第18章 ~魔族~
村の状況を窓から見ていたアルニカは、ロアの姿を見つけた。
彼は剣を振るい、戦っている。その相手は……
「な、何? アイツ……!?」
アルニカは思わずそう漏らす。
ロアが戦っていた相手は、なんと四本の腕を持ち、四本の剣でロアに襲い掛かっていた。まるでタコの足のように、四本の腕を自在に動かしている。
兜で顔が隠れているが、明らかに人間ではなかった。
ならば獣人族かとも思ったが、腕を四本持つ獣人族など、今まで聞いたことがない。
「……あれは化け物よ、そして周りのヤツらも全て……」
隣にいたカーラが、言った。
「二日前にも大人数でこの村を襲いに来たわ、そして何人もの人を手当たり次第に殺していった……」
「どうして……!? どうしてそんなことを……!?」
アルニカの疑念は当然だ。この村の人に恨みでもあるというのだろうか?
いや、仮にあったとしても、それで村の人々を襲っていい理由になるはずがなかった。
「わからない、アイツらが何者なのかも、どうしてこんなことをするのかも……」
カーラは今度は、四本の腕を持つ男と戦っている少年に視線を向ける。その茶髪の少年は、四本の剣を操る男と互角に戦っている。
彼は自分とそう歳も変わらなさそうだが、それなりに剣の腕はあるようだった。
「化け物と戦っているあの子、なかなかの剣の使い手みたいだけど、このままじゃ負けるわよ」
「……え!?」
アルニカは再び、視線を窓へ戻す。
ロアを見ると、四本の剣の攻撃を防ぐので精いっぱいの様子で、一度も攻撃をしていない。
いや、攻撃を「していない」のではなく、「出来ない」のだろう。
さらに、アルニカはロアが使っている剣に気付く。あれはいつもロアが使っている、彼が使い慣れた剣ではなかった。
カーラの言う通り、このままではロアは負けるだろう。
「っ……!!」
いても立ってもいられなくなったアルニカは、部屋を飛び出した。
四本の剣の攻撃をさばくので手一杯で、ロアは反撃するタイミングがつかめない。
どうやら、男は四本の腕を攻撃と防御に振り分けて使っているようだった。
二本の腕でロアの剣を防ぎ、その隙を突いてもう二本の腕で攻撃してくる。まるで二対一だ。
ふと、ロアは男の剣から透明な水滴が滴っていることに気付く。恐らく、剣に毒を塗りこんでいるのだろう。あの剣がかすっただけで致命的だ。
「(卑怯な奴……!!)」
ロアはそう思った。
それに、ロアが今使っている剣は、賊の男から奪取した剣。大人用に作られた剣だ。柄はロアの手には太すぎて持ちづらく、刀身は長くて重い。
せめて自分の剣だったなら、もう少し楽に戦えただろう。
「ぐふっ!!」
ロアの剣を受けたまま、男は彼の腹に蹴りを入れた。
バランスを崩したロアは剣を落とし、緑色の草が生えた地面に倒れ込む。
「ごほっ……かはっ……!!」
腹から背中まで突き抜けた痛みに、ロアは腹部を押さえて咳き込む。
口の中には、うっすらと血の味が広がっていた。
男は、地面に座り込んだロアを見下ろしながら、
「『アルヴァ・イーレ』の使い手といえど、所詮はガキ、この程度か……」
「く……!!」
男は止めを刺そうと、ロアに向けて剣を振り上げる。蹴りを入れられた際に、剣は落としてしまった。
今のロアには、男の剣を防ぐ術はない。絶体絶命の状況だ。
「死ね!!」
男はそう言い放ち、ロアに向けて剣を振り下ろそうとする。
「!?」
その時、ブーメランが風を切るような音と共に、男に向けて銀色に輝く物が飛んできた。
男はロアに向けて剣を振り下ろすのを止め、飛んできたそれを剣で弾いた。
弾かれた物、それは一本のダガーだった。
「あのダガー……!!」
地面に落ちたダガーを見つめて、ロアが呟く。そのダガーに、ロアは見覚えがあった。
「ロア!!」
ロアはその声の方へ振り向く。一人の少女が、ロアに向かって走り寄って来る。
「!! アルニカ……!?」
ダガーに見覚えあって当然だ。男に向けてダガーを投げたのは、アルニカだったのだ。
彼女の手には、先ほどガルーフの家に置いてきた、ロアの剣が抱えられていた。
「これを!!」
そう言い、アルニカは抱えていた剣をロアに向かって放り投げる。
ロアはそれを受け取ると、勢いよく立ち上がる。剣を鞘から引き抜いて、男に向かって切りかかる。
ロアの不意の攻撃に、男は後方へと飛び退いた。
「ロア、大丈夫……?」
「うん、助かったよ。ありがとうアルニカ……」
ロアは、再び腹部に手を当てる。痛みは引いてきたようだ。
「……?」
と、その時である。衣服越しに、ロアの手に何かが当たった。旅に出る際にユリスから渡されたペンダントだった。
ロアは、ペンダントを首からはずして手の上へ乗せる。
ペンダントについた透明の水晶が、紫色の光を放っていた。
「これって……」
アルニカが呟く。ロアもアルニカも、ユリスの言葉を思い出す。
このペンダントについた水晶は、闇の力を感じると、例えば魔族が近づくと、紫色に輝く。ユリスはそう言っていた。
「じゃあまさか……!! あの男……!!」
賊の指導者の男に視線を向け、アルニカがそう言う。
ロアは頷いて。
「うん、間違いない……『魔族』だ」