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第22章 ~ベイルークの塔へ~

「……!!」


 目を覚ました時、アルニカはガルーフの家、二階の部屋のベッドの上にいた。ベッドの側の机の上のランプに灯された炎が、辺りを照らしていた。

 壁の時計は10時を示していて。窓の外には夜の闇に包まれている。どうやら時刻はもう、夜中のようだ。


 アルニカはベッドの上で体を起こす。と同時に、彼女の腕に鈍い痛みが走った。


「うっ……」


 反射的に腕に手をあてる。腕には包帯が巻かれていた。


「(そうか、私はあの『魔族』の将軍と戦って、それで……)」


 アルニカがそこまで思い出した時、ガチャン。と扉を開く音がする。

 扉の方に視線を向けると、一人の獣人族の少女がピッチャーを片手に部屋に入ってきた。


「あら、目が覚めた?」


「……カーラ……さん?」


 カーラ、狼型獣人族の少女で、ガルーフの実妹だ。

 彼女はベッド脇の椅子に腰かけ、テーブルの上のカップにミルクティーを注いでいく。


「あの、私……」


 アルニカは、カーラの横顔に話しかける。


「まったく」


 カーラはアルニカの言葉を制し、アルニカに横顔を見せながら、


「お兄ちゃんに感謝しなさいよ? あなた、もう少しで死んじゃう所だったんだからね?」


「……あ……」


 返す言葉がなく、アルニカは黙り込む。カーラはピッチャーをテーブルに置く。

 彼女は椅子から立ち上がり、ミルクティーを注いだカップをアルニカへと手渡す。


「これを飲みなさい、よく眠れるわ」


「……ありがとう」


 カップを受け取ったアルニカはそう返事を返す。カーラはピッチャーを持って立ち上がり、扉の方へ歩み寄る。


「あ、それと……」


 カーラが何かに気付いたように足を止めて、アルニカの方に振り返る。


「あのロアって男の子にもね。あの子、あなたの危ない所を助けたのよ?」


「ロアが……?」


 カーラの言うことは本当だ。アルニカが毒に倒れ伏した時、ドルーグはアルニカに向けて剣を振り下ろそうとした。

 絶体絶命だったアルニカ、そこでロアが剣をドルーグに向けて投げつけ、彼女を救ったのだ。


「そうよ」と、カーラは小さく頷く。


「それじゃあ、お休みなさい」


 カーラのその言葉にアルニカは頷く、カーラは部屋から出た。部屋には再び、アルニカが一人になった。


 アルニカは、先ほどカーラから手渡されたカップに注がれたミルクティーをすする。


「……おいしい」






「つっ……!! そうか。お前達、ベイルークの塔へ行くのか……」


 ピンセットと脱脂綿を使って自分の両腕に消毒薬を塗り付けながら、ガルーフが自分の向かいに座ったロアとイルトに言う。

 傷口に消毒薬が染みるのだろう。ガルーフはしきりに表情をしかめている。

 ロアとイルトはガルーフに説明した。「魔族」のことや、自分達がその「魔族」の根源を断つ役割を担っていること。

 そして、ベイルークの塔に「魔族」の力の源があるかも知れないことを。


「俺も手を貸してやりたいが、カイル達の面倒を見なければならんからな……」


 ガルーフはそう言い、口で包帯を銜えて腕に巻きつけた。

 村を襲い、何人もの人々の命を奪った「魔族」には、ガルーフも怒りを抱いていた。「魔族」を滅ぼすためならば力になりたかったが、彼には三人の弟妹がいる。

 もしもガルーフが命を落とすようなことがあろうものなら、彼らの面倒をみるものはいなくなってしまう。、

 それに、ガルーフには村の治安を守るという役目があるのだ。この村を離れることは出来ない。


「いってて……!!」


 両腕の痛みに、ガルーフは体を強張らせる。そのガルーフの様子を見たイルトが、


「大丈夫か? その両腕……ラグナールに噛み付かれたんだろ?」


「ああ、両腕を食いちぎられずに済んだのはラッキーだったな……」


 そう言い、ガルーフは包帯と消毒薬を戸棚の引き出しへと戻した。


「ガルーフ……」


 そんな彼の後ろ姿を見て、ロアがそう呟く。

 ガルーフは、「何だ? ロア」と返す。


「ごめん、僕がアルニカを守っていれば……」


 ロアは責任を感じていた。自分がドルーグからアルニカを守りきれなかったばかりに、自分が力が及ばなかったが為に、ガルーフまで危険な目に遭わせてしまったと思っていた。


「僕のせいで、君まで危険な目に……」


 ロアが続ける。

 ガルーフは、再びロアに向かい合うように腰掛ける。


「別にお前が責任を感じることはない、あんな化け物が相手だったんだ」


