続いてアルニカ。


「よっ、親愛なる我が後輩達よ」


 片手を上げて、イワンがロア達に挨拶した。

 イワンはロア達に歩み寄る。すると、彼の隣を歩いていたリオや、後ろの少年少女達も、ぞろぞろとイワンに続いた。


「まあ大体は女王さんの説明通りだ、今回は俺達も一緒に戦うっつーことさ」


 ロア達にそう告げると、イワンは金髪をかきあげた。すると、彼の右耳についたひし形のピアスが露わになった。

 無駄に長い髪型に、金髪、それにあのピアス。貴族の御曹司っていう立場なのに、相変わらずチャラい格好だな。ルーノは思わずそう突っ込みそうになった。

 しかし、その突っ込みは止めざるを得なくなった。イワンの隣にいた少女が、ルーノに先んじて言葉を発したから。


「そっ、アルカドール王国の、エンダルティオの戦士としてね」


 イワンに続いてそう続けたのは、彼の隣にいた少女。イワンの妹のリオだった。


 エンダルティオとは、20歳未満の少年少女達によって組織された騎士団の名称だ。

 元は、アスヴァン大戦で多くの兵士を失った国が、兵不足を補う為に組織した騎士団。

 現在では、アスヴァンの三分の二以上の国家が、このエンダルティオという、少年少女達の騎士団を有している。


 エンダルティオに所属する少年少女達は、普段はそれぞれの生活を送り、有事の際には召集を受け、国の為に戦う。

 歳が若くとも、彼らは立派な「兵士」として扱われるのだ。

 ちなみに、エンダルティオとはアスヴァンの言葉で「盾となる者」の意。


 イワンは、アルカドール王国のエンダルティオの団長である。

 彼はロア以上の優れた剣術の腕を持っていただけでなく、統率力、リーダーシップにも優れていた。

それらの点を評価されたことが、イワンがエンダルティオの団長に選ばれた理由だ。


 リオも槍術の腕前を評価され、兄のイワン同様にエンダルティオに所属している。


「ここにいるのは全員ではありませんが、彼らエンダルティオの戦士は総数2500人、10000の兵に加われば全部で12500。僅かながらも、敵の勢力を上回ることが出来ます」


「いや、まだいるよ。僕も戦う」


 ロアが名乗り出た。


「僕は魔族を許せない。奴らと戦うのなら、僕も力になる!!」


 そのロアの言葉は、とても力強い言葉だった。

 彼は思い出していた。ラータ村で見た、あの無数の墓標を。そして、その墓標の前で泣き崩れていた何人もの人々を。

 人の命をゴミのように扱う魔族を、ロアは赦すことが出来なかった。出来る筈がなかった。


「私も戦います!! ロア程強くはないけど……私も力になってみせます!!」


 アルニカが言った。彼女も、ロアと同じ気持ちだったのだ。


「オレも一緒に戦う。ロア達が戦うのに、オレ一人だけ黙ってるなんてこと出来るか」


 続いてルーノが言った。

 ユリスは三人の目を見る。皆、その瞳に確固たる意志を宿していた。


「……そう言ってくれることを願っていました。ロア、アルニカ、ルーノ」


 そのユリスの言葉に、三人は小さく頷く。

 ユリスは王座から立ち上がり、ロア達三人だけでなく、ここにいるエンダルティオの少年少女達全員にも告げる。


「開戦は明日の夜明けです。準備が整い次第、貴方達には騎士団と共にイシュアーナへと赴いていただきます」


 アルカドールからイシュアーナへは、歩いておよそ二時間。

 馬を使えばもっと早いだろうが、騎士団はともかく、少年少女達には馬は行きわたらないだろう。つまり、二時間かけてイシュアーナへと歩くしかない。

 だが、リオやイワンを含め、少年少女達は、誰一人としてそんなことを気にする素振りも見せない。


「イワン」


 ユリスはイワンの名を呼び、彼と目を合わせる。


「2500人のエンダルティオの戦士、皆のご武運を祈ります」


「……」


 無言のまま、イワンは小さく頷いた。

 イワンは後ろを振り返り、エンダルティオの少年少女達を見つめる。

 歳の幅や種族の違いもあるが、彼らは皆、例外なくイワンの仲間であり、かけがえのない友だ。


「いいか、俺達はエンダルティオの戦士。戦地に赴くからには、最後の最後まで死に物狂いで戦え」


 彼は、皆の顔を一しきり見つめた後で、


「くじけそうになった時は、自分の友達や家族のことを思い浮かべろ。そして思い出せ、自分は決して独りではないということを」


 これから戦場へと赴く何百人もの少年少女達を、言葉だけで奮い立たせるイワン。

 ロアやアルニカは、そのイワンの姿にただ驚いていた。

 いつもの、授業をサボり、学院から問題児扱いされているイワンからは、余りにもかけ離れた姿だった。


「ロア……イワンさんって、あんなに頼もしい人だったっけ?」


 アルニカがロアに耳打ちする。ロアは無言のまま、小さく首を横に振った。


「行こう、俺達の戦いへ」


 静かな口調ながらも、決意に満たされたイワンの一言に、少年少女達は皆同時に「戦いへ!!」と勇ましく声を上げた。

 少年少女達はその場で踵を返し、玉座の間を後にする。イワンとリオも、彼らに続いて行った。


「僕たちも行こう、アルニカ、ルーノ」


 ロアは二人を呼び、玉座の間を後にしようとする。


「ロア」


 その彼の後ろ姿を、ユリスが引き留めた。

 ユリスを振り向くと、ユリスはロアに一言だけ告げた。


「ご武運を」


「……うん」ロアは頷いた。


 そして、ロア達三人も玉座の間を後にした。






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【キャラクター紹介 14】“リオ”




【種族】人間

【性別】女

【年齢】15歳

【髪色】マゼンタ



 ロア達と同じクラスの少女で、イワンの実妹。

 アルカドール王国のエンダルティオに所属している。

 アルカドール王国の貴族、「セイヴィルト家」の第二子であり、本名は「リオ=セイヴィルト」。

 大きな瞳に、紫がかったピンクのショートヘアが印象的で、非常に明るく、活発な性格の持ち主。

 友人は多く、特にアルニカとは仲が良い。彼女のことは『アニー』という独自の愛称で呼ぶ。

「遅刻居眠り常習犯」という通り名を与えられているものの、その槍術の腕は極めて高く、ロアと互角以上に渡り合う程。

 ヴルームの発言からして、彼女は何か特別な力を有しているようだ。






【キャラクター紹介 15】“イワン”




【種族】人間

【性別】男

【年齢】18歳

【髪色】トパーズ



 セルドレア学院高等部三年生で、リオの実兄。本名は「イワン=セイヴィルト」。

「セイヴィルト家」の第一子で、貴族の御曹司だが、その長めの金髪や耳のピアスからは想像もつかないだろう。

 殆ど授業に出ていないことから「サボり常習犯」という通り名を付けられ、リオと兄妹揃って問題児扱いされている。

 しかしながら、その性格は極めて誠実で、妹のリオ同様に嫌味が無く、ロア達にとっては良き先輩と言える立場にある。

 友人も多く、クラスでの信頼も厚い。


 エンダルティオの団長を務めており、その剣の腕はロアを超え、学院の生徒の中でも最強と言われる。

 魔族の侵攻に立ち向かう為、2500ものエンダルティオの少年少女達を率い、イシュアーナへ向かうこととなった。






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