第24章 ~剣~
ルナフ村に立つ、一軒のボロボロの木造の小屋。小屋の割れた窓から、オレンジ色の光が漏れている。
同時に、小屋から「ガキィン…………」という、金属を叩く音が響く。
今はもう使われていない鍛冶工房、熱気に包まれたその場所で、ルーノは自分の折れた剣を直していた。
炎の中でオレンジ色に染まった刀身を、ルーノは金槌で思い切り叩く。刀身を叩くことで刀身から酸素を追い出し、錆びることのない強い刃が出来るのだ。
金属音と共に、無数の火花が、まるで花火のように辺りに飛び散る。
「ふう……」
ルーノは額の汗を拭う。そしてまた、刀身を金槌で叩き始める。
「うわ熱っ……!!」
とそこに、女性の声。ルーノは一時手を止めて、その声の方へと振り向く。
「あんた、こんなくそ熱い場所でよく休まないでやってられるね?」
声の主はライラ。彼女がルーノをこの鍛冶工房へと案内したのだ。
「ま、オヤジから嫌ってほどに仕込まれてるからな」
ルーノはそう返す。
窓から陽の光が差している上、刀身を熱する為に炎を燃やしているのだ。小屋の中の温度は、ゆうに40度を超えている。
常人ならば、こんな場所に長時間いては倒れてしまうだろう。
だが、ルーノは獣人族。人間よりも体力はある。
それに彼は父から鍛冶を学んでいたため、これくらいの熱気には慣れていた。
「で、何の用だ? こんな所にいると火傷すんぞ?」
ルーノはライラにそう問う。
「あ、あんた朝飯食べてないでしょ? 腹空かしてるんじゃないかと思って……」
ライラはズボンのポケットを探り、葉に包まれたサンドウィッチを取り出した。「ほら、これ」ルーノへと手渡す。
「じゃあ、あたしは家にいるから」
と言い残し、ライラは工房から出て行った。こんな熱い場所からは、一刻も早く退散したかったのだろう。
ルーノは金槌を置いて、工房の中に置かれていた椅子に腰かける。
そして、ライラから渡されたサンドウィッチの包みの葉を解く。
剣の修復を初めてから、かれこれ二時間が経過していた。
ルーノは、あのアルニカのシチュー以降、自分は何も食べていなかった事を思い出す。それを思い出すと、急に腹が空いてきた。
ライラから渡されたサンドウィッチを、ルーノは一口頬張る。そして、もぐもぐと口を動かす。
「(…………お)」
ルーノは心の中で呟く。
「これ結構旨いな……」
熱気と炎、そしてオレンジ色の光が広がる工房の中で、今度は声に出し、ルーノは一人呟いた。
それから数時間。剣の修復を終えたルーノは、ルナフ村の草原へと歩いていた。
一体どこから持ってきたのか、彼はその右肩に太い丸太を担いでいた。
左手には、鍛え直された剣が鞘に収められ、ルーノの手に握られている。
「よっこらせ……」
と、ルーノは担いできた丸太を立てる。
風に煽られて倒れないように、地面へとねじ込んで固定する。
丸太から手を離す。そして、ルーノは剣の柄を右手でぐっと握り、一気に剣を鞘から引き抜く。刀身と鞘が擦れあう音と共に、銀色に輝く刃が現れた。
「…………」
ルーノは自らが鍛え直した剣の刀身を自身の眼前に掲げる。陽の光を受け、鍛え直されたばかりの刀身が眩く輝いていた。
剣の柄を両手で握り、構える。ルーノの視線は、目の前に立てられた丸太に向いていた。
「……ふー……」
深呼吸をするように息を吸い込み、大きく息を吐く。
「でああああっ!!」
掛け声と同時に右足を後ろに下げて力を込め、ルーノは目の前の丸太を一刀両断した。
切断された丸太が地面へと落ち、轟音と砂煙が上がり、小さな地震が起きたように地面が一瞬揺れた。
ルーノは剣の刀身を見つめる。どうやら刃こぼれはしていないようだ。
今度は、切断した丸太の断面を見て、
「……よし、最高の切れ味だな」
我ながら上手く修復できたな。ルーノは得意げに思った。
家の居間にいたライラは、窓際に置かれた写真立てを手に取って眺めていた。写真は相当古く、淵がボロボロになっている。写真には、一人の男性と、一人の女性。それに幼い少女と、幼い少年。合わせると、合計四人の人間が映っている。
写真の背景には、ライラの家が大きく映っていた。
「(……父さん、母さん……)」
ライラはそう心の中で呟く。
「ただいま、おねえちゃん!!」
とそこに、玄関のドアを開ける音と共に、一人の少年の声。
「!!」
はっとした表情を浮かべて、ライラは手に持っていた写真立てを窓際へと戻す。
そして、先ほど自分の名を呼んだ少年を出迎える為に、玄関へと向かう。玄関には、一人の幼い少年がいた。
「おかえりノイ、今日は早かったね」
「うん、今日は学校は午前中で終わりだから」
少年の名は「ノイ」、彼はライラの実弟。ライラと12年歳が離れており、彼は七歳。
見た目的にも年齢的にも、まだ子供だ。
「ところでおねえちゃん、あの獣人族の人は?」
彼はライラにそう問う。
ここで少し、話は過去へと遡る。
今朝、ノイは学校へ行く道をいつものように歩いていた。
その途中、ふと川岸に濡れた青い布のようなものが落ちていた事に気付いた。
「(……なんだろう?)」そう思ったノイは、その青い布を注意深く見てみた。
遠くから石をぶつけてみたり、長い木の棒でつついてみたりしたが、なにも反応はない。
とりあえず、危険な物ではなさそうだと思ったノイは青い布に近づき、もう一度観察して、その青い布には長い耳があり、顔があり、腕もあり、尻尾もあり、足もあったことに気付いた。
ようやくノイは理解した。それは「青い布」ではなく、「青い毛並をした兎型獣人族」だということに。
どうやらその青い毛並みの獣人族は、気を失っているらしかった。
驚いたノイは歩いてきた道を引き返し、ライラを呼びに行った。
そして、今につながるというわけである。
「ああ、あいつは今出掛けてるよ。けどもうじき帰ってくるんじゃない?」
弟の問いに、ライラはそう答えた。
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【キャラクター紹介 09】“ライラ”
【種族】人間
【性別】女
【年齢】19歳
【髪色】レッド
ルナフ村に暮らす、赤毛が印象的な女性。崖から川に落ちたルーノを手当てした。
両親は家に不在で、何年間も一人で弟のノイの世話をしてきた。優しくしっかり者な性格をしている。
背の高さや胸の大きさ、どちらにも優れており、整ったスタイルの持ち主。
彼女の様子を見る限り、彼女の両親に何かあったようだ。