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第25章 ~盗賊~

 ルーノはライラの家へ戻ろうと、ルナフ村の道を歩いていた。彼の右手には、鞘に納められた彼の剣が握られている。


「……んん?」


 彼は小さく呟く。ルーノは、村民からの視線がやけに気になった。

 畑を耕している人、馬に牧草を与えている人、果樹園で果物を摘んでいる人。周りの人々が、皆ルーノに視線を向けていた。

 中には、ルーノを指差してひそひそと話をしている人もいる。


「(何ジロジロ見てんだ? コイツら……)」


 自分が余所者だから? ルーノは最初はそう考えたが、まさか村民の顔を一人残らず覚えていることはないだろう。


「(だとしたら……)」


 そう心の中で呟いた時、


「(……お?)」


 ルーノは気づいた。周りを見渡すと、この村にいるのは「人間」だけだ。「獣人族」が一人もいない。


「(ああ、なるほどな)」


 自分に向けられている視線の理由を、ルーノはようやく理解した。

 余所者だから人の目を引いているのではなく、自分が「獣人族」だから人の目を引いているのだろう。

 理由は定かでは無いが、このルナフ村には獣人族が一人も住んでいないらしい。だから、この村の村民には「獣人族」であるルーノが珍しいのだ。


「やめて!! それは大事な物なの!! 持っていかないで!!」


 不意に、ルーノの耳にその女性の声が響く。「(……?)」彼はその声の方向へと振り向いた。


 振り向いた方向には、一軒の家。その前には先ほどの声の主の若い娘と、その娘の隣に立つ一人の老人、そして、その二人を取り囲んでいる三人の男達。

 三人の男の左腕には、黒い布が巻かれていた。


「……何だアイツら?」


 ルーノはライラの家へと向かっていたその足を止めた。そして、彼らのやり取りを見守る。


「やかましい小娘、おかしらの言いつけだ、逆らうな!!」


 そう言って、男の一人が自分の脇に置いていた大きな樽を自分の肩に担ぐ。家の隣にブドウ園があるところを見ると、あの樽の中身はおそらくワインだろうか、

 どうやら、あの娘と老人はブドウ酒造のようだ。


「よし、行くぞ」


 リーダー格と思われる男が、周りの二人へとそう命令を飛ばす。そして、樽を担いだまま歩き始める。二人もそれに続く。


「頼む!! それを納品しなければ、わしらは……」


 娘の隣にいた老人がそう言い、樽を担いだ男にすがりつく。


「わしらは無一文になってしまう、お願いだ、どうか勘弁してくれ!!」


「チッ……うるせえんだよ、このクソジジイ!!」


 そう叫び、男は老人の腹部目がけて蹴りを入れた。相手が老人であることを微塵にも厭わない、無慈悲な蹴り。「ぐふっ!!」老人は体制を崩し、地面へと倒れ込む。


「おじいちゃん!!」


 娘は老人に駆け寄る。老人は蹴られた腹部を押さえながら、苦しそうな声を上げていた。


「大丈夫!? しっかりして!!」


 蹴りを入れた男は、その様子を見て鼻で笑っていた。娘は、老人からその男方へと視線を移す。


「……何だよその目は?」


 男がそう言う。

 娘は、険しい表情で男を睨みつけていた。彼女のその目には、理不尽な暴力に対する凄まじい怒りが溢れ出ていた。


「その態度……気に入らねえな……」


 そう漏らし、男は仲間の二人に「殺れ」と命じる。命令を受けた二人は、懐に手を入れながらゆっくりと彼女に歩み寄っていく。

男達が懐から取り出したものを見て、周りの人々は悲鳴を上げた。彼らの手には、鈍い銀色に輝くナイフが握られていたのだ。

 周りの人々は皆、悲鳴を上げるか、その場から走り去っていくだけ。そこにいた者達は、誰一人として娘を守ろうとはしなかった。


「おいおい、誰も止めねえのかよ……!?」


 愕然としたルーノがそう漏らす。

 ナイフを持った男は、娘の髪の毛を握るように鷲掴みにし、彼女の目前にナイフを突きつけた。

 しかし娘の目には恐怖は浮かんでいない。その目にあるのはやはり、理不尽な暴力に対する凄まじい怒りだけだった。


「その小娘の顔、ズタズタに切り刻んでやれ……!!」


 リーダー格の男にそう言われて、男はナイフを娘に向けて振り上げる。


