第27章 ~ルーノとノイ~
居間に残ったルーノとノイ。二人とも一言も発せず、彼らの間には重い空気が流れていた。ライラからあのような話を聞かされた後だ、無理もないかも知れない。
「……なあオマエ、『ノイ』って言ったか?」
暫くの沈黙の後、ルーノがノイに話しかける。ルーノのその声に、ノイは振り向いた。ノイと目を合わせつつ、ルーノは、
「この村の連中は、なんであの盗賊団を放っておくんだ?」
兎型獣人族の少年からの問いに、ノイは「えっ、どういう意味?」と答えた。
「ヤツらの横暴を、何で黙って見逃してるんだって聞いてるんだよ」
ライラの話では、ダルネス盗賊団は今もこの村を荒らし回っているとのこと。きっと、彼女の両親のような目に遭った者も数え切れない程いるだろう。
村人は何故、黙っているのだろうか。何故、盗賊達を放っておくのだろうか。
ルーノは、盗賊団の手下達が酒造の老人と娘を恐喝していた時の様子を思い出す。
手下がナイフを抜いても、周りの人間達は止めようともしなかった。止めるどころか、皆手をこまねき、中にはその場から逃げ出す者もいた。
もしもルーノが割って入らなければ、あの娘は今頃どうなっていたのだろう。
「……仕方がないんだよ」
ルーノから視線を逸らせて、ノイはそう呟いた。「仕方ない?」ルーノはそう聞き返す。
「みんな、ダルネス盗賊団が怖いんだ……」
彼は続ける。
「あの盗賊団に逆らったらひどい目に遭わされるんだよ。だから村の皆は逆らわないんだ」
ノイによると、ダルネス盗賊団は数年前からこの村の近くの森の中に拠点を置き、ルナフ村には騎士団のような治安維持を行う団体が存在しないこと、そしてこの村には人間よりも強い身体能力を持つ獣人族が一人も住んでいないことに目を付け、この村で略奪や殺戮を欲しいままにしているらしい。
さらにルーノが驚いたこと、それはダルネス盗賊団を率いている首領、「ダルネス」という男がアルカドール王国出身ということだった。
自分と同じ国出身の者が、盗賊団の首領などという外道な行いをしているとは思ってもみなかった。
アルカドールでは、学校で剣術を学ぶことが義務付けられている。
子供達の中にはロアのように、14歳にして大人顔負けの剣術の才能を発揮する者もいる。
ダルネスという男がアルカドールで真面目に剣術を学んでいたとすれば、恐らくこんな田舎の村で彼に剣術で敵う人間はいないだろう。
「なるほど。で、この村の連中は全員泣き寝入りってわけか」
そう言うと、ルーノは長椅子にごろんと寝転がる。
「泣き寝入りって……!!」
そのルーノの言葉に、ノイは振り向いた。
「そんな言い方ってある!? 本当は皆悔しいんだよ、盗賊団に家族を傷付けられて、好き勝手なことをされて……!!
ノイの脳裏に、ダルネス盗賊団に殺された父と母の姿が蘇る。両親が殺された時、まだノイは赤子だったが、鮮明に覚えていた。
何の罪もなく、ただレストランにいたというだけで命を奪われた両親の姿を。
さらに盗賊団は自分ただ一人の家族のライラに、癒えることのない悲しみを植え付けたのだ。
それを思い出すたびに、ノイの胸の奥から全身にかけて、盗賊団に対する激しい怒りが巡っていく。
「だったら」
ノイの言葉を遮り、長椅子に寝転がったまま、
「村の連中はなんで盗賊団に立ち向かわない? どうして怒りの声を上げないんだよ?」
「えっ……」
ルーノのその言葉に、ノイは返事を詰まらせる。
「家族を傷つけられて、好き勝手なことをされて悔しいのなら、なんで黙ってるんだって聞いてるんだよ」
「だ、だって……!!」
幼い少年の表情に、いつしか動揺が浮かんでいた。
「仕方ないだろ!? ダルネスはものすごく強いんだ!! あんなヤツ相手に
「また言ったなオマエ」
突然、ルーノがノイの言葉を遮って言った。ノイは言葉を発するのを止める。
ルーノは寝転がったまま、ノイの目を見つめて、
「その『仕方ない』って言葉だよ。オレはその言葉が大嫌いなんだ」
ノイの返事を待たずに、ルーノは続ける。
「悔しい気持ちとか、そういうのを『仕方ない』って一言で片づけるヤツの事、何て言うか教えてやろうか?」
ルーノが淡々とした口調でそう言う。ノイは何も答えなかった。
ノイの瞳には、かすかに涙が浮かんでいる。彼の目を見つめ、ルーノは、
「『意気地なし』、って言うんだよ」
相手が幼い子供だということも厭わずに、そう言い放った。
ノイからしてみれば、その言葉は「お前は意気地なしだ」と言われたように聞こえた。
「……違う……!!」
ノイが小さく言う。その声には、涙が混じっていた。
「ああ?」とルーノが返答する。
「違う!!」
ノイは怒鳴り、居間を飛び出して行った。ルーノはその彼の後ろ姿を見つめていたが、止めようとはしなかった。
ルーノの耳に玄関のドアを開ける音が響く。次に閉める音。どうやらノイは、外へ飛び出して行ったらしい。
「……ちっと言い過ぎちまったか?」
寝転がったまま天井を見つめ、一人居間にのこったルーノはそう呟く。
「フン、何オヤジみたいなこと言ってんだろうな、オレ……」
多少言い過ぎたとは思ったものの、ルーノは先ほどの言葉を取消しはしなかった。