第26章 ~怒りと悲しみ~
「…………っていうヤツらと今日一戦交えてな……」
ライラの家の居間、ルーノはライラとノイに今日の出来事を話していた。
今日自分が相手にした、腕に黒い布を巻いた三人組の事を。
「アイツらは一体何なんだ? この村の連中からは大分恐れられてるようだったが……」
手下の一人が娘に向けてナイフを突きつけても、この村の人間は誰一人止めようとも、助けようともしなかった。恐らくは、あの三人組を恐れるが故だろう。
それほどまでに恐れられている賊ならば、それなりに名は知られている筈だ。ルーノはそう考えた。
「……ライラ?」
だが、ルーノの問いにライラの後ろ姿は答えなかった。彼女はルーノに後ろ姿を向けたまま、無言。
ライラではなく、側にいたノイが「ねえちゃん……」と小さく呟いた。
「…………ううっ……!!」
暫しの沈黙を破り、ルーノとノイに後ろ姿を向けたまま、ライラがすすり泣く声を漏らした。
「!?」
突然の出来事に、ルーノは驚いた。彼には、彼女が涙を流すようなことを言ったつもりなどなかった。
「おいライラ……!? どうし……」
「ダルネス盗賊団」
ルーノの言葉を遮り、ライラが後ろ姿のままそう言った。
「ルーノ、あんたが戦った連中が属してる盗賊団だよ……」
涙が混じった声でライラはルーノにそう告げる。彼女によると、ルーノが戦った一団は「ダルネス盗賊団」という一団らしい。
しかし、ルーノにはもう一つわからない事があった。
どうしてライラは泣いているのだろう、その盗賊団と何か関係があるのだろうか?
他人の傷口に塩を塗る趣味はなかったが、ルーノは彼女にその理由を尋ねてみることにした。
「……ライラ、その盗賊団と何かあったのか?」
ライラは窓際に歩み寄り、窓際に置かれていた写真立てを手に取る。その写真に写っているのは、一人の女性と一人の男性、そして幼い少女と、女性の腕に抱かれている赤子。
ライラの目は、写真の女性と男性に向いていた。その二人の男女は、今のライラと同じ赤毛をしている。
「あいつら、殺したんだよ……あたし達の父さんと母さんを……!!」
「……!?」
声には出さなかったが、ルーノの表情には驚きが現れていた。
「それも、恨まれるようなことをしたわけじゃない。ただそこにいたってだけで、面白ろ半分にアイツらは……ッ!!」
ライラの脳裏に、その時の光景が鮮明に蘇る。
それはライラがまだ幼かった頃、当時ノイはまだ生後間もない赤子だった。
その日は、ライラの12歳の誕生日だった。彼女の誕生日を祝う為に、彼女の両親はライラを村のとあるレストランへと連れて行った。
ライラの母は、彼女へのプレゼントを用意していた。蝶を象ったブローチ、幼いライラが以前から欲しがっていた品である。
ライラがバースデーケーキの蝋燭を吹き消したら、彼女の母はブローチを彼女に渡すつもりだった。
本当はすぐにでも渡したかった。しかし後から渡した方が喜びも大きい、とライラの母は考えたのだ。
「(この子、飛び上がって喜ぶんじゃないかしら?)」
ライラの母は、プレゼントの箱を開けたライラがどれほど喜ぶのか楽しみだった。
それと同時に、娘が喜ぶ姿を見ることが出来ると思うと、嬉しくてたまらなかった。
だが、ライラの母のその想いは無残にも踏み躙られる事となってしまった。レストランに乗り込んできた、ダルネス盗賊団によって。
邪魔な者は殺す、それがダルネス盗賊団のやり方だ。
強盗に乗り込んだ彼らにとって、レストランにいた客などただの邪魔者でしかなかった。ライラの両親は、盗賊団による殺戮の標的となってしまったのだ。
両親がナイフで刺された瞬間、ライラは自分の周りの時間が急激に遅くなっていくのを感じた。
周りで人々が上げる悲鳴、けたたましい足音、テーブルや椅子が倒れる音、床に落ちたグラスが砕け散る音。
どんな音も耳に入らなかった。
“やだ……!! お父さん、お母さん、死なないで、あたしとノイを残して行かないで!!”
床に倒れ伏し、胸を赤く染め、冷たくなっていく両親の顔に少女は必死に叫んだ。
もう一度、その目で自分を見て欲しかった。もう一度、その腕で自分を抱きしめて欲しかった。
だが、ライラの悲痛な涙声の叫びに、両親は答えることはなかった。
涙で歪んだ視界、ライラはレストランの床に一つの赤い箱が落ちていたことに気が付く。
それは、彼女の母親がライラの為に用意した、彼女へのプレゼントの箱だった。
ライラはその箱に手を伸ばした。もう少しで箱に手が届きそうになった瞬間、黒い靴がそ の箱を踏み潰した。
彼女は視界を上へと移動していく。箱を踏んでいる黒い靴から、その人物の顔へと。その男はライラと目を合わせて、返り血が散った顔を不気味に歪めて笑った。
そして、殺戮と略奪を欲しいままにして、ダルネス盗賊団は去って行った。
ライラは、男に踏みつけられてボロボロになった箱を開けた。
その中には、踏みつけられて砕け、最早原型を留めていない蝶を象ったブローチが入っていた。
「そして、今もアイツらはこの村で同じことを繰り返しているんだ……!!」
そのライラの声には、怒りと悲しみが溢れ出ていた。
ルーノは、彼女にどんな言葉を返したらいいかわからず、
「悪い、ライラ。嫌なことを思い出させちまったみたいで……」
「……いや、別にいい」
そう返し、ライラは居間のドアの方へと歩み寄りながら、
「ルーノ、ノイ。ちょっとの間だけ、一人にさせてくれ」
そう言って、ライラは居間から出て行った。居間にはルーノと、ノイだけが残っている。