第39章 ~戦いの行方~
「だあっ!!」
ロアはヴィアーシェに斬りかかる。
下手な小細工をしても、おそらく彼女には通じないだろう。
スピード、攻撃力、リーチ、スタミナ、そのどれも彼女が勝っている。
アルニカと二人がかりでも敵わなかった相手だ。真正面から勝負を挑んでも、勝てる可能性は限りなく低い。
しかし限りなく低くとも、可能性はゼロでは無かった。
ロアには、高等剣術「アルヴァ・イーレ」がある。
この剣術は、相手の攻撃を見切り、その勢いを逆手に取り、隙を突く剣術。
幸い、ヴィアーシェの武器はあの巨大な大剣ただ一本。見切る自信はある。
「(でも、油断はしたら駄目だ)」
ロアは思い出す、先ほど喰らった謎の攻撃を。
ヴィアーシェが自分に向けて手のひらをかざした瞬間、急に風が巻き起こり、吹き飛ばされた。
それに相手は魔族だ。他にも人間の知り得ない力を有しているかも知れない。
ヴィアーシェが半円を描くように大剣を横に振る、ロアはその場で姿勢を低くして避ける。
一瞬の隙を見逃さず、ロアは姿勢を低めたまま、彼女の足目がけて剣を振った。
「(捉えた!!)」彼は心の中で呟いた。
次の瞬間、ロアは驚愕した。ヴィアーシェは前方に、地面に手をつかずに側転をするようにジャンプし、彼の攻撃を避けた。
同時に、ロアの背中に衝撃が走る。
どうやら、ロアの後ろをとったヴィアーシェによって蹴りを入れられたようだ。
「っ!!」
バランスを崩し、前に倒れ込みそうになる。ロアが無意識に手を伸ばした先には、塔の壁があった。
壁に手をつき、転倒することは回避した。だが気を抜くことは許されなかった。
後ろから響く足音が耳に入る、ヴィアーシェが迫って来ている。
振り返った時、彼女が振りかざした大剣の切っ先がロアの目前まで迫っていた。
寸前で反応したロアはすぐさま横へ飛び退き、射程から離れる。ヴィアーシェの大剣が、後ろの壁に傷を刻んだ。
一旦後ろへと飛び退き、距離をとる。ロアは剣を構え直した。
「(本当に……まるで人形みたいだな)」
数メートル先にいる「魔族」の少女を見て、ロアは思った。
そう思ったのは、彼女が人形のように美しい容姿をしているからというだけではなく、戦闘中に一瞬たりとも表情を曇らせるどころか、眉一つ動かす様子も無かったからだ。
戦闘馴れしている、というだけでは言い表せなかった。
戦いは数分続いた。「魔族」である分、単純な強さはヴィアーシェのほうがロアに勝っていたものの、ロアが習得している高等剣術がその差を埋めていた。
これならば、勝機はあるかも知れない。ロアがそう思い始めた瞬間だった。
ヴィアーシェが塔の壁際へと飛び退き、大剣を使って塔の壁を破壊した。
轟音と共に、砂煙、そして壁に人一人が通れるくらいの穴が開く。
吹き入ってきた外の風が、ヴィアーシェの長い髪をなびかせる。
「……何のつもりだ?」ロアは問うが、やはりヴィアーシェは答えなかった。
答えずに、彼女は右手の人差し指と親指を口にあてて、「ピイイイ……」と甲高い指笛を鳴らした。
イルトとルーノは驚いていた。
数秒前まで、今にも襲い掛かってきそうだった目の前の怪物が、突然その場で翼を広げて飛び上がった。
「!?」
イルトとルーノは視線を上に向ける。
ガジュロスは塔の壁を噛み砕いて大穴を開け、その穴から塔の外へと出て行った。
二人の兎型獣人族の少年達はそれを見届けた。
「……逃げたのか?」
剣を鞘に納めて、ルーノがそう呟いた。
「いや、『見逃してもらった』と言うべきだな」
イルトはそう答えた。
ガジュロスが飛び去って行く直前、たまたま鼓膜を開いたままにしていたイルトの耳は、上の階から聞こえたその音を捉えていた。
誰が鳴らしていたのかはわからないが、恐らくは指笛。ガジュロスに対する合図だったのだろう。
「……上に行こう」
イルトはルーノにそう言い、階段の方へと駆け出した。
ルーノはその後ろ姿を追いながら、
「あの化け物を追うのか?」
その問いにイルトは、
「いや、ひとまずロアとアルニカと合流する。二人とも君の事を心配していたよ」