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第35章 ~謎の人物~

 ライラの家の机の上で、ルーノは古びた地図を見ていた。アスヴァンの地図。

 彼が探しているのは、「ベイルークの塔」。ロアとアルニカと離ればなれになる前に目指していた場所。

 程なくして、ルーノは塔を見つけた。地図の縮尺からすると、このルナフ村からさほど遠くない。どうやら川に落ちて流されたせいで、ベイルークの塔に大分近づいたようだ。


「運がいいんだか、悪いんだか……」


 ルーノは呟く。

 とりあえず目的の場所は近いことが分かった。ここはひとまずラッキーだったと思うことにした。地図を折り畳むと、彼はそれを側にいたライラに手渡す。


「なあ、本当に行っちまうのか?」


 ライラは問いかける。ルーノは机の上に置いてあった自分の剣を握り、


「ああ、行かなきゃならない場所があるからな」


 そう答えると、彼は玄関の方へ行こうとする。


「あ、ちょっと!!」


そのルーノを、ライラは引き留めた。ルーノはライラの方を振り返る。


「もうちょっと休んでけば? その両耳、まだ完全に治ってないんだろ?」


 ルーノの長い両耳には、包帯が巻きつけられていた。

 ダルネスがマンドレイク玉を放った時、寸前でそれがマンドレイク玉と気付いたルーノは、すぐに鼓膜を閉じた。

 間一髪で直撃は避けたものの、受けたダメージは軽くはない。

 今は立ち上がれる程に平衡感覚が戻ったが、今も彼の耳には異音が鳴っていた。


「それにさ、村の連中は皆あんたに感謝してるよ。あんたのお蔭で盗賊団は壊滅したって」


 ライラは続ける。


「それにあたしもね、やっと両親の無念を晴らせた気がする。全部あんたのお蔭さ」


「感謝なんかされる覚えはねえ。オレはただ、ダルネスの野郎が気に食わなかっただけだ」


 そんなルーノを見て、ライラはかすかに笑みをこぼした。


「何だよ?」ルーノが彼女に問う。


「あんたってさ、一時は冷たいやつだと思ったけど……内面は結構いいやつだよね」


「……はあ!?」


 そのライラの言葉にルーノの頬がかすかに赤く染まる。

 誰がどう見ても、照れているのが見え見えだった。そんなルーノが可笑しくてたまらず、ライラはまた微笑む。


「……それじゃあ、困った事があったらまたいつでも来いよ。ノイも喜ぶだろうしさ」


 そう言って、ライラは机に伏せて眠っているノイに視線を向ける。

 先ほどまでは起きていたが、今日彼はあの洞窟まで二往復した。

 きっと疲れが溜まったのだろう。ライラは少年の背中に毛布をかぶせた。


 思い出せば、ルーノをダルネスから救ったのはライラだが、彼女を呼んで来たのはノイだ。彼の働きがなければ、ルーノはダルネスの刃の餌食になっていただろう。


「ああ。ノイが起きたら礼を伝えといてくれ」


 起こさないくらいの声で、ルーノはライラにそう頼んだ。


「それじゃあ、色々と世話になったな」


 そして彼は、玄関から外へと出て行った。


「(さて、急ぐか……!!)」


 心の中で呟く。ルーノは、全速力でベイルークの塔へと向かう道を駆け出し始めた。






 ラータ村を出てから一日。ロア、アルニカ、そしてイルトの三人はようやくベイルークの塔へ辿り着いた。


「やっと着いたな……」


 目前にある巨大な石造りの塔を見上げながら、イルトがそう呟いた。

 その塔の高さは、アルカドール王国の時計塔などとは比較にならないだろう。


「ロア、水晶が……!!」


 そう言ったのはアルニカ。ロアは自分の胸元に掛けられた水晶を見る。


「あ……!!」


 水晶が紫色に輝いていた。それも、ラータ村の時よりも遥かに強く。

 強い光を放っているということは、それだけ強い闇の力を感じているということ。


 眼前に聳える塔に、その闇の力を放っている者がいるのだ。


「二人とも、準備はいいか?」


 イルトが、ロアとアルニカにそう言う。彼は剣を鞘から引き抜き、塔の入り口の扉に手をかける。

 ロアも剣を鞘から引き抜き、アルニカも両手にツインダガーを構えた。

 そして、二人はイルトの顔を見て小さく頷いた。


「よし……行くぞ!!」


 イルトが扉を押し開ける。そして彼は塔の中へと走り込む。ロアとアルニカも、彼に続いた。

 塔の中に何が待ち受けているのかはわからない。

 ラータ村で戦ったような魔族の人間がいるのかもしれないし、もしかしたら、教科書で読んだ巨大な魔物が潜んでいるのかも知れなかった。


 しかし、塔の中には何もいなかった。


「……!? 何もいない……」


 辺りを見回しながら、ロアが呟く。

 胸元の水晶は、紫色の光を放ったままだった。この水晶が感じ取っている闇の力を放っている者が、必ずこの近くにいる筈だ。


「……変だな」


 イルトはそう漏らす。

 もしや、こちらの存在を感じ取って、身を潜めているのかもしれない。そう考えたイルトは、耳の鼓膜を開いた。

 兎型獣人族が持つ聴力ならば、人が呼吸する音も聴きとることが出来る。

 姿を隠すことが出来ても、音を隠すことは出来ない筈だ。


 鼓膜を開いた瞬間、イルトの耳にたくさんの音が入り始める。

 風が吹く音、鳥の鳴く声、木の葉が落ちる音。

 そして、真上から聞こえてくる、巨大な鳥が羽ばたくような音。


「!? 上だ!!」