「おい」


 とそこに、少年の声。男は娘に向けてナイフを振り下ろすのを止めて、声の発せられた方を振り向く。


「……何だテメェは?」


 声の主は、ルーノだった。娘と老人と野次馬達、そして男三人の視線がルーノへと向く。

 しかしルーノはそんな事を気にも止めずに、


「そんな女とジーサン相手にカツアゲかましてんじゃねえよ……みっともないって思わねえのか?」


 呆れたような口調で、頭を掻きながら返す。


「……邪魔だ、殺れ」


 リーダーの男が、手下の二人に命じた。「殺れ」という言葉は、つまりはルーノを殺せという意味だ。

 二人の手下はナイフを片手に握り、ルーノを囲むように立つ。ルーノにナイフを向けて、手下の一人が口を開いた。


「俺たちに立てつくとは、命知らずな小僧だな。悪く思うなよ」


 続いてもう一人の手下がナイフの切っ先を舐め、


「一瞬で終わらせてやるから……よぉ!!」


 二人の手下が地面を蹴り、やかましい足音を立てながら両側からルーノへと走り寄る。


「(『俺たち』ってことは、コイツらは何だ? チンピラか何かか?)」


 手下二人の方を向くこともなく、ルーノは心の中で呟いた。先ほど手下の一人が口走った「俺たち」という言葉、

 さらに、この三人が同じ黒い布を腕に巻き付けていることから見て、何らかの賊であることは間違いないだろう。

 盗賊か山賊かはわからない……が、


「(まあ、コイツらに聞いてみりゃわかるか)」


 心の中で呟き、ルーノは両足にぐっと力を込め、その場でジャンプをした。


「「な!?」」


 その瞬間に、手下二人だけでなく周りの野次馬達もが驚きの声を漏らした。ルーノが、自分の身長の数十倍の高さにまで飛び上がったからだ。

 それは、常人が跳べる高さを遥かに超えている。

 獣人族のいないこの村では、ルーノの身体能力は驚愕に値するようだ。

 野次馬の中からは、「何者なんだあの兎……?」等といった声が聞こえてくる。


「おい!!」


「うわあっ!!」


 二人の手下が叫ぶ。彼らは、ルーノの両端から彼に襲い掛かった。だがルーノが飛び上がった為に目標を失い、間抜けにも彼らは正面衝突の形で、勢い余って激突した。


「うごっ!!」


「ぐふっ!!」


 間抜けな声と共に、手下の二人は地面へと崩れ落ちた。彼らの間抜けさが滑稽に思えたのか、群集に笑いが巻き起こる。


「畜生、ブッ殺してやる!!」


 派手にぶつけた頭を押さえながら手下の一人が立ち上がる。


「オマエら……ぷぷ、だっせ……!! くく……」

 

 そして、側で口に手を押さえ、顔を赤くして笑いをこらえていたルーノを見つけ、彼へと走り寄る。


「死ね!! このクソガキがあああぁあああああ!!」


 どうやら、男は恥をかかされた(実際は自業自得だが)ことに逆上しているらしかった。

 と言っても、相手は所詮口先だけのチンピラ、ルーノは剣を抜くまでもなかった。


「逆恨みしてんじゃねえ……」


 もう一度、ルーノは両足に力を込める。今度は相手の顔の高さにまで飛び上がった。


「よっ!!」


 その声と同時に、ルーノは男の右の頬目がけて回し蹴りを放った。


「ごブあッ!!」


 クリーンヒット、手ごたえは十分。男の口からは唾液と、数本の折れた歯が飛び、地面へと落ちる。

 それでもルーノは手加減していた。彼が本気で蹴りを放てば、おそらく歯の数本では済まず、男の顔は原型を留めていなかっただろう。


「……お前ら、引き上げだ」


 突然、リーダーの男が肩に担いでいた樽をその場へ下ろし、手下の二人にそう命じた。ルーノには敵わないと悟ったのだろうか。


「!? し、しかし……」


「構わん!! さっさと立て!!」


 手下の言葉を遮り、リーダーの男は足を進める。

 ルーノに回し蹴りを喰らった手下もふらつきながら立ち上がり、その後を追って行った。


「あ!!」


 走り去っていくその三人の後ろ姿に、ルーノは手を伸ばした。しかしながら、それは何の意味もなさない行為だった。


「……何処の賊なのか聞く前に逃げやがって……」


 ルーノはため息をつく。






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