「……」


 ロアは無力感を感じていた。「アルヴァ・イーレ」を習得していても、ドルーグの四本の腕による攻撃にはまるで歯が立たなかった。

 これまで必死に剣術の稽古に励んできたのが、まるで無駄なことだったようにすら思える。


「ロア、そんなことはない」


「え?」


 ロアの気持ちを察したのか、イルトがロアに声を掛けた。


「あれが『魔族』という種族なんだ。奴らに『人間』や『獣人族』の常識は通用しない」


 イルトの言う通りだ。ロアやアルニカが学んできた剣術は、「人間」や「獣人族」と戦うことを前提としたもの。四本の腕を持つ相手と戦うなど、想定されている筈はないのだ。

 大人ですら成すすべもなく倒されてしまっても不思議はないが、ロアとアルニカは生き残った。

 さらにロアはドルーグに蹴りを喰らったものの、剣による攻撃は全てさばき、一度も受けていない。

 そればかりか、不意打ちとはいえドルーグの剣を弾き飛ばすことに成功しているのだ。そこは称賛すべきだろう。


「……それとロア、君に一つ聞きたいことがある」


「え?」


 イルトは、


「僕はユリスから、君たちは三人でこのラータ村へ来ると聞いていた。君とアルニカ、そしてもう一人はどこにいる?」


「あ……」


 そのイルトの言葉が、ロアの頭に「彼」の姿を蘇らせた。

 そう、それはこの村へ来る最中の事だった。ロアとアルニカと、そして「彼」と共にこの村へ向かっていた時、三人はグールの急襲を受けた。

 三人はグールに立ち向かったが、グールは獣。所詮は人間の少年や少女に太刀打ちできる相手ではなかった。

 ロアとアルニカでは、グールを倒すことはおろか、傷一つ付けることすら出来なかったのだ。


 だが、「彼」だけは違った。「彼」は窮地に立たされていたアルニカを救った。彼女に向けて暴走していたグールの突進を強引に止めて、アルニカを庇ったのだ。

 そしてそのすぐ後の事、彼はロアとアルニカを逃がす為に……


「あいつは、兎型獣人族のルーノは、この村に来る途中に獣と戦って……崖から……」


「……!?」


 声には出さなかったが、イルトの表情には驚きが浮かんでいた。そんな答えなど、予想していなかった。


「……僕はもう休む。イルト、明日は早いから、君も早く休んだ方がいいよ」


 そう言うと、ロアは立ち上がり、寝室の方へ歩いていった。






 翌日の朝、ロアとアルニカ、そしてイルトの三人は村の門の前にいた。

 彼らと向かい合うように立っているのは、四人の狼型獣人族、ガルーフとカーラ、ラクルとカイルだ。


「色々と世話になったな三人共。気を付けて行けよ」


「ありがとうガルーフ、元気でね」


 ガルーフの言葉に、ロアがそう返す。


「じゃあねロアにい、アルニカねえも」


 ラクルがそう言う。アルニカは、


「元気でねラクル君、カイル君、カーラさんも」


「あなたも元気でね、アルニカ」


 アルニカの言葉に、カーラがそう返す。

 カイルは相変わらず、ガルーフの足の後ろに隠れたままだった。


「それじゃあ二人とも、行こう」


 イルトがロアとアルニカにそう告げて、自らは足を進める。ロアとアルニカも彼に続く。

 三人はラータ村の門をくぐり、ベイルークの塔へと向かう道を歩み始めた。


「……」


 ロアの表情には、誰かを心配するような想いが現れていた。それに気づいたアルニカが、


「ロア、どうかしたの?」


そのアルニカの声に反応したイルトが、


「心配なのか? ルーノという兎型獣人族の友達の事が」


 そうロアに聞く。ロアは答えなかった。ただ、小さく首を縦に振っただけだった。


 今までは、ルーノの事は出来る限り考えない事にして、気丈に振る舞っていたロアだったが、内面では彼の事が気になって、心配で仕方がなかった。

 やはり、この旅に出る際にルーノが「オレもお前と一緒に行く」と言った時に断っておくべきだったのだろう。

 万が一彼の身にもしものことがあったら、それは自分の責任だ。と、ロアは思う。

 ルーノを心配しているのは、アルニカも同じだった。


「案じる事は無い」


 イルトのその言葉に、ロアとアルニカは彼に視線を向ける。

 彼はロアに、


「獣人族は崖から落ちたくらいじゃ死なない、君の友達は生きている」


 白い毛並の兎型獣人族の少年は、続ける。


「僕たちは一刻も早く、ベイルークの塔へ向かわなければならない。友達を心配する気持ちはわかるが、本来の目的を忘れないことだ」






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