第0章 ~生贄の赤子~
FRAGMENT OF BRAVES
今、ここに広がっている光景を一言で表現するならば、「異様」という言葉ほど適した言葉はないだろう。
薄暗い神殿、所々に置かれた燭台に灯された炎が、辺りをぼんやりと照らしている。
漆黒のローブを纏った何百人もの人間が、中央の正方形の祭壇を囲むように立っている。
祭壇には巨大な円形の魔法陣が刻み込まれていて、その上に点々と赤黒い液体が付着していた。
その魔法陣の中央には、薄い布でくるまれた一人の赤子が寝かされていた。
お腹がすいているのか、それとも石造りの祭壇に寝かされているせいで背中が冷たいのか、神殿には赤子の泣き声が隅々まで響き渡っていた。
不意に後方から扉が開く音がする。周りの人間の視線が一斉にそちらへ向く。
一人の老婆が神殿へと足を踏み入れる。その老婆もまた、漆黒のローブに身を包んでいた。
ローブの袖からはみ出た手は皺だらけで、猫背で杖をついている。相当な年長者なのだろう。
今度は扉が閉まる音。老婆が足を進めると周りの人間は何も言わずに道を譲っていくことから見て、どうやら彼女は権力者か何かのようだ。
カッ、カッ、カッ、と、赤子の泣き声に老婆が杖をつく音が混ざる。
老婆は階段を上がってゆっくりと祭壇へ上る。そして目の前の赤子に視線を向けた。
赤子は手足を小さく振り回しながら相変わらず泣き続けていた。
(この赤子が……『器』となるか……)
目の前の、弱々しい小さな命を見つめながら、しわがれたかすかな声で老婆は呟く。
老婆は徐々に背筋を伸ばし、その場に杖を手放す。杖が倒れた音が響くと、今度は老婆は両手を合わせた。
そして老婆は目を閉じる。息を吸い込んで、意味不明な言葉の羅列を呟き始めた。
老婆が呟き始めた言葉は、どこの国の言葉でもない、何かの呪文のようだ。
赤子の泣き声に、老婆のしわがれた声が混じっていく。
徐々に徐々に老婆の声が大きくなり、周りの人間にも聞こえる程度になっていく。
途端、凄まじい風音と共に神殿の中に嵐のような激しい風が巻き起こった。
ローブが風になびく音、周りの人間の悲鳴もかすかに聞こえた。
老婆の顔と手には汗が滲んでいく、周りの様子など気にも留めず、彼女は呪文を唱え続ける。
声の大きさに共鳴するかのように、神殿の中に巻き起こった風も激しさを増していく。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、呪文を唱え終えたと思うと、目を閉じていた老婆が、いきなり目を見開いた。
そして天を仰ぐように両腕を広げたかと思うと、
「カァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
発狂したかのような、風音にも勝る凄まじい声で叫んだ。
次の瞬間、今度は黒い煙のようなものが神殿の天の方から降り注ぐ。
まるで吸いこまれていくかのように、黒い煙は赤子へと向かっていく、そして赤子の腹へと黒い煙が吸収されていった。
「ギャアアアアアアァッ!!」
今度は赤子が凄まじい悲鳴を上げる。
余程苦しいのだろう。そのときの赤子の声は、『泣いている』というよりも『叫んでいる』といったほうが正しい。
黒い煙が腹に吸い込まれていく間、赤子はこの苦しみから逃れようと必死に声を上げ、空を掻くように手足を振り回していた。そんな行為など無意味に等しいとも知らずに。
どれほどの時間が経ったのだろうか、赤子が声を出す元気もなくした頃、神殿は静まり返り、そこには風も、黒い煙も吹いていなかった。
「連れ出せ」
老婆は杖を拾い上げて、祭壇の側に立っていた男に一言。
何百人もの黒いローブを纏った人間達に見守られながら、白い布にくるまれて泣くこともなく、ただ虚ろな瞳をした赤子は神殿から連れ出されて行った。
これこそが、滅ぶ筈だった闇が生き長らえた瞬間である。
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初めまして皆さん、今日初めて小説を書かせていただきます『虹色冒険書』という者です。
全く文才のない初心者ですが、頑張って書きますのでどうか読んでくだされば幸いです。
アドバイスや感想、誤字脱字の指摘など、お待ちしています。