 そのイルトの声に、ロアとアルニカも視線を上に向ける。

 羽ばたく音を発していたのは、翼を持った巨大な生き物だった。


「な、何なのよあれ……!?」


 そう言ったのはアルニカ。

 全身黒い皮膚、そして翼、ミミズを何倍にも太くしたような首。

 その顔に目のようなものは見当たらない。代わりに、三日月のように裂けた口がついていた。


 化け物、そう呼ぶに相応しい容貌。

 あんな気味の悪い生き物など、今まで見たことがなかった。たった一人だけ、イルトを除いて。


「『ガジュロス』だ、来るぞ!!」


 その瞬間、怪物は羽ばたくのを止めて、空中から三人の前へと降りて来た。

 近くで見ると、その化け物――ガジュロスの容貌は一層不気味に思えた。


 三人を確認すると、怪物はイルトに向かって突進してきた。

 そのミミズを太くしたような首をくねらせながら、彼に噛み付こうとする。


 イルトは両足に力を込めて、斜め前方へと飛び、ガジュロスの突進をかわす。

 目標を失ったガジュロスは、塔の壁に派手に激突した。


「(さて、こいつをどう倒す……!?)」


 ガジュロスの横に着地したイルトは、心の中でそう呟く。

 この怪物は「魔物」だ。三人がかりでも、倒せるかどうか……


 そのイルトの思考を断ち切る音が、鼓膜を開いた状態だった彼の耳に入る。


「!?」


 誰かの足音だった。しかしロアのものでも、アルニカのものとも違っていた。

 音が聞こえた方向を振り向く、塔の柱の陰から、こちらを見ている人物がいた。

 その人物は、仮面で目のあたりを隠している。


「イルト? どうかし……」


 ロアの言葉の途中で、


「誰だ!!」


 イルトが怒鳴る。彼の声に反応したロアとアルニカもその方向を向き、仮面の人物に気付いた。


「……フッ」


 特に焦る様子も無く、仮面の人物は口元に笑みを浮かべている。

 柱の陰から出たと思うと、仮面の人物は塔の階段へと走って行った。

 どうやら、塔の上の階へと逃げたようだ。


「ロア、アルニカ。ここは僕に任せて、追うんだ!!」


 イルトは二人にそう告げた。

 恐らくただの人間ではないだろう、もしかしたら「魔族」かも知れない。逃がすことは出来なかった。


「だ、だけどイルト、君は……!?」


 自分達がここを離れれば、イルトはあの怪物と一人で戦うことになる。

 獣人族で、そしてユリスの側近を務めるイルトと言えども、あまりに危険ではないだろうか。


「心配ない。あの怪物を片づけ次第、僕もすぐに後を追う」


「……わかった」


 ロアはそう答える。「行こう、アルニカ」

 そして二人は、先ほど仮面の人物が上って行った階段を駆け上がり始める。






 ベイルークの塔の最上階の広い部屋。その割れた窓の側に、二人の人物がいた。

 一人は、先ほどの仮面で顔を隠した少年。もう一人は、異様に白い肌に青い瞳。そして腰まで届く程に長い暗い青色の髪をした少女だ。

 少女は歳の頃17~18歳くらいに見え、とても美しい容姿をしている。

 しかしながら、彼女の背中には彼女には不釣り合いな物があった。

 大きな大剣だ。しかも、彼女の身長ほどもある。


「この塔にもう用はないネ。じゃあボクは先に行ってるヨ」


 背の低い仮面の少年は、独特の口調で長髪の少女に言った。


「…………」


 長髪の少女は無言のまま、何も答えない。


「ふウ、相変わらず無口だねエ。ヴィアーシェは」


「ヴィアーシェ」、それが長髪の少女の名だ。


 その時、この部屋への入り口のドアが勢いよく開かれた。

 仮面の人物とヴィアーシェは、ドアに視線を向ける。そこには、ロアとアルニカが立っていた。


「おヤ、わざわざ追ってきたのかイ。ご苦労なことだネ」


 仮面の人物はそう漏らした。続いて彼は、


「じゃア、アイツらはヴィアーシェにあげるヨ、キミの好きなように始末しちゃっテ」


 ヴィアーシェにそう言うと、仮面の人物はロアとアルニカの方を向きながら、「バーイバイ」と笑いながら両手を振った。

 仮面の人物の後ろには割れた窓があった、逃げるつもりなのだ。


「待て!!」


 剣を片手に、ロアが仮面の人物へと走り寄る。アルニカもそれに続いた。

 どうしてだかわからないが、あの人物だけは逃がしてはならないような気がした。


 しかし、ロア達の間にヴィアーシェが立ち塞がった。


「!!」


 二人は足を止める。

 その隙に、仮面の人物は割れた窓から飛び降りて行った。


「誰だ……!?」


 ロアがヴィアーシェに言う。

 だが彼女は答えなかった。答えずに、彼女は今まで自分の背に掛けていた大剣の柄を握り、その刃をロア達に掲げた。

 どうやら、彼女には話をする気などさらさらないらしい。


「問答無用みたいね……」


 アルニカが言った。


 彼女が何者なのかはわからない。

 しかし、ただ一つだけわかることがある。

 ロアの胸元の水晶が、未だ紫色に輝いていた。


 それが意味することはただ一つ。今目の前にいる、異様に白い肌に、腰まで届くほどの長髪を持った少女は、「魔族」であるということ。


「女でも『魔族』だ。アルニカ、油断はするなよ」


「わかってる。ロアもね」


 ロアとアルニカも、それぞれの武器を構えた。






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