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第21章 ~ガルーフの戦い~

 ガルーフはアルニカを背負い、生い茂った雑草を蹴り、土を巻き上げながらガーナ湖へ続く草原を走っていた。

 時はもう夕暮れ、夕焼け空が草原をオレンジ色に染めていた。

 ラータ村を出て馬以上のスピードで走り続け、30分ほど経ったが、ガルーフの表情に疲れは浮かんでいない。「人間」ならすでに体力を使い果たしていてもおかしくはないだろう。

 しかし、狼型獣人族であるガルーフには、これくらいの距離は苦にすらならない。


「はあ、はあ……」


 ガルーフの背中で、アルニカが喘ぐような呼吸を漏らす。

 摂取した量にもよるが、ナジメ草は摂取してから約二時間で人の命を奪う。アルニカがナジメ草を塗り込んだ剣で傷つけられた正確な時間はわからない。

 わかるのは、とにかく一刻を争う状態だということだけだった。


「う……っ……」


 アルニカの、喘ぐような呼吸の音が止んだ。そして彼女は、ガルーフの背中で眠った赤子のようにぐったりとしている。


「!! おい、アルニカ!?」


 走ったまま、ガルーフはアルニカに言う。……返事はない。どうやら彼女は気を失ったようだ。


「……くそっ!!」


「急がなければ!!」そう思ったガルーフは両足に一層力を込めて、草原を駆ける。


このペースであと30分ほど走り続ければ、ガーナ湖へと着く筈だ。

その時、


「!? この臭い……」


 ガルーフの鼻が、その臭いを捉えた。

 人間の数万倍の嗅覚を持つ彼の鼻には、草や土、そして花、虫から動物の臭いまでも嗅ぎ分けられる。その彼の鼻が捉えたその臭いとは、

 複数の生臭い獣の臭いと、強い血の臭いだ。


「出やがったか……!!」


 ガルーフがそう漏らした瞬間、喧しい鳴き声と共に、一匹の獣が飛びかかってきた。


「くっ!!」


 その獣の臭いでいち早くその場所を察知できたことが幸いした。

 ガルーフの首めがけて飛びかかってきた獣を、ガルーフは姿勢を低めてかわす。


しかし、気を緩めることは許されなかった。

 獣の臭いの数が、徐々に増えていき、そして近づいて来ているからだ。一匹、二匹、三匹、四匹。先ほどガルーフに飛びかかってきた一匹を数に加えれば、全部で五匹いる。


「ラグナールか……それも群れ、厄介だな……!!」


 ガルーフは漏らす。「ラグナール」とは獣の名だ、小柄な獣で個々の力はさほど強くないものの、その性質は獰猛。狡猾でずる賢く、日が落ち始めた頃に集団で行動するという特徴がある。


「ッ!?」


 不意に、ガルーフの右側から一匹のラグナールが飛びかかって来た。

 ガルーフは地面へと転げ、ガルーフが背負っていたアルニカも地面へ転げる。だが、気を失っているアルニカは痛みを感じなかった。

 ラグナールは、手近のガルーフへと狙いを定め、彼めがけて走り寄ってきた。


「……!!」


 それに気づいたガルーフは立ち上がり、腰からサーベルを外す。

 鞘からサーベルを引き抜かず、突進してきたラグナールの腹部を剣の鞘の先で突き飛ばした。

 手ごたえは十分。突き飛ばしたラグナールは落石のように地面へと転がり落ち、泡を吹いて気絶を失っていた。


「!! アルニカ!!」


 ガルーフはそう叫ぶ、地面に倒れ伏したアルニカに、残りの四匹のラグナールが群がっていた。

 迂闊だった、今のアルニカは反撃することはおろか、立つことすらできないのだ。

 時間もない、もう手加減している余裕などなかった。ガルーフはサーベルを鞘から引き抜く。


「こっちだ、ケダモノ共!!」


 そのガルーフの声に反応した四匹のラグナールは、視線をアルニカからガルーフへと移す。

 ガルーフは鞘を投げ捨て、サーベルを片手にラグナール達へと走り寄る。


 飛びかかってくるラグナール達を、ガルーフは一匹、また一匹とねじ伏せていく。群れとはいえ、個々の力は弱い。一匹づつ確実に倒せば、脅威になる相手ではない。ましてや、獣人族であるガルーフの反射神経を以てすれば、もはや敵ではなかった。


