第29章 ~ノイの叫び~
森の中の洞窟の中、中央に置かれたランプに灯された炎が、暗い洞窟の中をぼんやりと照らしている。
十数人の目付きの悪く、腕に黒い布を巻いた柄の悪そうな男達が、大きな木箱や樽を抱えていた。
彼らが抱えている木箱や樽には、ルナフ村の村民達から強奪した金品や、村の武器屋から奪った剣やボウガン等の武器。そして、村の特産物の果物や酒が入っている。
つまりは、全て盗品だ。
「この村はよく肥えてますなあ、お頭」
内の一人の男が、目の前の男に話しかける。「お頭」と呼ばれたその男は、頬杖をついて足を投げ出す姿勢で岩の上に座り、葉巻を燻らせていた。
目にかかるほど長く伸びた前髪に、目の下にはクマが出来ている。
どこか不健康そうに見えるが、その瞳には冷酷な雰囲気が漂っていた。男は、その冷酷な瞳で辺りを見回した後、
「……こんなもんじゃねえな」
葉巻を口から落とさないように、男はそう小さく呟く。男は葉巻を口からはずし、それを片手に持って、
「この村にはまだ、金品や武器や酒、他にも金目の物が腐る程ある筈だ!!」
そう怒鳴るように、他の男達に叫ぶ。
「逆らう奴には容赦するな、この村には俺達に敵う奴は誰一人としていやしない!!」
その言葉に、他の男達は洞窟に響き渡る威勢のいい返事を返した。男の名は「ダルネス」、彼こそがダルネス盗賊団の頭だ。
数年前からこの洞窟を拠点に、ルナフ村で殺戮や略奪を欲しいがままにしてきた。
どんな屈強な男でも、ルナフ村、そして盗賊団の中にもダルネスに敵う者はいなかった。というのも、彼はアルカドール王国出身であり、幼い頃から剣術を学んでいたからだ。
ダルネスは剣を使った戦いには相当な年季が入っている。
剣に触れたことすらないルナフ村の村民が、彼に敵う筈などなかった。
最も、力、スタミナ、反射神経、全てにおいて人間よりも遥かに高い身体能力を持つ獣人族ならばダルネスに敵う者もいたかもしれないが、ルナフ村には獣人族は一人も住んでいなかった。
「……? 誰だ!!」
不意に、ダルネスが洞窟の入り口の方を向いてそう叫ぶ。
その彼の声に反応した周りの男達もダルネスの視線を追い、入り口の方に視線を移す。
「そこの奴、出て来やがれ!!」
ダルネスのその言葉から数秒、岩陰から、一人の幼い少年が姿を現した。その少年は赤毛だったが、その他にはこれと言った特徴はない。
周りの男達の視線が、一斉に少年、ノイへと浴びせられる。
だが、ノイは周りの男達からの視線など気にもしていない。彼の目は、ダルネスだけを見つめていた。
幼い子供には不釣り合いな、怒りに満ち溢れた目で。
「……おい餓鬼、俺の顔に何か付いてるか?」
ノイの目付きが気に入らなかったのか、ダルネスがノイを睨めつけながらそう言う。
だが、ノイはダルネス冷酷な瞳に怯むことなく、
「もう二度と、僕たちの村に来るな!!」
ダルネスの瞳を睨みつけ返し、叫んだ。返事をさせる暇を与えず、ノイは続ける。
「お前らのせいで、何人もの人が傷ついたんだ!! 悲しんでいるんだ!! 泣いているんだ!!」
彼は洞窟中に響き渡る程の声をダルネスに向けて張り上げた。
ノイの頭に、先ほどのライラの顔が過ぎる。涙を流していた、自分の姉の顔が。
――どうして、ライラが涙を流さなければならないのだろうか。彼女が、何か悪行を働いたとでも……いうのか?
