第36章 ~ヴィアーシェ~
ヴィアーシェは大剣を振りかざし、地面を蹴る。
かなりの速さで走り、一気に間合いを詰める。大剣のリーチまで近づくと、彼女はロアとアルニカに斬りかかって来た。
ロアの剣、アルニカのツインダガー、そしてヴィアーシェの大剣。四本の剣による戦いが始まった。
ベイルークの塔の最上階の部屋に、金属がぶつかり合う音が何度も響く。
「(この人……強い……!!)」
剣を交えながら、アルニカはそう思った。
同じ「魔族」と言えども、ヴィアーシェはラータ村で戦った魔族の将軍、ドルーグとは比べ物にならない強さだった。
ロアと二人がかりで戦っているのはドルーグの時と同じだったが、ドルーグと違い、ヴィアーシェは剣を一本しか使っていない。
にも関わらず、ロアもアルニカも、剣を彼女に命中させる隙を見いだせなかった。
彼女がロアの方に向いている時にアルニカが後方から斬りかかっても、彼女は後ろに目があるかのようにそれを防いでしまう。
ドルーグが力で圧す戦い方をとっていたのに対し、ヴィアーシェは力だけでなく、技もあった。
さらに、ロアとアルニカと戦っている間、彼女は一言も発せず、一瞬たりとも表情を曇らせなかった。
彼女の様子から、彼女はかなり戦闘慣れしているようだった。
何よりも驚いたのが、ヴィアーシェがあの大剣を自在に使いこなしていること。
あの細い体のどこにそんな力があるというのだろうか、彼女は自分の身の丈程もある大剣を使いこなしていた。
ロアの剣を受けたまま、ヴィアーシェは後方にいたアルニカに向けて、少しも後ろに目を向けることなく後ろ蹴りを見舞った。予想できる筈もない、不意の一撃だった。
ヴィアーシェの蹴りは、アルニカの胸の辺りに命中した。
「ぐっ!!」
少女の蹴りとは思えない威力に、アルニカは地面へと倒れ込んだ。
「アルニカ!!」
ロアが叫ぶ。次の瞬間、今度はヴィアーシェはロアの両腕に向かってハイキックを放った。
反応する暇も与えない程のスピードで繰り出された蹴りはロアの両腕を打ち、彼が握っていた剣を弾き飛ばした。
さらに両腕が上に払われ、ロアに隙が生まれる。
「(しまった!!)」
ロアがそう思った瞬間だった。
ヴィアーシェは大剣の柄から右手を離し、その右手の平をロアへとかざした。
その瞬間、予想だにしないことが起こった。
強風が巻き起こったような音と共に、ロアとヴィアーシェ、お互いの髪や服がなびく。
「うっ!?」
途端に、ロアは強い風が全身にぶつかってくるのを感じた。
ここは塔の中、風など起こる筈がない。しかしそれは、間違いなく風だった。
何が起こったのか全くわからない。恐らくは、ヴィアーシェが何かしたのだろう。
「うわああっ!!」
その風に煽られ、ロアの足が地面から離れた。
そして彼は、その風に押されるような形で塔の壁へと飛ばされ、激突した。
「がッ!!」
後頭部と背部に大きな衝撃を感じた。
「あ……っ……」
次の瞬間に急に意識が遠のき、彼は気を失い、塔の地面にうつ伏せに倒れ伏した。
それを確認すると、ヴィアーシェは大剣を握り直し、アルニカの方を向いた。
次はお前だ、ヴィアーシェは何も言わなかったが、アルニカには彼女がそう言っているように思えた。
ロアは気絶してしまっている。ならば、自分一人でも戦うしかない。
アルニカは、ツインダガーの柄を握り直した。
一人だけ塔の一階に残ったイルトは、不気味な風貌の魔物、ガジュロスと対峙していた。
その長い首をくねらせ、ガジュロスはイルトに噛み付こうとする。彼を丸呑みにするつもりなのだ。
「簡単にエサにありつけると思うなよ……!!」
イルトは上、横、時には後ろに跳び、噛み付きを避けていた。だが避け続けているだけで、彼に反撃をする様子はない。
一瞬でも立ち止まれば、たちまちあの怪物の腹の中だ。
「(兎型獣人族じゃなかったら、とっくに死んでいるな)」
イルトはそう思った。
噛み付きを避け続けていられるのは、獣人族のスタミナと、兎型獣人族としての脚力があってこそだ。
そうでなけれは、今頃はあの裂けた口で丸呑みにされて、胃袋の中で溶かされていただろう。
とにかく、このままではただスタミナを消費し続けるだけだ。
獣人族のスタミナは人間よりも遥かにあるが、決して無限ではない。
一旦、距離をとることにした。
両足に力を込めて、イルトは後方へと飛び退いた。
一時しのぎに過ぎないが、ガジュロスの首のリーチから外れた。
「(アスヴァン大戦で、多くの『竜族』を葬ってきただけのことはあるということか……)」
数メートル先の距離で蠢いている魔物を見つめつつ、イルトは心中で呟いた。
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【キャラクター紹介 11】“ヴィアーシェ”
【種族】魔族
【種別】人間
【性別】女
【年齢】-Unknown-
【髪色】ミッドナイトブルー
ベイルークの塔でロアとアルニカの前に立ちふさがった、「魔族」の少女。
異様に白い肌と、腰まで伸びた暗い青色の髪が外見上の特徴で、非常に無口かつ無表情。
永遠の命を持つ「魔族」であるために本来の年齢は定かではないが、外見年齢は17~18歳。
その異様に白い肌を除けば人間となんら変わらない容姿をしているものの、
華奢な体で自分の身の丈程もある大剣を使いこなしたり、ロアとアルニカを相手に互角以上に戦っていることから、「魔族」という種族の強さが、いかに「人間」とかけ離れているかを感じさせる。
風を操る謎の力を使ってロアを気絶させたが、詳細は不明。