第47章 ~カリス対アルニカ~
槍のリーチまで距離を詰め、カリスはアルニカへ向けて右から左に薙ぎ払うように槍を振るった。
片手のダガーだけでは受け止め切れないと思ったのだろう、アルニカは両手のダガーを交差させ、槍を受ける。
カリスはすぐさま槍を引き戻し、今度は左から右へと槍を振るうが、この一撃もやはり、二本のダガーで止められてしまった。
(……!? この感じ……)
カリスは、槍を受け止められた時の感触に違和感を感じた。
そして、その違和感はすぐに確信へと変わり、カリスはある結論を導き出した。
「なるほど、『エレア・ディーレ』……僕の攻撃の威力を殺しているわけですね」
普通に考えれば、男性で力もあるカリスの攻撃を、アルニカがあんなに簡単に受け止められる筈がない。
その疑問を解消する答えは、アルニカが用いている剣術、「エレア・ディーレ」にあった。
エレア・ディーレは主にツインダガー使いの女性が用いる剣術。女性は基本的に力が弱く、男性と比べると攻守両面で脆弱になりがちだ。
これはそのような弱点を補う為に考案された剣術で、攻撃面は力の弱さをスピードどツインダガーの手数で補い、
防御面では、相手からの攻撃を正面から受け止めるのではなく、攻撃を受け流し、ダメージをほぼゼロにしてしまう。
威力の強い攻撃を受けても、これならば腕や手首への負担は少ない。正しく、女性向けの剣術だ。
アルニカは指を使ってツインダガーをくるくると回しながら、
「正解。こんなに早く気付くなんて、流石カリス君だね」
「お褒めの言葉をどうも。では、続けますよ」
槍の柄を握り直し、カリスは再びアルニカへ槍を振るう。
(カリス君って、こんなに強かったんだ……)
アルニカは心の中で呟いた。
彼女の印象では、普段のカリスは物静かで、常に冷静沈着。休み時間にはよく一人でベンチに腰掛け、本を読んでいるのを見たことがある。
その知的な見た目に違わず、クラスの中でも博識で、語学や地理のテストでも毎回上位の成績を収めていた。
いつだっただろうか、ロアやルーノのレポート課題をカリスが代わりにやっていたのを見たことがある。
戦いが得意な方ではないと思っていたが、彼がここまで槍の扱いに長けていたのは、アルニカにとっては意外だった。
波のように繰り出される槍の攻撃を、アルニカはツインダガーで受け続ける。
戦況は、どう見てもカリスが圧しているように見えた。
「カリスはなかなかの使い手だよ。さあどうする? アニー……」
修練場の片隅で試合を見ていたリオが、そう呟いた。
「行けカリス!! その調子で一気にやっちまえ!!」
続いて響いたのが、エカルの声。
「……いや」
その二文字の呟きと同時に、カリスは攻撃の手をピタリと止めて、距離をとるように後方へと飛び退いた。
そして槍を構え直して、
「まるで効いていませんね」
対戦相手のアルニカに、そう呟いた。
アルニカは微かに笑みを浮かべる。その様子からは、余裕すら感じられた。
「え、は!? 何で止めちまうんだよ!?」
カリスの言葉の意味が、エカルには意味不明だった。
エカルには、カリスがアルニカを圧倒しているように見えた。あのまま行けば、倒せたかもしれない。
側にいたロアは、
「いや、カリスは間違ってない。攻撃を止めて正解だよ」
冷静に試合を見ていたロアには分かっていた。
実は、カリスの攻撃は一撃残らず受け流されていて、まるでダメージになっていなかったのだ。
圧倒しているように見えて、実はカリスの方がスタミナを無駄に消費させられていた。
ロアの言った通り、攻撃を止めたのは賢明だっただろう。
(さて、どうしたものでしょうか……)
カリスは思考を巡らせていた。
このまま下手に攻撃を続けても、受け流されてスタミナを無駄に消費するだけ。
スタミナが切れれば、恐らくはその瞬間を狙われてしまうだろう。
槍はリーチが長いが、小回りが悪く、攻撃を受け続けるには不利だ。
特に、ツインダガーのように手数の多い武器は天敵と言える。もしも接近戦に持ち込まれたら、勝てる見込みは薄い。
(この状況を打開するには……)
さらに思考を巡らせ、カリスは一つの打開策を思いついた。
「……これしかなさそうですね」
今度は声に出して呟く。カリスは再び、アルニカとの距離を詰め始めた。
攻撃を受け流されているのならば、受け流しきれない程の威力を乗せた攻撃を繰り出せばいい。
スタミナは減り始めている。次の一撃で、一気に勝負を付けよう。
彼はそう結論付けたのだ。
全身の力を槍に込めて、カリスはアルニカに向けて槍を振るう。これならば、受け流し切れないだろう。
「ねえ、知ってる? カリス君」
槍が迫って来ているというのに焦る様子もなく、アルニカは言った。
彼女は二本のダガーで、カリスの槍の、槍頭の付け根辺りを挟み込んだ。
だが、繰り出されたのは全身の力を込めた攻撃、この程度では止まらなかった。
「エレア・ディーレにはね、こういう使い方もあるんだよ?」
次の瞬間、アルニカはツインダガーで槍を挟んだまま、両腕で勢いよく槍を引き寄せた。
「っ!!」
ようやくカリスは気付いた。アルニカがしようとしている事に。
アルニカは、別に槍を受け止めようとしていた訳ではない。槍の威力を逆手に取り、カリスの体制を崩そうとしているのだ。
気付いた時には、もう遅かった。カリスは引っ張られるように、前方によろける。
「わっ!! と……」
数秒の後、カリスは地面に膝をついてしまった。
勝負の敗北条件は、「地面に膝をついたら負け」。つまりこの勝負、カリスの敗北だ。
何とも、あっさりとした決着だった。
「勝負あり!! 第一戦、女子チームの勝利!! 男子チームの二番手は準備するように」
ヴルームの声が響いた。
「はあ……僕もまだまだですね……」
座り込んだまま、カリスはため息交じりに呟く。
不意に後ろから、
「だけど、槍の扱いはすごく上手かったよ? 私も受け流すの大変だったし」
その声の方を振り返ると、目の前にはアルニカが立っていた。
「またいつか対戦しよう? カリス君」
「ええ。むしろこちらからお願いします」
その後、アルニカ対エカルの第二戦が行われたが、開始数秒で決着がついた。
アルニカに接近しようとしたエカルがつまずいて転び、地面に膝をついてしまったからである。
女子チーム二勝、あと一勝で、この団体戦は女子チームの勝利だ。
アルニカとリオは、ぱちんとハイタッチを交わした。
「ナイスファイトアニー、これであたし達、勝利までリーチだよ!!」
「うん、リオちゃん。だけど……」
アルニカは、男子三人の方へと視線を向ける。
カリス、エカル、その二人が敗れたということは、次出てくるのは、間違いなく彼だ。
大人顔負けの剣術の才能の持ち主、そう知れ渡っている彼。
これまで、アルニカが一度も勝てたことのない彼。
彼一人に女子チーム全員が倒され、大逆転。そんなことだって起こりうる。
「次はちょっと……気が抜けないかな?」
男子チームの隠し玉、大将、切り札、エース。
そう、ロアだ。