否。ノイにとってライラは最高の姉だ。ノイが風邪をこじらせた時はろくに寝ずに看病してくれたし、ノイがいじめられると、いつもいつも助けてくれた。
そんな彼女が悲しみを背負わされる理由など、あるはずがなかった。
「もうこれ以上、おねえちゃんのように悲しむ人を増やすな!!」
怒りを胸に抱き、ノイはそう叫ぶ。
「……言いたいことはそれだけか」
ダルネスはそう呟く。
「その餓鬼を殺せ。お前等の好きなやり方でな」
と、ダルネスは十数人の手下の男達に命令した。命令を受けた男たちは、剣や斧を片手にノイへと歩み寄る。
「……!!」
ノイの表情が、恐怖に染まった。
彼の先ほどまでの威勢は消えていた。盗賊の男達からすれば、ノイは所詮無力な子供に過ぎないのだ。
「ガキ、ここに乗り込んだことをあの世で後悔するんだな」
男の一人が、剣を片手にノイの目前まで迫る。ノイはただ、自分の無力さを呪っていた。
口では偉そうな事を言えても、結局自分には何の力もない。何も変えることなど出来ない。ダルネスを倒すことなど出来なければ、ライラの悲しみを癒してあげることも出来ない。
ルーノに言われたように、自分はただの意気地なしだ。
ノイの胸の辺りから広がった悔しさと無力感はたちまち彼の小さな体を覆い尽くし、涙となって彼の瞳から零れ落ちた。
涙で歪む視界の中、ノイは男が剣を振り上げたのを見た。
彼は、死を覚悟していた。
「!?」
その時、ノイは自分の腹の辺りが、何か温かい物に覆われたような気がした。
次の瞬間、体が何かに引っ張られるように宙に浮き、先ほどまで自分が立っていた地面がみるみる遠ざかって行く。
そして、地面から数メートル離れた、洞窟の壁の突き出た岩の上に着地した。
「……ったく」
その声は、ノイも聞いたことのある声だった。
「盗賊団潰しに行くんなら、オレに一声掛けろっての」
ノイはその声の主に視線を向ける。「あ……!!」彼はそう漏らした。
「獣人族の……おにいちゃん……」
青い毛並に長い耳、見間違える筈はなかった。ノイの視線の先には、ルーノの横顔があった。
先ほどのノイの腹を覆った物、それはルーノの腕だった。
男の凶刃がノイに届こうとした時、間一髪でルーノがノイを抱えて、この岩の上まで飛び上がったのだ。
「アルカドールの孤児院で、オマエぐらいの歳のガキは何人も見てきた」
ノイに視線を向けて、ルーノは言った。
「え……?」
と、ノイは漏らす。
「けどな、オマエほど手のかかるガキは初めてだ」
「っ…………」
ノイは返す言葉が見つからなかった。ルーノが来ていなかったら、今頃自分は……
考えていた時、
「まあその……何だ……」
ポリポリと頬を掻き、ノイから視線を逸らし、少しだけ頬を赤らめながら、ルーノが言った。
「?」
ノイは疑問に思いつつ、ルーノの方を見る。
「……悪かったな。意気地なしとか言って……」
突然、ルーノがノイに詫びの言葉を告げた。
「撤回する。オマエは意気地なしなんかじゃねえよ」
次いでルーノはそう言う。確かに無謀と言えるが、大人でも恐れるダルネス盗賊団の根城に乗り込むというのは、並大抵の度胸ではなかった。
「へへ……わかってくれた?」
ノイは涙と鼻水を拭って、笑みを浮かべながらルーノにそう言った。
「……うるせえ」
そっぽを向いて答えると、ルーノは下の方を見る。
剣や斧を片手に持っている男たちが数十人、こちらの方を睨みつけている。
そして、一人だけ椅子に座って、頬杖をつき、足を投げ出す姿勢で座っている男が一人。
見たところ、あの男がリーダー格のようだった。
「なるほど、アイツが『ダルネス』か……」
呟き、ルーノはノイに「その辺に隠れてろ。絶対に出てくるなよ」と告げた。
ルーノは岩の上から飛び降りる。空中で一回転、そして十数人の男達、さらにダルネスの前に着地した。