 数分で四匹のラグナールを倒したガルーフは、先ほど投げた鞘を拾おうと、サーベルを片手に地面に落ちた鞘へと歩み寄る。

 邪魔は消えた。あとはアルニカを背負ってガーナ湖へと走り、そして彼女にテリの花の花弁を飲ませればいいだけだ。

 ガルーフは左手にサーベルを持ち替え、右手で鞘を拾おうとした。


 その瞬間だった。


「ぐッ!!!!」


 途端に、ガルーフの左腕に鋭い痛みが走った。左腕がちぎれてしまうのではないかと言うような、激痛。

 左手から力が抜けて、彼の手から離れたサーベルが地面へと落ちる。


「う……ぐ……ッ!?」


 ガルーフは地面へと仰向けに倒れる。痛みに耐えながら、視線を左へと向ける。

 そしてガルーフは驚愕した。

 彼の左腕には、ラグナールが噛み付き、その鋭利な牙を突き立てていた。ガルーフの灰色の毛並の腕を、彼の血が赤く染めていた。


「があッ!!」


 左腕に噛み付いたラグナールを振り払おうとした瞬間、今度は右腕にも同じ痛みが走った。

 ガルーフの右腕にも、ラグナールが噛み付いていた。


 油断した、先ほど倒した五匹のラグナールは囮だったのだ。この二匹は、自分の隙を伺っていたのだろう。


「ぐ……!! こ、の……野郎!!」


 そう叫び、ガルーフはまず右腕に噛み付いたラグナールを蹴り飛ばし、次に左腕に噛み付いたラグナールを同じように蹴り飛ばした。

 そして立ち上がり、サーベルを拾おうとするが、


「うっ……!!」


 サーベルを握る手に力が入らない。両腕を見ると、噛み付かれた傷から血が流れ、彼の灰色の毛が生えた腕を流れ落ちていた。


「くそッ……!!」


こうしている間にも、アルニカの命の危機が迫っている。目の前にはラグナールが二匹、だが今のガルーフは両腕が使えない。

 両腕が使えない以上、サーベルを握ることは出来なかった。


「ガアアアアアアッ!!」


 両腕を使えないガルーフを見て今が好機だと感じたのか、二匹のラグナールが吠えながらガルーフに向かって走り寄り、彼の首目がけて飛びかかってきた。


「!!」


 猛烈な両腕の痛みに耐えながら、ガルーフはそれに気づいた。

 次の瞬間、悲鳴を上げる間もなく、数秒前まで生きていた生命体はその命を無くし、

命を持たない亡骸となって地面に転がった。少しも動かず、その瞳からは生気が消え失せている。

 

 しかし。それはガルーフではなく、二匹のラグナールの方だった。


「ハア、ハア……」


 ガルーフは荒い息を漏らす。彼の口には、彼のサーベルが銜えられていた。


 間一髪の出来事だった。ラグナールが飛びかかってくる瞬間、ガルーフは地面に落ちていた自分のサーベルを足で蹴り上げ、その柄をまるで骨を銜える犬のように自分の口で受け止めた。

 そして、飛びかかってきたラグナール二匹を薙ぎ払ったのである。


 狼型獣人族には、そのスタミナと嗅覚の他にも、「顎の力が強い」という特徴があるのだ。

 他の種族が剣を口で銜えて扱おうとすれば、短剣でもない限り剣の重さを支えられないか、もしくは歯が折れてしまうだろう。






 それからまたガルーフはアルニカを背負って走り、ガーナ湖へと着いた。

 アルニカを木に寄り掛かるように座らせて、彼は湖のほとりに生えたテリの花を摘み、その花弁を小さく千切り、アルニカの口へとあてがう。


「さあ、こいつを飲め……」


「……ん……」


 わずかに意識を取り戻したアルニカは、ガルーフの声に従い、その花弁を飲んだ。

 すると、それまで彼女を苦しめていた熱も、息苦しさも、岩盤が乗っているような体の重みも消えた。

 アルニカは再び意識を失った。だが、その表情からはもう、苦しみは完全に消えていた。

 間に合った。側で見ていたガルーフは、安堵した。


「良かった……」


 もしも間に合わなかったら、ロアに合わせる顔が無かっただろう。……ガルーフはとりあえず、そのことは考えないことにした。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






【キャラクター紹介 08】“イルト”



【種族】獣人族

【種別】兎

【性別】男

【年齢】15歳

【毛色】ホワイト



 ユリスの友人であり、そして彼女の側近でもある雪のように白い毛並の兎型の獣人族。両腕についた金の腕輪と、首にかけられた水晶のペンダントが特徴。基本的に冷静沈着な性格だが、時折情に厚い一面も。

 ユリスからロア達と同行し、彼らを守るという命を受け、先にラータ村へと赴いていた。

 同族であるルーノ同様、彼も兎型獣人族としての優れた脚力を持ち、使用する剣術も彼同様に「イルグ・アーレ」である。






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