第37章 ~アルニカの戦い~
数秒の睨み合いの後、先に仕掛けたのはヴィアーシェだった。
塔の床を蹴り、アルニカへと走り寄る。
彼女が振りかざしてきた大剣を、アルニカは両手のツインダガーで受け止めた。
ヴィアーシェはすぐさま剣を弾き、今度は上から斜めに大剣を振り下ろした。
「!!」
アルニカは右へと飛び退いて避ける、数秒前までアルニカが立っていた地面に、ヴィアーシェの大剣が突き刺さった。
あの攻撃を一撃でも喰らえば、死は免れない。
石造りの床に刻まれた大剣の跡を見て、アルニカはそう思った。
これ程の威力を持つ攻撃を、今まで彼女は何人の人々に向けてきたのだろう。
あの大剣で、どれだけの無力な人々の命を奪い去ってきたのだろうか。
「あなた達は、『魔族』はどうして……!!」
ロアの水晶が反応したことから分かるように、今目の前にいる少女は「魔族」だ。
しかし肌が異様に白いことを除けば、アルニカには何ら「人間」と変わらなく見えた。
歳も17~18くらいだろうか、自分とそう離れていないように見える。
「何の罪もない人達を、襲うようなことを!?」
ラータ村で、無数の墓標の前で泣き崩れていた人々を思い出しながら、アルニカはヴィアーシェに言葉をぶつける。
彼女も、あのラータ村を襲った魔族の兵士達と同じなのか。
人間と変わらないのは容姿だけで、その心は残忍で、冷酷で、命を奪う事に何も感じない程に、冷たく凍り付いているのだろうか。
「…………」
ヴィアーシェは答えなかった。
答えるどころか、アルニカの叫びに表情一つ変えることすらなく、アルニカはまるで人形に話しかけているように手ごたえを感じなかった。
次の瞬間、ヴィアーシェは再び大剣を振りかざし、アルニカへの攻撃を再開した。
「!!」
アルニカはツインダガーを構え直し、応戦する。
「答えてよ!!」
それでもヴィアーシェがアルニカに返事を返すことはなく、返事の代わりに、大剣による攻撃が返ってくるだけだった。
アルニカはもう、ヴィアーシェに言葉を放つことはなかった。
もはや、戦う以外に道はないと、彼女は察したのだろう。
「う……ぐ……」
ロアはうっすらと意識を取り戻していた。手の平に、塔の床の石が触れる感触がする。
「(……何が起こったんだっけ……?)」
地面に倒れ伏したまま、痛みが充満している後頭部を抑えつつ、心の中で呟く。
気を失う前に、確かヴィアーシェが自分に向けて手の平をかざした。
その後に、確か風が起こり……
朦朧とする意識の中でそこまで考えていた時、ロアの思考を遮る音が響いた。剣と剣がぶつかり合う、金属音だった。
「!! そうだ!!」
その音を聞いた瞬間、ロアは思い出した。
自分が気を失っているということは、アルニカが一人でヴィアーシェと戦っているという事を。
「(アルニカを助けないと……!!)」
ロアは手足に力を込めて立ち上がろうとしたが、手足はなかなか言うことを聞かなかった。恐らくは、先ほど受けたダメージの影響だろう。
「ぐうっ……!!」
剣を交え初めてから、三分程経過していた。
アルニカとヴィアーシェ、双方とも傷を負ってはいない。
ヴィアーシェがアルニカの足目がけて大剣を振る。アルニカはその場でジャンプをしてかわす。
右から斬り掛かってくる攻撃は右手のダガーで受け止め、左からの攻撃は左手のダガーで受け止めた。
ヴィアーシェの攻撃は一撃の威力は大きいものの、予備動作が大きい為にかわすことは難しくはなかった。
だがそれでも、アルニカのスタミナは徐々に削られていっていた。
互角に戦っているようには見えるが、少しずつ、だが確実にアルニカは追い詰められている。
対して、ヴィアーシェには全く疲れている様子はない。
少しも表情を変えることなく、彼女はアルニカに攻撃を浴びせていく。
ギリギリまで間合いを詰めて、ヴィアーシェは大剣の柄を使い、アルニカの頬を打ち上げた。
「あぐっ!!」
その衝撃に顔が横を向く。口の中を切り、血の味がする。
思わず目を瞑り、一瞬だけ視界が黒くなる。途端に、アルニカの右足の膝の上辺りに痛みが走った。
アルニカが目を瞑ったその隙を突き、ヴィアーシェが彼女の足を切りつけたのだ。
「うっ!!」
右足を傷つけられ、アルニカは地面に倒れ伏した。
傷口を抑えながら視線を上に向ける。ヴィアーシェが、その青色の瞳で彼女を見下ろしていた。
「…………」
ヴィアーシェは何も言わなかった。アルニカに止めを刺そうともせず、
ただ黙って自分の眼前に倒れ伏しているアルニカの目を見ているだけだった。
しかしアルニカには分かった。今ここで彼女に殺される、と。
「ぐっ……!! あああっ!!」
アルニカは、右手に握っていたダガーをヴィアーシェに向けて投げつけた。
ダガーは一直線に飛び、ヴィアーシェの頬に傷をつけた。
しかしヴィアーシェはそんな事を気に留める様子もない。
アルニカは立ち上がろうとするが、足に力を込めるたびに先ほどつけられた傷が痛み、立ち上がることは出来なかった。
――それから一分程経過したが、未だヴィアーシェはアルニカに止めを刺そうとはしなかった。
「…………」
相変わらず無言で、じっとアルニカの目を見つめているだけだった。
「(どうして……何もしないの……!?)」
いつでも殺せる筈なのに、ヴィアーシェは動かない。
もしかしたら地面に伏している自分の様子を見て面白がっているのかとも思ったが、表情に変化がない所為でその心中を読み取ることは出来ない。
「(一体、何で……)」
その時、アルニカの思考を断ち切る声が、横から聞こえた。
「だああぁっ!!」
「!?」地面に伏したまま、アルニカはその声の方へ向く。
声の主は、ロアだった。剣を片手に握り、彼はヴィアーシェへと走り寄っている。
それに気付いたヴィアーシェは視線をアルニカからロアへと移し、大剣の柄を握り直した。
それから数秒後、ロアの剣とヴィアーシェの大剣が激しくぶつかり合った。
「ロア!!」
アルニカが叫ぶ。
しかしロアはその言葉には答えずに、目の前のヴィアーシェの目を見て、
「僕が相手だ」
一言だけ言った。